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第2話 生まれた日

 3年前――


 俺は学校の前にある石の台座を見上げていた。

 その台座には1本の刀が刺さっている。

 全長1.3メートル。分厚く、刃の部分は平らで、刃物と言うより鈍器と言った方が正しいかもしれない代物。


 陽の光すら映さぬ漆黒の刀身――


「この刀の名は……“黒曜刀(こくようとう)影打(かげうち)”」


 ふと現れた先生はその刀について俺に教えてくれた。


「影打?」

「刀匠は刀のオーダーを受けた際、1つではなく、多くの刀を打つのです。その中で一番出来の良い刀を真打と呼び、依頼主に渡す。そして他の刀を影打と呼び保管する。影打はいわば出来損ないの偽物というわけです」


 真っすぐで、重厚な、影の如く黒い刀。

 なぜか、目が惹かれる。


「黒曜刀・真打は古来の王の刀であり、その価値は売れば城1つ買えるほどの価値を持っていた。ゆえに狙う者も多かった。そのため、公の場で黒曜刀を展示する際はこちらを使っていたそうですよ。この影打が真打の代わりに盗まれたことも多々あったそうです」

「でも、いまここにあるってことは……」

「はい。何度盗まれても戻ってきました。真打を守るために……やがて真打は錆び朽ち、影打だけが残った。そして役目を終えた影打はここに飾られた。なぜ、この刀がここに飾られているかわかりますか?」

「さぁ」


 と口で言いつつ、先生が言いたいことはわかっていた。


「『見本』、ですよ。貴方達の生き様、影武者(ドッペル)の生き様を……この刀は体現しているのです。あなたも、この刀に影武者(ドッペル)の生き様を学びなさい」


 なるほど、道理で目を惹かれるわけだ。

 俺はこの刀に、『親近感』ってやつを感じていたんだ。


 

 ---現在---



「クレイン! 足が止まってますよ!」

「はい! すみません!」


 王族は武術を習っている。ゆえに、俺達も同様に剣や体術を学んでいる。今はその剣術の授業だ。

 クレインと先生は中庭でそれはそれは熾烈な打ち合いをしている。他のみんなはもうクールダウンしているのに、クレインだけまだまだ終わる気配がない。


第4王子(クレイン)様は素手で熊を倒したそうです。まだまだ、あなたの力は彼に及びません」

「もう一本……お願いします!」


 クレインのオリジナルは戦闘力が凄まじいらしい。

 ハッキリ言って影武者(ドッペル)の中でクレインが一番剣術に()ける(アイツはなぜか俺を高く見てるけど)。それでもあの始末だ。オリジナルはどれだけ恐ろしいのやら。


「カルラ」


 タオルで汗を拭っていると、金髪眼鏡が近づいてきた。

 第2王子の影武者(ドッペル)、ワッグテールだ。


「お前も補習だろ? 教室に行くぞ」

「おう」


 ワッグテールは一応、腹違いでも種違いでもない俺の兄ってことになる。あくまで遺伝子上はな。

 でもあんまり得意なタイプじゃない。思慮深く、疑り深く、いつも試すような目で見てくる。クールでとっつきにくい。


「……なぁワッグテール、お前は外の世界に行ったことあるだろ。どうだった?」


 教室に着くやいなや俺は聞く。あんまり興味はないんだけど、他に話題もなかったんでな。無言の空間に耐えきれなかった。

 先生はまだクレインの相手をしていて居ない。教室に二人きりだ。


「飯は美味いし、部屋は広いしで快適だったよ」


 ここの飯は王子たちとまったく同じじゃない。王子たちが食べた料理と、ほとんど同じの栄養素を持つカロリーバーや栄養ドリンクを食わされる。味気ない。


 王子たちの一か月の食事のメニューは月の初めに決まるらしく、伝書鳩にメニュー表を持たせてこっちに送られる。そのメニューは当然豪華絢爛、美味な物ばかり。俺たちはその御馳走の栄養素だけを真似た粗悪品を食わされるわけだ。酷い話だね。


「俺が影武者(ドッペル)だと知っている人間は王族だけだったから、使用人たちは手厚く世話をしてくれたしな。まったくもってオリジナルが羨ましいよ」


 だったらもっと羨ましそうにしたらどうだ? 無表情で淡々と問題を解きやがって。


 ちなみにコイツはめちゃくちゃ頭がいい。今期の総合テストも500点満点中498点で影武者(ドッペル)の中で一番だった。ただオリジナルが同じ内容のテストで満点だったせいで補習を受けさせられているけどな。


「外の世界、俺も影武者(ドッペル)の依頼が来れば行けるんだけどな……全然依頼こねーし」

「依頼が来ずとも、あと4年で外に出られるだろ。王位争奪戦が始まれば顔を手術で変えて解放される」


 王位争奪戦。

 9人の王子が王位を賭けて戦い、戦いに勝利した者が次代の王になる。参加する権利があるのは第9王子までで、争奪戦は第9王子が14歳になった時に(おこな)われる。

 第9王子の影武者(ドッペル)であるハクは10歳、だから4年後に開催される。俺たち影武者(ドッペル)は争奪戦が始まると同時に解放され、自由になると先生は言っていた。


 後4年で……俺達はこの教室を卒業する、というわけだ。


「解放、ね」

「どうやら、お前は俺と同じ考えを持っているようだな」


 ワッグテールは教科書から目を離し、俺に視線を向けた。


「……解放とは、この世からの解放……つまり死だと、俺は考えている。影武者(ドッペル)の存在は外部に漏れてはならない。我々の存在を消すのが王族にとっては都合がいい。ま、あくまで勝手な予想に過ぎないけどな。確証はない」

「……」

「ふん。お前は『それならそれで別にいいさ』と考えているようだな」


 そう言うってことは、コイツはそれでいいとは思ってないということか。


「昔からそうだ。お前には自己愛というものが皆無。自己愛が強すぎる人間はどうかと思うが、お前のような人間もどうかと思うぞ」


 足音が廊下から聞こえてきたので、ワッグテールは説教臭い話をやめた。

 表情(かお)の見えない、仮面の先生が教室に入ってくる。


「お待たせしました。これより補習を始めます」


 クレインやワッグテールみたいに、この現状に不満を抱くのが普通なのだろうか。

 俺は別にいい。今がそこまで嫌いじゃない。この自分の人生を受け入れている。

 例え大人になれずに死のうが別にいい。


 俺は自分というものがそこまで好きじゃないんだろう。この世もそこまで好きじゃないんだろう。だから簡単に受け入れられる。


 衣食住はある。友達もいる。先生は影武者(ドッペル)の掟には厳しいけど、普段は優しい人だ。虐待とかは一切しない。


 この世には10年と生きられず死ぬ人間がごまんといる。ロクに食事のできない子供や勉強できない子供も多くいるだろう。それに比べたら、俺は遥かに幸せな人間。


 そんなに影武者(ドッペル)って嫌か? ジッサイ。おかしいのは俺か? 


 黒曜刀・影打。アレこそ俺の理想の姿。


 影に生き、影に死ぬ。それが、影武者(オレ)だ。

 


 --- 



「名前! 考えてきたよ!」


 翌日。

 カナリアによって墓の前に集められた俺とクレインは、その墓に刻まれた文字を読み上げる。


「“アントス”……? どういう意味だ、これ」

「古代語で花って意味だよ! アルバはお花が好きだったからね」

「うん、いい名前だと思うよ。きっとアントスも天国で喜んでいるさ」


 影武者(ドッペル)に天国がありゃいいけどな。


「それでね~、ついでに、二人の名前も考えたんだ!」


 焦りつつ頭を振って周囲に先生がいないことを確認する。


「前も言っただろ! 名前付けは掟に……」

「まぁいいじゃない。聞くだけ聞いてみようよ」


 クレインがなだめてきやがる。コイツはカナリアに甘いんだよな。


「まず君!」


 カナリアはクレインを指さす。


「“レイン”! 古代語で、雨って意味!」

「クレインからクを取っただけじゃないか」

「違う! 似てるのはたまたま!」

「雨……ってあんまりいいイメージないけどね」


 クレインは苦笑いする。


「そんなことないよ!」


 カナリアは得意げに語り出す。


「雨はね、作物を育てたり、火事を消してくれたりしてくれるんだよ。いつもクレインは勉強が遅れている子や剣術が拙い子に付き合ってあげたり、喧嘩している子がいたら止めてくれる……だから雨がぴったりかなって思うんだ。恵みの雨、ってことだよ」


 喧嘩を止める、ね。この前はコイツから喧嘩売ってきたけどな。

 クレインはなぜか黙りこくってしまった。照れてんのか?


「それで君の名前は……」


 おっと、俺の番だ。


「ソル! 古代語で太陽って意味だよ」

「へ? 太陽? 俺が? 全然キャラに合って無いだろ……」

「そんなことないよ。覚えてないかな? 2年前さ、私がこの森で迷子になった時のこと」

「……あの嵐の日か」


 以前、カナリアは先生と喧嘩して家出したことがある。

 たしか『私は影武者(ドッペル)なんて嫌だ!』とか喚きながら走って外に出たんだ。そしてそのすぐ後に嵐が来て、みんなで大捜索する羽目になった。


「そう。みんなとはぐれて、大樹の中で一人泣いてた……でも君が、見つけてくれた。私がさ、影武者(ドッペル)の授業が嫌で逃げ出すと、いつも君が慰めに来てくれる」

「先生に頼まれたから仕方なく、な」

「君はさ、いつも誰かがピンチになると助けに来てくれる。頭を掻きながら『やれやれ』って感じでね。君は……私たちにとって太陽のような存在だよ」


 カナリアは屈託のない笑顔をする。

 やめてくれ……そういうのはホントにガラじゃない。照れる。


「ひぐっ」


 嗚咽が聞こえた。

 恐る恐る声の方を見ると、クレインが両目から大粒の涙を流していた。


「く、クレイン? おま、なに泣いてるんだよ……」

「ちがっ、これは……違くて」

「ご、ごめんね! 私の名前、そんなに嫌だった……?」


 って聞きながらお前も泣きそうになってんじゃねぇよ……。


「逆! 逆だよ……なんか、とても嬉しくて……」


 俺とカナリアは顔を合わせ、同時に笑った。


「まったく、大げさだな」

「ねぇねぇ! 私の名前はさ、ソルとレインが考えてくれるよね? 名前って自分で付けるものじゃないし……」

「嫌だよ」

「え~!? なんでよ!?」

「俺は掟を破るのなんざまっぴらなんだよ。名前を付けることには反対だ。俺のことは今まで通り、ちゃんとカルラって呼べよ」

「僕は……名前を付けるなんて大それたこと、できる気がしないなぁ。一応、考えてはみるけどさ」

「もうっ! 二人とも頭硬すぎ!!」


 プイ、っとカナリアはむくれてしまった。

 その後、俺は二人と離れ、森に流れる川に水を飲みに行った。


「……ソル……ソル、か」


 聞きなれない自分の名を連呼する。

 すると、ポタ……と瞳から何かが零れて川に落ちた。


「あれ?」


 視界が濁る。

 おかしい。なんでだ、目から涙が止まらない……。


「なんだこれ、なんなんだよ……これ」


 俺もクレイン同様、なぜか大泣きしてしまった。



 自己という意識が薄かった俺だったが、きっと名前を与えられたことでアイデンティティというやつが芽生えてしまったのだ。涙を流したのはこれが初めての経験だった。



 そう、この日に……(ソル)という人間は産まれたのだと思う。

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