第35話 王乱④
銀色の髪、
薄紫の瞳、
俺と同じくらいの身長。
ずっと一緒に遊んできた、親友。
「……」
覚悟は決めたろ。
誰を生かすかはもう……決めただろう。迷うな。
『決勝進出おめでとう。第4王子と第5王子の影武者よ』
ホルスの声が空から聞こえる。
『残念ながら三つ目の塔……第1王子と第6王子の影武者の戦いは長引きそうだ。本当はそれぞれの塔の勝者3人で戦ってもらう予定だったけど、先にお前たちで戦っちゃう? どうする? 3人目を待つかい?』
俺とレインは目を合わせ、互いに同じ結論を出す。
「いや、いい。始めよう」
「うん。僕も同意見だ」
――カナリアに俺たちが殺し合うところを見せたくない。
『了解。いつでも始めていいよ』
レインは手に長斧、ハルバードを持っている。
だけどまだ構えていない。アイツがやる気になってないのなら、俺も剣を構えまい。
「カナリアがオスプレイってことは、お前は……」
パフィン、を……。
「そうだよ。僕はパフィンを殺してきた」
「……」
「その目、君は気づいていたみたいだね。僕はついさっき、初めて知ったよ……」
レインは斜め下を見ながら、
「彼女が、僕のことを異性として、愛していたとね……」
「レイン……」
「彼女は自ら命を差し出したよ。ははっ」
レインは乾いた笑い声を出す。
「……馬鹿な女だ」
「レイン!!」
思わず、声を荒げる。
「この世でもっとも大事なのは自分の命。愛しているからと言って、他者のために自分の命を投げ出すなんて愚か者の所業だ」
「テメェ、本気で言ってんのか?」
「言ってるよ。だったら何?」
いつものレインの目じゃない。
深く、闇の中に沈んだ目だ。
「君はシグ姉を……って聞くまでもないよね」
俺の剣にも、レインの斧にも、血がべっとりと付いている。家族の血が。
「レイン。俺はカナリアを外に出したい。お前は――」
「僕は、自分の命が最優先だ」
きっぱりとレインは言う。
「……お前、カナリアのこと好きじゃなかったのか?」
一緒に居ればわかる。
コイツはカナリアに対し友愛ではなく、家族愛でもなく、異性に向ける愛情を抱いている。
だからコイツなら俺と同じようにカナリアを救うことを第一優先にすると思った。もしコイツがカナリアを助けるつもりだったら……俺はこの剣で自分の首を掻き斬った。だけど、
「そうだよ。僕は彼女が好きだ。愛してる。一人の女性としてね。でも、この好きという感情、愛しているという感情は僕が存在してこそだ」
レインはゆっくりとハルバードを構える。
「僕は君と違って自己愛が強いんだ。君も、カナリアも、大切な存在……だけど、自分とは比べられない。それが答えだ……」
「……そうか」
レインやシグ姉の思考が当然だ。責めることはできない。
「わかった」
覚悟を決め、剣を構える。
「……君の本気、今日こそは見られるかな」
レインが陽氣を滾らせる。
その陽氣量は俺とほぼ同等だ。やはりレインも、このダンジョンで鍛えられている。
「レインッ!!」
「ソルッ!!」
俺たちは叫び、武器を重ねる。
攻撃の衝撃で大気が震え、フィールドにヒビが広がる。
「これが君の本気かい?」
「なんだと……」
「これでカナリアを救うだなんて、笑わせる!」
レインは剣ごと俺を弾き飛ばし、
「“鬼神乱撃”」
「!?」
レインは長斧を頭上で回して勢いをつけ、その勢いのまま俺に向かって斧を縦横無尽に振り回してきた。
なんとか剣で受けるが、一撃一撃が半端ない威力ッ!
「う! ぐっ!?」
まるで嵐だ! この乱撃に飲み込まれたら最後、全身細切れだ。
レインの攻撃の衝撃を利用して後ろに飛び退く。
そしてすぐさま陽氣を纏い、突きを放つ。
「“破顎”!」
「くっ!?」
陽氣を射出するこの技はシグ姉が使っていたものだ。
レインは陽氣の光線を斧で逸らすが肩に掠らせた。小さな血しぶきが上がる。ようやく、嵐は止まった。
さてと、今のでわかった。アイツの間合いに入ったら駄目だ。
ならば間合いの外から『破顎』でチクチクとダメージを重ねるか……いや、レインはそんな甘くない。初見だからダメージを与えられたものの、次からは完璧に対応するだろう。初撃ですら反応されたしな。
「……」
俺の手札の中にレインに有効なモノはない。
作り出すしかない。新しいカードを――
「そっちが来ないなら、こっちから仕掛けさせてもらうよ」
レインは胸の中心に親指を立てる。
するとレインの胸の中心から紫の陽氣が滲みだし、レインを覆う。
「“鬼気天輪”」
瞬間、レインは瞬く間に俺との距離を詰めた。
「はえぇな、この野郎……!」
斧の一撃を剣で受ける。
「つっ――!?」
ガキィン!! と俺は空に打ち上げられた。
なんてパワーだ……10メートル近く叩き上げられたぞ。手が痺れる。剣も悲鳴を上げてる。
紫の陽氣……恐らく通常の陽氣より肉体強化に向いた陽氣なのだろう。纏ってる陽氣の量は俺と同じなのに、俺とは段違いのスピードとパワーだ。
強い。本当に。
これがレインの力。
限界を極めなければこいつには届かないっ!!
「……思い出せ」
俺の体は最高点に達し、落下を始める。
リンとの戦いを思い出せ。
あの時、死を目の前にして、力が漲った。きっと俺の性格の問題なのだろう……ギリギリまで追い詰められないと全力を出せない。
今がそのギリギリだ。そろそろ本気出せよ、俺の体……!
――消え入りそうなロウソクが映る。
――カナリアの顔が映る。
――ロウソクの火が、燃え上がる。
「やっと、本気になったね」
視界で火花が散る。
――『風前の勇炎』!!!
「お前が質で勝るなら……俺は量で勝負する!!」
さっきまでと比べ倍ぐらいの陽氣を纏う。さらに、その陽氣の8割を剣と腕に集中。残りの2割は攻撃の衝撃で体が壊れないよう保護に回す。陽氣の操作、これはシグ姉から見て学んだ技術だ。
最大の陽氣を最適に活かす――!
「レイィィィィィンッッ!!!」
レインは俺を見上げる瞳を細める。
「……陽氣が君を中心に円形に広がって、辺りを照らす……こうして見ると、ホント、太陽みたいだ」
落下しながら剣を振り下ろす。
「来い! ソル!!
――“鬼籍送り”!!!」
レインは斧を振り上げ、剣に合わせる。
剣と斧が衝突する。
「うおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」
「だああああああああああああっっっっ!!」
互いの本気の一撃。
白い陽氣と紫の陽氣が火花を散らす。
力は拮抗していた。だが、
「……」
「は?」
突如、レインが力を抜いた。
レインの斧が、斬り裂かれる。
「レイ、ン……?」
「最期に、彼女に会いたかった。だけど」
レインは悟ったような笑顔で、
「きっと……彼女が会いたいのは、僕じゃないから……」
「お前……」
「僕の愛した人を任せたよ。ソル」
もう剣は止まらない。
コイツは、最初から……!
「ばっっか野郎が……!」
レインの肩から脇腹にかけて、剣は振り下ろされる。
鮮血が、目の前に飛び散った。
◆◆◆
僕は自分が大嫌いだった。
オリジナルに憧れて、オリジナルに嫉妬して、ずっとオリジナルと自分を比較して生きていた。
オリジナルより強く、オリジナルより誇り高く、オリジナルより知的で、人格者に……オリジナルよりオリジナルよりオリジナルより……。
僕こそクレイン=サムパーティだと証明したい。そう強く願った。
影武者という肩書を最も嫌っていたのに、僕が一番、その肩書に囚われていた。
誰かの代わりという事実が許せなくて、もがき苦しんでいた。
そんな僕を救ってくれたのは……彼女だ。
『“レイン”! 古代語で、雨って意味!』
レイン。その名前を与えられた時、頭の中にあった色々な柵が吹き飛んだのを感じた。
僕は僕でいい。オリジナルと、クレイン=サムパーティと比べる必要はない。クレイン=サムパーティになる必要はない。
僕はレインでいいんだ。
自分というものを初めて認められた気がした。だからつい、涙を流してしまった。
『レイン……レインか。ふふ、レイン、レイン、レイン……』
何度も自分の名前を呼んで、確かめた。
ここから出たらレインとして生きよう。あと数年の辛抱だ……そう思っていたのに、世界は甘くなかった。
『俺たちは全員、ホルスクラウンの素材になって死ぬ』
ソルから告げられたその言葉で、僕はまた昔のような思考パターンに陥った。
結局自分は、人間ではないのだと……思い知らされた。でも、
『ここから出て、ソルとレインとして、生まれ変わろうぜ。今度は人としてな……』
彼のその言葉で、また立ち直ることができた。
僕はとても弱い人間だ。君たちと違ってすぐに揺らぐし、すぐに自信を無くす。
それでも、最期ぐらいは強い人間で在りたい。
愛した人のために死ねる、強い人間で在りたい。
だから君の剣を受け入れた。
僕は君たちのために死を受け入れるよ。それが強さだと思うから……。
「レイン」
彼のつぶやきで、目を覚ます。
僕は彼の膝の上に寝ころんでいた。
「……ねぇ、ソル。君は輪廻転生って信じる?」
「……信じるよ」
「……もしも次、生まれ変わったらさ、僕は真っ先に君たちの生まれ変わりに会いに行くよ。場所は……港町がいいね。僕らはみんな、海の見える町に生まれるんだ」
熱い太陽が、
青い海が……見える。
「普通の学校に行って、学校の帰りに気まぐれに海に行ったりしてさ、みんなで泳ぐんだよ。夕暮れが見えて、僕と君が疲れて砂浜に上がっても、彼女だけは元気に泳いでてさ……そんな彼女を、やれやれって顔で僕らが見るんだ」
「ははっ。簡単に絵が浮かぶぜ」
「……休日は山に登ろう。山頂から世界を見下ろして、見える限りの全ての場所に行こう。大人になったら冒険に出て、見えなかった場所も一緒に行こう……またみんなで、一緒に学んで、生きて行こう。シグネットもパフィンも、みんなと一緒に……きっと、楽しいよね……」
視界が暗くなる。
終わりが近づいてくる。
「レイン。お前と会えて良かった……またな」
「……」
またね。と言ったつもりだけど、多分声にはなってない。
ああ……次の人生に行く前に、叶うことなら、最後に……彼女の声を。
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