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ドッペルツィマー ~影武者の反乱~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第三章 王乱

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第36話 王乱⑤

 (まばた)きをすると、レインの体温は腕から消えていて、レインの姿は無くなっていた。

 涙は流さない。アイツの願い……カナリアを救うまでは、涙は流さない。


「おい、居るんだろ。ホルス」

『はいはーい、いますよ~』


 ホルスが姿を現す。

 前に会った時と違い、翼が四枚増えている。

 左側が五枚になって、右側が二枚になっている。


「……!」


 あくまで、あくまで予想だが、コイツの翼の数は死んだ影武者(ドッペル)の数に比例している。

 そして、右側が女性の死亡者の数、左側が男性側の死亡者の数……のような気がする。だとするならば……!!

 


『我の姿に驚いたかい? 吸収が進んだことで我も成長したんだよ』

「第1王子と第6王子の決闘は……どうなった?」


 俺の問いに対し、ホルスは口角を上げて、


『いま終わったところさ。おめでとうカルラドッペル! お前が優勝だ』

「……なにを、言ってやがる……?」


 ホルスが指をパチン、と鳴らすと、光で出来た階段が空に向かってできた。階段の先の空間には穴が空いていて、穴の先には影武者教室(ドッペルツィマー)が見える。


『第1王子と第6王子は相討ちさ。二人で同時に致命傷を受けた』

「馬鹿言うな!! ふざけっ!! ふざけたことを……!!」


 興奮でうまく舌が回らない。

 俺はホルスから視線を外し、三つ目の塔、オスプレイとカナリアが居る塔へ足を向け、走り出す。


『あーあ、無駄なのに』


 馬鹿にした声でホルスは言った。



 --- 



 塔の中に入る。

 螺旋階段を下る。


「オスプレイ……?」


 まず目に入ったのは腹から大量の血を流すオスプレイ。すでに体は微動だにせず、触らずとも生命活動が終わっていることはわかった。胸には剣が刺さっている。


「ちっ!!」


 オスプレイから目を背け、カナリアを探す。


「……ソル。よかったぁ、無事だったんだね」


 背後から、声が聞こえた。


「カナリア!!」


 元気そうな声だ。

 なんだよ、やっぱアイツの虚言だったんじゃねぇか!

 声の方を振り返る。


「カナリア、お前も無事――」


 カナリアの脇腹からは、大量の血が滴っていた。

 それなのにカナリアは満面の笑みで、


「……また会えて、本当に……良かったよ、ソル」


 カナリアはそう言って、膝を落とした。


「カナリアッ!!!」


 駆け寄り、肩を揺らす。


「しっかりしろ! おい!! ――ちっくしょうが!!!」


 俺はカナリアの肩と膝を抱き、立ち上がる。


「耐えろ! もう外への道は開かれてるんだ。あともう少し耐えれば、二人で外に出れるから……!」

「いっぱい……いっぱいね、オスプレイと話し合ったんだ。どうすればいいか、ってさ」


 螺旋階段に足を掛け、上る。


「……でも話し合いの途中でね、私のお腹の傷に……オスプレイが気づいちゃったの。下の階で、私が魔獣に付けられた傷に……」

「喋るな……」

「手でも隠せないぐらい、血が溢れて……オスプレイは私の血に気づくと、すぐに自分で自分を刺したの……『早くここから脱出しろ』、『いつまでも愛している』って、笑顔で言い残してさ……」


 オスプレイ……。


「せっかく、オスプレイが私を助けてくれようとしてくれたのに……ダメ、みたい。もう……体に力が入らないんだ。傷みも、無いんだ」


 カナリアの体から、体温が――


「ごめんね……もう、君の傍には……」

「海に行くんだろ! 海の水がどんな味か、知らないまま死ぬ気か!? ふざけるな!! 絶対、俺がお前を助ける、助けるんだよ!!」


 これまでの戦いで体はボロボロだ。

 それでも力を振り絞り、螺旋階段を上り切る。


「海に連れて行ってやる! 一緒に行こう! みんなで!!」

「ねぇ、聞かせてよ。私の名前……もう、決めたんでしょ?」

「外に出たら――」

「いま、聞かせて」


 ふとカナリアの顔に目をやると、カナリアはニッコリと笑顔を浮かべていた。

 その笑顔はどこか諦めの表情に見えて……。


「“シレナ”だ……お前の名前は、シレナだよ」

「シレナ……それって」

「古代語で、人魚って意味だよ。人魚は、海を自由に泳ぐんだ。それにな、人魚って声が美しいんだよ。お前にピッタリじゃないか……」


 カナリア――シレナは、一筋の涙を流す。

 同時に、俺の足は光の階段に乗った。


「すっごく、良い名前だなぁ」


 シレナの体が、ずし……と重くなる。


「待て! あと少し、あと少しなんだ! シレナ!!」

「ありがとね……ソル、最後に……最後に私を、人間(ホンモノ)にしてくれて……」

「……お前」


 コイツはいつも自由奔放で、自分が影武者(ドッペル)だとか、そういうことに無頓着に見えた。

 けれど、違ったんだ。本当はコイツが一番、影武者(ドッペル)という事実にコンプレックスを抱いていたんじゃないのか。だから名前も――


「……私たちは、偽物なんかじゃ……ないよね」


 俺は何も、コイツのことを理解してなかった……!


「あ~、凄いよソル……レイン……一面、海だ……誰もいない。泳ぎ放題だよ……」


 シレナの目は真っ暗で、

 もう、現実を映してはいなかった。


「……ほらソル、こっちに来て、海の水飲んでみなよ……ね? 私の言った通りでしょ……?」


 外に繋がる穴まで、あと数段――



「とっても、甘い、ね」



 シレナの体は黒い泥となり、俺の腕から零れ落ちて行った。



 ---



 穴から外に出る。

 空っぽの教室。主人のいない机と椅子が並ぶ。先生の姿はない。

 手には剣がある。王卵から出ても消えるわけじゃないみたいだ。

 振り返ると、王卵に繋がる穴はもう無くなっていた。


「……」


 学校から外に出る。

 学校に影が掛かっていたので空を見上げると、真っ黒で巨大な卵が空に浮かんでいた。王卵とまったく同じ形だ。王卵が影武者(ドッペル)を吸収し、成長した姿なのだろうか。……どうでもいいか。


「クケー!!」


 石で造られた鳥、ガーゴイルが表には居た。


「あぁ?」


 俺は手に持った剣を振りかぶる。するとガーゴイルは怒号と共に襲い掛かってきた。

 前までの俺とは違う。肉体も、精神も。

 以前は負けた相手、だが今回は負ける気がしない。


 三回、剣を振るう。ガーゴイルの首と、両の翼を断ち斬った。


 ガーゴイルを始末すると、突然風景が入れ替わり、俺はいつか見た湖の前に立っていた。俺の……精神の世界に来ていた。


『覚悟はできたかな? ソル』


 大剣の上から彼女は聞いてくる。


「俺も、アイツらも、本物だったんだ。影武者(ドッペル)じゃない……俺たちは、人間だった」

『でも世の中は君たちの存在を認めないだろう。偽物だと、贋作だと、(あざけ)るだろうね』

「わかってるさ。だから、もう決めたよ」


 俺たちが本物だと、証明する道は一つ。



「俺の、未来は……」



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