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ドッペルツィマー ~影武者の反乱~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第三章 王乱

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第33話 王乱②

 階段を上ると、さっきの部屋と同じ石造りの部屋に着いた。

 ただ階段は無く、部屋には扉がある。


「この扉の絵、動いてる」


 扉には砂時計の絵が描いてあって、砂時計の砂が上から下へ落ちていっている。

 扉を開こうとしても鍵が掛かっていて開かず、こじ開けようとしても駄目だった。

 一日ごとに最下層から消えていく。ならばまず消えるのはさっきまで俺が居た部屋だろう。多分だが、この砂時計は一日の終わりまでの時間を測っているのではないだろうか。

 推測ばかりで要領を得ないが、扉を開く手段がないからひとまず待つしかないだろう。

 半日以上待った時、


――砂が落ち切った。


 すると下に続く階段が消え、扉の鍵がガシャッと開いた。恐らく俺の推測通りだろう。いま、一日が終わったのだ。

 一日が終わるまで次の階層の探索はできない……というわけか。


 扉を開く。


「あっつ!?」


 空に太陽が浮かぶ砂漠に出た。

 外に出たわけじゃない。ここはまだ『中』だ。感覚でそれはわかる。


「……一階ごとに世界を構築してるのか? めちゃくちゃだな」


 暑い……このままじゃ干からびて死ぬ。

 水、はねぇな。

 ここのどこかに階段があるはず。とりあえず散策していると、サボテンを発見した。


「サボテン、か」


 サボテンは確か針を取って絞ると水が出るんだよな。授業で習ったぞ。毒性のある物もあるらしいが、躊躇(とまど)っている余裕はなさそうだ。

 教科書通りにサボテンの針を剣でそぎ落とし、絞って口に水を入れる。


「んぐ、んぐ、んぐっ……! ぷはぁ! 生き返る……」


 よし、喉は潤った。

 何本かサボテンを抱えて進もう。


「ガアアアアアアア!!」


 巨大なうめき声が後方から聞こえた。

 振り返ると、両手にハサミを持った甲殻類の魔獣が迫ってきていた。ザリガニの巨大版、って感じかな。サイズとしては3メートルぐらい。


 ……ちょうど腹が減っていたところだ。


 一旦サボテンを手放し、剣を構える。


「どうせ逃げるのは無理だし、やってやるよ……!」


 振り回されるハサミを躱し、飛び上がって体のど真ん中を一閃。真っ二つに解体する。

 弱い。まだ最初の方だしこんなものか。


 足を抜くと、ぷりっぷりの白い身が出てきた。

 しゃぶりつく。

 瑞々しい身だ。めちゃくちゃ美味しい。

 この足からは水分も取れそうだな。

 こうやって自給自足で食料や水分を補給しつつ、攻略していけということなのだろう。こりゃ……先が思いやられるな。


「ん? アレは……!」


 第二層に入って16時間、ようやく階段を発見した。

 小さな岩山の中に階段はある。階段を上るとあの何の変哲もない部屋に着く。


「レインとオスプレイ、あとシグ姉は大丈夫だろうが……カナリアとパフィンが心配だな」


 部屋には同じように砂時計付きの扉。俺は砂が落ち切るまで部屋で休んだ。



 ◆第3層(3日目)


 

 第三層は雪山だった。

 第二層と打って変わって極寒だ。手早く近くにいた魔獣を狩って、その毛皮で体を温めた。


「……なるほどね。こうやって色々な環境を体験させて、王子を育成したわけか」


 捜索から15時間、階段を見つけた。


「きっちぃ……!」


 猛暑からの極寒、思っていたより消耗は大きい。

 次の層の休憩部屋に着くと泥のように眠った。



 ◆第4層(4日目)◆


 

 今度はひび割れた大地がひたすら広がる場所。

 木も岩も家も、障害物が一切ない。存在するのは俺と魔獣のみ。


 ひたすら面白味のない大地を歩いていく。


 気が狂いそうになる……歩いても歩いてもなにもない。

 気温自体は普通。なのに砂漠よりも雪原よりも精神的にキツいのはなぜだろう。


 孤独感が強すぎる……。


「あぁ、ああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 頭と胸に濁りができた瞬間、俺は咄嗟に叫んだ。

 このままだと頭が爆発すると思った。

 人間、苦境よりも暇の方が耐え難いんだな。

 景色に溶けた透明な階段を発見した。

 この世界を作った奴は相当に性格が悪いと思った。

 


 ◆第10層(10日目)◆



 密林だ……暑いけど、砂漠と違ってカラッとした暑さではなく、ジメッとしたいやーな暑さだ。

 果物が多く成っていて、無理に魔物を倒さなくても腹を満たせる。


 ……影武者(ドッペル)のみんなと居た時間が遠く感じる。



 ◆第37層(37日目)◆


 

 ようやく塔の十分の一まで進めた。

 今回は夜の荒廃した村だ。魔獣の数が多い。

 大量の狼の魔獣が四方八方から迫る。俺はその全てを軽く葬り去る。

 神経が針のように鋭い。頭はクールで、落ち着いている。

 ……あれ? そういや、俺、何のために進んでるんだっけ?

 どうでもいいか。とりあえず進もう。



 ◆第50層(50日目)◆



 霧に覆われた森だ。

 死角から魔獣が迫ってくる。

 問題ない。余裕だ。目なんて見えなくても、感覚で居場所を察知できる。

 姿もわからない魔獣を斬り払っていく。


 ……そういや、一個前の層はどういう場所だったっけ?

 ……前回飯食ったのいつだ?

 ……どうでもいいか。



 ◆第62層(62日目)◆



「しりとり……りんご……ゴリラ……ら、ら、ら」


 また砂漠だ。

 これで三度目の砂漠だ。

 今回は夜で、肌寒い。


「ガアアッ!!」


 空っぽの鎧剣士が現れる。

 その剣士は薄く、白い蒸気を纏っている。


『見えるかい? 我が王よ。あれは陽氣だよ』


 中の影法師(ゲンガー)が解説する。


「……あれ、今は夢の中じゃねぇよな?」

『どうやら君が極限状態にいるおかげで神経が研ぎ澄まされ、私とのリンクが強くなっているようだ。不幸中の幸いだね』


 影法師(ゲンガー)とかいう謎の存在とはいえ、久々に会話ができたことがうれしい。


『陽氣を体に纏うと纏った部位を強化できるんだ。陽法術の初歩中の初歩だね』


 あっそう。

 こんな感じか?


『おぉ! さすが。完璧だよ』


 俺は陽氣を纏い、鎧剣士を一刀両断する。

 今は無我の何たらって状態なんだろう。すべての無駄な情報が省かれ、目の前の敵を倒すことにのみ脳を使えている。


 必要最低限、生きることだけを考えた状態。


 自分の体の調子がよくわかる。あとどれぐらいで食事をすればいいのか、眠ればいいのか、あとどれぐらいで体力が切れるのか、手に取るようにわかる。これほどまでに自分の体に敏感になったことはない。



 ◆第82層(82日目)◆


 ……。

 ……。

 ……。

 ……腹減ったな。



 ◆第1??層(1??日目)◆


 ……。

 ……。

 ……。



 ◆???層(???日目)◆

 


 最近、頭にアイツの声がよく届く。


『大丈夫かい? 我が王よ』


 俺の中の影法師(ゲンガー)の声だ。


『意識が朦朧としているね。自分の名前は覚えているかい?』


……カルラ=サムパーティ。


『違うでしょ。君の名前はそれじゃない』


……ソル。


『そうだ。それが君の名前だ。その名を付けた大切な人の名は覚えているかい?』


……カナリア。


『そう。じゃあ一度、彼女の名前を口に出してみよう』


 口に出す……言葉に出す、ってことか? 

 喋る……? 喋るってどうやってやるんだっけ?

 肺から空気を吐き出して、

 同時に喉を動かして、舌を動かして、


「あ、ありあ」


 喋るってこんな難しいことだったか?

 落ち着け。ゆっくりと、喉を動かそう。


「か、なりあ……」


 その名が耳に届いた時、意識が明瞭になった。


「カナリア……カナリア……!」


 彼女の名前が俺を奮い立たせる。

 そうだ、約束した。絶対に俺が助けると――


「く――はぁ! だぁ! はぁ……!」


 意識が鮮明になる。

 濁った視界が開く。

 汗が全身から吹き出す。あまりのストレスから閉じていた思考を開く。


 あっっっっぶねぇ! マジで、さっきまで、生きていた実感がない。あのままだったら知らず知らずにぶっ倒れて死んでたな。


「なぁ、この世界から脱出できるのは一人だって……お前は信じるか?」

『信じる。この空間はそれだけの強制力を持っている。あのホルスっていう子の言うことは絶対だろう。例え彼が言っていることが嘘だとするなら、真実はその嘘よりも残酷に決まっている』

「……俺もそう思う。アイツからは邪悪さしか感じなかった」


 長い長い山道を登る。


「……この世界から、一人しか出ることができないのなら……!」


 山頂に、天に続く階段を発見した。


「俺は……!!」



 俺はこの日、363階層を踏破したのだった。



 ◆364階(最上階)◆



 次の階には休憩部屋が存在しなかった。

 あったのは、石の橋。橋を渡ると、円形の足場(フィールド)にたどり着いた。

 反対側にも扉と橋がある。

 反対側の扉がひとりでにガチャッと開かれ、俺は約1年ぶりに自分以外の人を見た。



 ……()()は橋を渡って、俺と同じ円形のフィールドに到達する。

【読者の皆様へ】

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