第31話 卒業式
朝。
すっかり先生から受けた傷も治り、体調は万全となった。王族の血の治癒能力は半端ない。
天気は悪く、空には暗雲が渦巻いていた。
「あれ? 先生とワッグテールが居ないな」
朝食の時間、先生とワッグテールが食堂のどこにも居なかった。
二人共寝坊したところは見たことない。
「そういやワッグテールの奴、朝から部屋にもいなかったな……」
「なにかあったのかな?」
カナリアは心配そうな顔をする。
「ふむ。とりあえず私たちで朝食の準備をするか」
オスプレイの提案。
「そうだな。食事を終えてもまだどっちも戻らないようなら、全員で探しに行こう」
シグ姉が同意する。
とりあえず俺たちだけで朝食の準備をして、食事をした。
全員が完食する時間になっても、先生もワッグテールも姿を見せない。ということで、全員で一緒に二人を捜索することにした。
最初に足を運んだのは教室。
「いませんね」
パフィンが言う。
「あ!」
とカナリアが言うと同時に、教室の扉が開かれた。
「お待たせしました。皆さん、座ってください」
先生が現れた。カナリアは足音から先生の接近をいち早く察していたようだ。
いつもの温和な様子……だけどいつもと違い、全身の至る所に包帯を巻き、常に左眼を閉じている。仮面にもヒビが入っている。
ゾク。と全身に悪寒が走る。何か……不吉な予感がする。
「先生、一体どこにいたのですか?」
クレインの問いに対し先生は返答せず、椅子を指さす。
「座りなさい。話はそれからです」
「……」
有無を言わせない迫力。
俺たちは全員、一旦席に着いた。でもみんな、警戒している。すぐに戦闘に入れるよう、完全に椅子に腰かける者はいない。
出所不明の不安感が、全員の背筋を舐めていた。
「……長かったですね。ようやく、この日が来た」
しみじみと先生は言う。
「皆さん、今日は授業はやりません。今日は皆さんの卒業式を執り行います。この学校の卒業式を……」
「ふざけたことを言うな!」
オスプレイが立ち上がり、先生に詰め寄る。
「ワッグテールをどこにやった!?」
先生の状態、様子からオスプレイはワッグテールと先生にひと悶着あったのだと思ったんだろう。
俺もオスプレイと同様の考えだ。欠席のワッグテール、傷だらけの先生、無関係だとは思えない……。
「彼なら、一足早く卒業しました」
オスプレイが先生の胸倉を掴み上げる。
「まさか、貴様……!」
「うっ!?」
突然、カナリアが耳を押さえてうずくまった。
「どうしたカナリア!?」
俺はカナリアのもとへ駆け寄る。
「あの音が……また、聞こえる。鼓動の音が……前より強く!」
鼓動の音……王卵の脈動か!
「先生……まさか」
俺は先生に問う。
「ワッグテールを、王卵に喰わせたのか!?」
先生はジッと俺を見る。
YES、と目で言っている。
「卒業おめでとう、オスプレイ」
先生が呟くと、オスプレイの方から呻き声のようなものが聞こえた。
オスプレイの方へ視線を向ける。
「オスプレイ!」
床から、無数の黒い手が湧き出てオスプレイの全身に絡みついた。
黒い手には口もついていて、その口から呻き声が漏れ出ている。
アレは間違いなく、王卵の手!?
全身に鳥肌が立つ。
あの黒い手には、この世すべての闇が詰め込まれているような……そんな感じがした。
俺の中にある細胞が、『逃げろ』と叫んでいる。
「貴様……!?」
オスプレイは無数の黒い手に覆われ、真っ黒な卵型になると一瞬にして足元に引きずり込まれていった。黒い染みだけが、オスプレイが立っていた場所に残っている。
「卒業おめでとう、パフィン」
今度はパフィンを黒い手が引きずり込もうとする。
「クレインさん!!!」
パフィンがクレインに手を伸ばす。
「パフィン!!」
「助けて……嫌、わたくしはまだ何も――」
クレインもパフィンに手を伸ばすも、間に合わずパフィンは闇に消えた。
「卒業おめでとう、シグネット」
「なっ!?」
次にシグ姉が黒い手に絡まれる。
「そんな……! どうして……!?」
「儀式は全て、公平に行う」
シグ姉はめいっぱい先生を睨み、そして下へと引きずり込まれた。
ようやくそこで、ぼやけていた意識が覚醒した。
目の前の異常を前に、麻痺していた思考が動き出した。
これがカルラオリジナルが言っていた王卵の第二形態!? 王卵は王族を三人喰らうと形態を変え、どこに居ようと俺達を吸収する……アイツはそう言っていた。今が、その時か!
「カルラ! カナリアを連れて外へ!」
クレインは机を先生に向けて投げる。先生は腰から刀を抜き、一瞬で机をバラバラに解体した。
「クレイン! でも!」
「迷ってる場合か! このままじゃ全滅するぞ!」
「……!」
クレインの目は、覚悟を決めていた。
俺はうずくまるカナリアを抱き上げる。
「だめ、駄目だよソル! レインを置いてなんていけない!」
暴れるカナリアを力づくで押さえる。
「……わりぃ、レイン」
「頼んだよ。ソル」
「レイン! レインっっ!!!!」
俺は振り返らず、教室を出る。
「レイン……!」
「……振り返るな! 今はここから逃げることだけを考えろ! なにかやべぇのが近づいてきてる!! お前だってわかってんだろ!!」
「でも……でもっ……!!」
カナリアを抱きかかえたまま玄関に行くと、
「っ!?」
石造りの鳥が、道を阻んだ。
「ガーゴイル!?」
ガーゴイルが叫び、俺に向かって突進してくる。
俺は咄嗟にカナリアを廊下に投げ、ガーゴイルの攻撃を腹で受ける。
「がはっ!?」
攻撃を受けた俺はその勢いのまま教室の前まで転がった。
激痛が全身に走る。
「無駄ですよ。カルラ」
教室から出てきた先生はそのまま俺の所へ歩いてくる。
「……クレインは、どうした……!?」
「彼ならもう、卒業しましたよ」
先生は俺とカナリアの間に立つ。
「王卵は3人の王族を吸収することで第二形態になる。第二形態となった王卵は体内に世界を造り、近くに存在する王族を私の指示で取り込む。オスプレイも、パフィンも、シグネットも、クレインも、今は王卵の中にいる。大丈夫、今はまだ、全員生きてますよ」
何とか立ち上がり、拳を握る。
体はフラついて、視線は定まらない。それでも、それでもカナリアだけは……!
「卒業おめでとう、カルラ」
「やめろ……」
先生に殴りかかろうとするも、黒い手にそれを阻まれる。
先生が、口を開こうとする。
ダメだ。そこから先を、言わせるわけには――
「卒業おめでとう――カナリア」
『卒業』という単語、そして対象の『名前』。
それが恐らく、王卵への合図。
「やめろぉ!!」
カナリアの下に、黒い手が湧き出る。
「ソ、ル……ソル……!」
カナリアは黒い手に絡まれながらも俺に向かって手を伸ばす。
俺もなんとか手を伸ばすが、届かない。
「カナリア! カナリア!!」
「ソル……助けて……!」
先にカナリアが真っ黒な卵となり、下へと引きずり込まれた。
「……待ってろ、俺が絶対……助けるから……!」
視界が真っ黒に染まる。全身を悪寒が包み込む。
体が落下していく感覚。鼻が詰まり、口も詰まっているのに、呼吸だけはできている。直接空気を肺にぶち込まれているような感覚だ。
ひたすらに気持ち悪い……!
『さぁさ6人の影武者さん、一次審査突破おめでとーう』
真っ黒な空間の中、
子供のような、高くて不気味な声が聞こえる。
『準備はいいかい? それじゃ始めるよ……“王乱”を』
次の瞬間、意識が暗転した。
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