第29話 たった一人の決戦 その②
先生はすぐさま刀を抜き、ワッグテールに接近する。
ワッグテールは影を枝分かれさせ、それぞれの枝の先を尖らせ先生に向かわせる。
「その程度では!!」
先生は刀で影を断ち切っていく。
「……私は止められませんよ」
「ああ。『その程度』ならばな」
また先生に影の棘が迫る。
先生はまた刀で受けようとするが、先生の刀とワッグテールの影が接触しようとした瞬間――ワッグテールの影が消失した。
「なっ――!?」
ザン!!!!
影が消えたと同時に、先生の全身が切り刻まれる。
「これは……」
先生は後ろへ飛び、距離を取る。
「影の属性化……ですか」
人はそれぞれ生まれつき『属性』を持つ。影法術を極めた者は、自身の影をその属性に変換させることができる。
ワッグテールの今の術はその属性化だと先生は断定する。そうとわかれば問題は、何に変えたかだ。
(炎や水のような目に映るモノではない。透明で切れ味のあるモノ……となると、『風』? いや、それにしては切れ味が鋭すぎる……)
ワッグテールは影を半月状にし、飛ばす。影はまた消え、透明な何かになって先生に迫る。
先生は刀でそれを受ける。
――ガキィン!!!
まるで刀と刀をぶつけ合ったような甲高い音が響く。
「なんとも……面白い属性ですね。ワッグテール」
先生は刀の腹を指で擦り、
「『斬撃』、それがあなたの属性でしょう?」
「ああ。俺の影は斬撃に変わる。いくらアンタが強かろうと、見えない斬撃は見切れまい」
先生もワッグテールと同じく、影を操り出す。
「それでは、私も影法術を使うとしましょう。あまり得意では無いのですがね!」
先生は影を網のようにして自身の周囲に展開させる。
先生は影を展開したままワッグテールに接近する。ワッグテールは影を斬撃に変え、無数の剣撃破を放つ。
斬撃は見えない――だが、先生は斬撃が自身の影に触れた瞬間、斬撃の軌道を察知し、避ける。
「影で網を張り、斬撃の軌道を読んだか。しかし、遠距離戦に乗らなかったところを見るに属性化はできないようだな」
「属性化は、そう誰でも使えるモノでは無いんですよ」
詰まっていく距離。
先生の間合いに入ればワッグテールの敗北。逆に間合いに入らなければ負けることはない。
間合いまで――後5メートル。
先生は斬撃を刀で弾いていく。
キイィン! キイィン!! と衝突音が鳴り響く。
後2メートル。
「終わりです」
――0メートル。
先生はワッグテールの首に向けて、刀を振るう。
ガキィン!!!
「なっ!?」
先生の薙ぎ払いは、見えない壁――斬撃の壁に弾かれた。
「斬撃を、纏った……!?」
ワッグテールは竜巻のような斬撃で体を覆い、身を守っていた。
「勝てる自信があるから、ここへ来たんだ」
よろけた先生に、斬撃が迫る。
絶体絶命の状況で、先生は呟く。
「幻影封氣、『奴隷王』」
先生の足もとに、影の紋章――鳥籠の紋章が展開される。
同時に、先生の額に鍵穴のような痣ができて、両手両足には枷が付いた。
先生の動きが高速化し、あっという間にワッグテールから距離を取る。斬撃は空振りする。
ワッグテールは先生の体を観察する。
「……信じられん。まるで別人だな」
影法術を習得したからこそわかる。先生の肉体に宿る、凄まじい程の影の力が。
「この後も予定が詰まっているのでね。早めに終わらせてもらいますよ」
今度は影を展開せず、先生は縦横無尽に場を駆け回る。
「かく乱のつもりか。無駄な事だ」
ワッグテールは狙いを定め、斬撃を飛ばす。
「素早いのは認めるが、俺の『斬撃』程ではない」
先生は避けきれず、斬撃を刀で受ける。斬撃は先生の刀に当たると地面に落ちた。
「やはり……」
ワッグテールは斬撃を飛ばし続けるが、その全てが叩き落とされる。
「攻撃した対象、ダメージを与えた対象に『重み』を与える。それが、お前の幻影封氣の能力だな。更に身体能力まで向上するとは、随分と優秀な能力じゃないか」
「たとえ斬撃と言えど、重くすれば地に落ちる。立ち上がるモノを平伏し、空を行くモノを叩き落す。それが私の能力」
「鳥籠の主にはおあつらえな向きな力だな」
「饒舌ですね。焦りが見て取れますよ。ワッグテール」
先生は真っすぐ、ワッグテールに向かう。
「その鎧も、力づくで引っぺがしてあげま――」
ガイィン!!!! という高音が先生の耳元で鳴り響く。
「くっ!?」
「斬撃同士をぶつけ、炸裂させたタダの『イヤな音』さ」
緊迫した戦場程、音による錯乱は効く。
集中力が限界まで高まった時に、耳元で高音且つ爆音の音を鳴らされれば、意識は揺れる。斬撃を操れるワッグテールの周囲数メートルは死地だ。嫌でも神経は研ぎ澄まされる。先生は最も神経が尖った瞬間を見事に穿たれた。
ワッグテールは右腕に影を螺旋状に巻いた。
「『螺旋刀』」
右腕に巻き付いた影が斬撃に変わり、ドリルのように回旋する。
ワッグテールは右腕を前に出し、先生の顔面を狙う。
「殺った……!」
ワッグテールが勝ちを確信した時――地面が数センチ、陥没した。
「っ!?」
ワッグテールの体幹が、揺れる。
「先ほど、私はかく乱のために走り回っていたのではない。地面を踏み、攻撃するために走り回っていた。好きなタイミングで地面を重くし、陥没させ、隙を作るために――!」
このままでは螺旋刀は避けられる。
敗北する。
絶体絶命の窮地でも、ワッグテールの瞳は勝機だけを見ていた。
「まだ、だ!!」
ワッグテールは斬撃を巻いた右腕に、影を走らせる。そして影を斬撃に変え――今度は纏うのではなく、己の右腕をズタズタに斬り裂いた。
ワッグテールの螺旋刀は避けられるが、その右腕の血しぶきは先生の右眼に当たる。
「目つぶし……!?」
ワッグテールは左腕に螺旋の斬撃を巻く。
先生の右眼の死角から、左の手刀を振り上げる。
「見えな――」
先生は直感で身を引き、ギリギリのところで直撃は避けるが――斬撃のドリルに左眼を刻まれた。攻撃の余波で仮面にヒビが入る。
「くっ!!」
先生はカウンター気味にワッグテールの腹に向けて拳を伸ばす。斬撃の鎧は拳に触れると剥がれ落ちた。鎧を貫通され、ワッグテールは殴り飛ばされる。
「こはっ!!」
ワッグテールはすぐさま立ち上がろうとするが、
「ちぃ!!!」
ワッグテールの膝が落ちる。
「……痛みから立ち上がれないんじゃない……体が、重い……!」
先生は血まみれの左眼に手を添える。右眼は充血しながらも、目つぶしから復活していた。
「左眼を持っていかれましたか。だけど、勝負ありですね……!」
「……まだ、だ……!!」
ワッグテールは陽氣で体を強化し、立ち上がる。
「あなたらしくない。必死ですね、ワッグテール。そうまでして、生にしがみつきますか。哀れですよ」
「『らしくない』だと? ふん、お前は何もわかっていないな」
「……いいえ、私はあなたたち生徒の事ならなんでもわかっている。ワッグテール、あなたは他者を見下し、自分のみを信じている。冷たく、自己中心的な人間。だから今も、たった一人で戦っている。他人を巻き込みたくないからじゃない。誰も頼れないから。そうでしょう?」
ワッグテールは血を吐きながら笑う。
「当たりだ。さすがだな……『先生』」
ワッグテールは自嘲するように笑う。
「……俺はアイツらを見下している。そう、アイツらは俺と違って……どうしようもなく、弱いからな」
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