第28話 たった一人の決戦 その①
ソルとレインが敗北した、次の日の早朝。
第2王子の影武者、ワッグテールは学校から離れた場所にある大木の前に来ていた。
「こんな早朝にお散歩ですか? ワッグテール」
ワッグテールは振り返る。背後に立っていたのは仮面の男――先生だ。
「アンタは散歩――ってわけではなさそうだ。腰に随分と物騒な物をぶら下げている」
ワッグテールは先生の腰元を見る。そこには鞘に収まった刀がある。
「……やはり、昨日のカルラとクレインの力を見て、計画を早めることにしたのか」
先生は眉をピクリと動かす。
「カルラの見立ては合っていたんだろうな。王卵に入れる前に、影武者達はある程度育てる必要がある。しかし予想外のアルバとハクの死、未熟な体のまま死んだアイツらを補えるぐらい、アンタは俺達を育てる必要があった。だがまた、アンタの予想外の展開が来た。それはカルラとクレインの想像以上の成長スピード。後数か月ほどで、奴らの牙はアンタに届く。そう確信し、アンタは失敗覚悟で早めに王卵を起動させることにした。違うか?」
「……本当に、あなたは恐ろしい」
「その刀が証拠だな。俺を殺して王卵に喰わせることにしたか」
先生はワッグテールの行動に疑問を持っていた。
なぜ、そこまでわかっていて、単独行動をしたのか――と。
「結果的に、アイツらのやったことは失策だったな」
「アナタの言っていることはほとんど当たっていますが、一か所だけ違う部分がありますよ。私は――失敗覚悟で王卵を起動するわけではない。あなたたちは私を殺すため、ここ数年で目を張るほど成長した。今のあなたたちならば、アルバトロスとハクを補える。それだけの力がある。昨日、あの二人に恐れを抱いたのは事実ですが、同時に私は歓喜しましたよ。あの二人の能力はすでに完成している。生贄として、完成している」
「なるほどな。俺達の思惑を知っていて放置していたのは、自分という目標をぶら下げて、心身の成長を促す意図もあったのか」
「その通りです。しかしワッグテール、あなたの行動がわかりませんね。なぜ、ここへ私をおびき寄せたのですか?」
ワッグテールと先生の、相手を探るような視線が交錯する。
「学校を出る際、わざと私にわかるよう物音を立てましたね。すぐにでも王卵を起動したい私が、誰かが単独行動をすることを待っていたことはわかっていたはず。単独で動き、私をここまで誘った理由……私にはさっぱりわかりません」
「俺はな、先生、ずっと待っていたんだよ……アンタの底が知れる時を」
「……ほう」
「アンタ、昨日本気でアイツらに対応したろ。おかげで、俺はアンタの底が見れた」
「アレが私の全力だとでも?」
「少なくとも、奥の手のカードを切っただろ。俺は昨日のアンタを見て、確信した……今なら勝てるとな」
ワッグテールは白い太陽光のようなオーラ――陽氣を纏う。
「これは……」
先生が驚いたのは、陽氣の『流れ』。
まるで熟練の術師の如く、自然に、穏やかに、陽氣は流れていた。
「学校から距離を取ったのは、アイツらに援護させないためだ。今の俺にとって、奴らは足手まといに過ぎない」
「驚きましたね。あなたがこんな愚行に出るとは。本当に私に一対一で勝てると?」
「俺とアンタじゃアンタの方が強い。だけど、いま俺の手札をアンタは知らず、逆に俺はアンタの手札を知っている。それにアンタは昨日のダメージをまだ引きずっている。陽氣もまだ万全ではないし、この後に王卵を起動させるなら余力を残す必要もある。わかるか? 今ここだけなんだよ。俺がアンタに勝てるのは……」
ワッグテールの言う通り、先生には色々な柵がある。
前日の疲労、陽氣の消費、
ワッグテールを倒した後、王卵を起動するための力の確保。
さらにワッグテールをなるべく傷つけず殺す必要がある。肉体の欠損や必要以上の出血は避けたい。
全快全力の状態を100とするなら、ワッグテールとの戦いは40程度の力で挑まざるを得ない。
逆にワッグテールは何も気を遣う必要が無い。兄弟が人質に取られないよう学校から距離は取ったし、体力は万全、いくら先生を無残に殺しても困ることは無い。
だが前提として、ワッグテールの戦闘力はたかが知れている。頭が良いのは先生も認める所だが、こと体術や剣術に関しては教室内でも下から数えた方が早い。
先生はワッグテールの能力値を頭に浮かべる。その上でやはり思う。いくら自分が全力を出せない状態だとしても、あまりにワッグテールの今の行いは無謀だ。
しかし先生は知っている。ワッグテールが勝率の低い賭けはしないと。
「俺が無謀なことをしていると、アンタの目には映っているだろうな。確かに俺には武術の才能は無かったが……こっちの才能は、どうやら天才的だったみたいだぞ?」
ワッグテールは纏っていた陽氣を消費し、自身の影を大きく広げた。
「馬鹿……な……!?」
先生はワッグテールの影を見て、動揺する。
ワッグテールは影を実体化させ、影を尖らせて先生に向けた。
「影の濃化、広域化、実体化、変形……! 指導者も無しに、見本も無しに、あなたは……影法術を習得したというのか!?」
「ここで全てを終わらせる……俺はアイツらと、ここを出る」




