第34話 王乱③
「よう。シグ姉」
シグ姉の赤い髪は前見た時よりも伸びていて、顔も少しだけ大人びている。
表情は死んでいて、目は虚ろ、唇に以前までの艶やかさはない。
「……お前が相手とはな、カルラ」
シグ姉は槍を持っている。全員剣を渡されるわけじゃないようだ。道中で造った可能性は……ないな。槍には豪奢な装飾が成されている。あの極限の環境でそんな装飾をする余裕なんてない。
「シグ姉、話は聞いただろ? ここから出られるのは一人だけらしい」
「ああ。悪いが、私は他の者全員殺してでもここを出るぞ」
ビリビリとした殺意を感じる。覚悟は決まってるようだな。
『は~い、お二人さん、こんばんは。この第二ラウンドの解説をしてあげよう』
ホルスが俺とシグ姉の間に現れた。
『屋上へ繋がる階段は片方が死んだ時に現れる。すでに下の階への道は閉ざされた』
橋と扉が、いつの間にか消失している。
『このまま何もせず、仲良しこよしで時間を潰せばいずれこの塔の消滅に巻き込まれて死ぬよ。早く勝負を始めることだ。くだらない馴れ合いのような戦いはいらない……道化らしく、醜く争うがいい』
ホルスは姿を消した。
つくづくムカつく野郎だ……。
「戦う前に一つ聞きたい。シグ姉、どうして俺たちの情報を先生に売ったんだ?」
シグ姉はピクリと眉を動かす。
王卵に飲み込まれる前のシグ姉と先生の会話、あれを聞けば誰だってシグ姉が内通者だったとわかる。
「……先生との会話で察したか」
「それだけじゃない。シグ姉はオスプレイが飲まれた時も、パフィンが飲まれた時も、一人だけリアクションが薄かった。いくらクールなシグ姉でもあの反応はおかしい」
そもそも消去法で、内通者の可能性があるのはオスプレイとシグ姉だけだった。
クレインはアレだけ先生に立ち向かったのだから可能性は低かった。
パフィンは……アイツが、クレインを裏切るとは思えなかった。
カナリアは王卵の場所へ俺たちを案内したし、船の場所にも案内したからまず可能性はなかった。
俺は言わずもがな。
ならば候補は二人。
しかし、オスプレイは性格上あり得ないと思っていたから、実質俺は内通者はシグ姉だと断定していた。
「クールか……ふふっ、私はそれほどクールな人間ではないよ」
シグネット。彼女は俺が物心ついた時から男勝りで、きちんとした人間だった。姉御肌、って言うのかな。
オスプレイはああだし、ワッグテールは他人への関心が薄い。ゆえに、俺たちがまだ幼い時はシグ姉が面倒をよく見てくれていた。
いつだって冷静沈着な彼女を、俺は尊敬していた。
「私のオリジナルがクールな人間だからそう演じていただけだ。本当の私は怖がりで、ずる賢くて、些細なことで不安になってしまう」
今の彼女は、俺の知る彼女とは違った。
肩を震わせ、おびえる、年相応の少女だった。
「6年前、はじめて影武者の任務に行った時にオリジナルから王卵のことを聞いた。私のオリジナルはプライドの高い人で、この儀式において自身の影武者である私が負けることすら許せなかったそうだ。だから私に情報を与え、王卵で生き残るよう計らった」
情報を手に入れた経緯は俺と似たようなものか。
「影武者の運命を知った私は眠れない日々を過ごした。ひと月と悩んだ末に、私は一つの結論を出した。先生に媚を売って、王卵を免れようという結論だ。結局、うまくいかなかったけどな」
「俺たちと一緒に脱出する未来じゃ駄目だったのかよ! シグ姉!!」
「無理に決まっているだろ!!」
珍しい、シグ姉の怒号を聞いた。
「ホルスクラウンが造られず我々が島を脱出すれば! 王国は総力を挙げて我々を捕縛にかかる! 外の世界のことを一切知らない私たちが、王国の手から逃れることなんてできるはずがないっ! ……夢物語なんだ!!」
シグ姉は槍の矛先を、こっちに向ける。
「私は生きたい! 一生鳥籠の中の人生でいい……ひとりぼっちでいい……! それでも私は、一秒でも長く生きていたいんだ!」
その選択を咎めることはできない。
当たり前の感情だ。
「……悪いな、シグ姉。ここで、アンタの人生は終わりだ」
俺も剣を構える。
「お前も、オスプレイもパフィンも……クレインも、俺自身も殺して、カナリアを脱出させる!!」
そう決めた。
俺は彼女のために、あらゆる罪を背負う覚悟だ。
「自分じゃなく、カナリアを生かすか。立派だな……お前は!」
俺は全身に陽氣を滾らせる。
「これまでの道中で陽氣で身体強化する術は身に着けたようだな」
このダンジョンで俺は強くなった。
しかし、それはきっと、
「だが、それは私も同じ!」
シグ姉も陽氣を纏った。
「行くぞ!」
シグ姉が飛び出してくる。
大丈夫、シグ姉はそこまで強くない。まず槍を受け流して――
「っ!?」
槍の矛先が、想定より早く迫る。
なんとか剣の腹で矛を受けるも、槍は剣の表面を滑り、俺の肩を削った。
「ちぃ!」
剣を横に薙ぎ、反撃するもシグ姉は背を低くして簡単に躱した。
低い姿勢のまま、槍を下から突き出してくる。一撃一撃を剣で弾き、相手が一呼吸置いたところで蹴り上げる。
シグ姉は俺の蹴りを腕でガードし、数メートル後ずさった。
強い……これまで戦ったどの魔獣よりも強い。
成長している。このダンジョンを越えて、格段に成長している。
「やるなカルラ。ならばこれならどうだ?」
シグ姉は槍の矛先に陽氣を集中させる。
「一点集中――“破顎”!!」
俺はシグ姉の間合いの外に居る。なのに、シグ姉は槍を突き出した。
当然槍は空振り――のはずなのに、俺は胸の中心に悪寒を感じ、咄嗟に剣を胸の中心に重なるように出した。
カッ!! と剣が鳴る。
「ぐっ!?」
重い……!
しっかり剣で受けたのに3メートルもさがってしまった。
「陽氣とは太陽のエネルギー。凝縮して放てば灼熱の光線を放つことができる」
「……凄いな。陽氣を凝縮して、槍の一撃で指向性を示し発射したのか」
面白い技だ。
「後ろを見てみろ、カルラ」
言われないでもわかっている。
俺のすぐ後ろは崖。ステージの下はなにもない暗闇が広がってるのみ。落ちればまず、死ぬだろう。
「もう一度“破顎”を受ければ場外へ落ちて終わり。かと言ってこの技を二度目で見切るのは無理だろ。私の勝ちだ」
「シグ姉は器用だな。陽氣を一か所に溜めるなんて……俺にはできない芸当だ」
「諦めて降伏しろ。できれば苦しめずに終わらせたい」
「俺には陽氣を一点に集中させることはできない。けどさ」
俺は全身から陽氣を立ち昇らせる。
これが俺の全力の陽氣。シグ姉の纏う陽氣の5倍はある。
空気が灼け、ステージも灼ける。陽氣を纏えない一般人が今の俺の領域に入れば灼熱に焼かれるだろう。
「ば、馬鹿な……!」
「シグ姉の槍の先にある陽氣……それと同等の陽氣を全身に纏うことはできる」
走り出す。
シグ姉はさっきと同じ技を繰り出す。
「“破顎”!!」
陽氣のビームが額に刺さる。が、陽氣を纏った額はかすり傷しか作らない。陽氣を陽氣で相殺したのだ。
俺が剣の間合いまで詰めると、シグ姉は諦めたように笑った。
「……シグ姉、ごめん」
「馬鹿め。なにを謝る必要がある」
シグ姉の腹に、深々と剣を突き刺した。
「ごふっ!」
初めて感じる、人を刺す感触。シグ姉の口元から、赤い血が零れる。
殺した。
確実に、俺は人を殺した。
「……もう、いいよね。シグネットのフリをしなくてさ……」
いつものシグ姉の声じゃなかった。
柔らかくて、弱々しい声だ。
これがシグ姉の――いや、『彼女』の声なんだろう。
「ごめんねぇ、カルラ」
彼女は俺の頭を掴み、胸に寄せる。抱きしめてくる。
温かい、ぬくもりだ。
「……弱いお姉ちゃんで、ごめんね……信じてもらえないかもしれないけど、あなた達のことは本当に……兄弟だと、思ってたんだよ……」
涙が、頭に落ちてくる。
いつの間にか、俺の瞳からも涙が溢れていた。
俺もだよ。
俺も、本当の姉のように……思っていたんだ。
俺だけじゃない。きっとアイツらも、あなたのことを姉だと思っていた。
「かわいいかわいい私の弟。生意気で、素直じゃない子だけど……誰よりも優しい子」
体が、冷たくなっていく。
「愛してる」
それが彼女の最後の言葉だった。
その言葉を言った瞬間、彼女の体は黒く染まっていき、最後は泥のようになって消えて行った。王卵に、吸収されたのだ。
勝者を祝うように天から螺旋階段が降りてきた。
……後戻りはできない。
---
螺旋階段を上がる。
屋上に出る。
ビジョンタワーの屋上は雲よりも高い位置にあった。
タワーからは橋が伸びており、下の階と同じく円形のフィールドに繋がっている。
タワーは他にも二つあって、それぞれのタワーの屋上からもフィールドに向かって橋が伸びていた。
橋の下には雲海が広がっている。
俺が周囲の情報を処理すると同時に、もう一つのタワーから一人、姿を現した。
俺ともう一人は橋を渡り、ほぼ同時にフィールドにたどり着く。
「……」
「……」
俺とそいつは、暫く喋らなかった。喋れなかった。なんと言っていいのか、わからなかったのだ。
「久しぶりだね」
アイツは、いつもの自然な笑顔でそう言う。
「ソル」
「ああ……久しぶりだな、レイン」
【読者の皆様へ】
この小説を読んで、わずかでも
「面白い!」
「続きが気になる!」
「もっと頑張ってほしい!」
と思われましたらブックマークとページ下部の【★★★★★】を押して応援してくださるとうれしいです! ポイント一つ一つが執筆モチベーションに繋がります!
よろしくお願いしますっ!!




