第22話 3年後
3年が経った。
16歳になった。
脱出計画決行まで残すこと一年と一か月だ。
この3年の間、先生は特に大きなアクションを起こしていない。いつも通りだった。
一方、俺たちは着々と準備を進めた。
外で三か月は食いつなげるぐらいの保存食を袋に詰め、岩山に空いた洞穴に隠してある。パライヤの実で造った毒薬も十二分に貯蔵した。
もちろん戦闘能力も上がっている。特に俺とクレインとカナリアの3人はかなり成長した。技術も、そして体も。3年という月日で3人の背丈は平均して10cmは伸びた。成長期というやつだな。
順調と言えるだろう。
あと残った難題は船の操作。ワッグテールはこの辺りで一度、試運転してみたいらしい。
まだあの地下空洞には足を運んでいない。一番危険が多いからだ。あそこに入ったことがバレれば……俺たちが何をしようとしているか芋づる式にすべてバレる可能性があるからな。でも必ずどこかで下見は必要である。
そんな状況でいま俺が何をしているかと言うと、教室で古代語の本を読んでいた。
さてさて、それでは第二幕ご開幕。しがない一日、陽がよく出た昼休みの出来事から語るとしようか。
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「うーん……」
難しい。
名前を考えるって難しい。
つい最近思い出したのだが、かなーり前にカナリアから『私の名前を考えて』とオーダーを受けていた。
カナリアは名前を古代語から付けることが多い。
俺もそれに倣って古代語の本を読み、カナリアに相応しい名前を考えているのだ。
ただ名前だからな。
語感と意味の要素がガッチリ嚙み合ってないと駄目だ。適当には付けられない。
そもそも俺はワッグテールより『即決タイプ』と診断された人間だぞ。こういう、深く考えるのは苦手なんだっての。
「なーにしてるの?」
「うわっ!?」
カナリアが窓の外からぴょこッと顔を出した。
「あ! それ古代語の本だよね! まさか? ようやく!?」
期待度マックスの目で見てくる。
「あー、まぁな。外の世界で王子の名前使うわけにもいかないだろ」
「それでそれで! 私の名前決まった?」
カナリアは窓から教室に入って詰め寄ってくる。
「まだだよ。いま決まってるのはオスプレイとワッグテールとシグ姉の名前」
「他のみんなの名前も考えてたんだ……って、なんで私が後回しなの!?」
「上から順番に決めてんだよ。ちょっとぐらい待て」
「ちょっとって、もう頼んでから3年経ってるんですけど!」
カナリアが顔を近づけて怒ってくる。俺はそっと顔を逸らした。
カナリアのやつ、3年前はつるぺたのチビだったのに、今は立派に女の体になっている。最近はあんまり近づかれると……正直照れる。
「なーにしてるのさ」
クレインがやれやれ顔で現れた。
「聞いてよレイン! ソルが私の名前全然決めてくれないの!」
「……カナリア、名前のことはあんまり大声で言っちゃダメだって。先生に聞かれたら怒られるよ?」
「いま先生はパフィンを迎えに行ってるからいないって!」
「あ、そういえばそうだった」
この話を長く続けたくない俺は、クレインを使って話題を変えることにした。
「クレイン、今から稽古か? 付き合うぜ」
「ホント? ちょっと試したい武器あるんだけど、いいかな」
「オッケーオッケー! 外行こ外!」
「あー! 逃げたぁ!」
俺はクレインを連れて外に出た。
「そんで、試したい武器って?」
「これだよ」
クレインが倉庫から出したのは長い木斧だ。
柄の長さだけでクレインの身長と同じくらいあるんじゃないだろうか。
「そんな長い得物振り回すのか?」
「うん。僕のオリジナルがハルバードを使い始めたみたいで、僕も使えるようになれってさ。軽く振ってみた感じ、僕は間合いの長い武器の方が肌に合ってるみたいだ。凄く使いやすい」
「そうかよ。そんじゃ、早速始めるか!」
「これまではちょうど五分五分の勝敗だったけど、今日で一気に勝ち越させてもらうよ」
「言ってろ!」
木剣を持って距離を詰める。
10秒の間に俺たちは30を超える攻防を繰り広げた。
この3年間で俺たちの戦闘技術はかなり高まっている。木の剣で大木を斬り倒せるし、木を蹴り木から落ちた無数の葉を地に落ちる前に全部打ち払うことができる。パワーとスピードはクレインが上だが、俺の方が間合い管理や駆け引きは上手だ。
しかし、今日は俺の得意で勝負できない。
長い斧が俺を近づかせてくれない。
俺の間合いに入れない……勝負できるところまでたどり着けない。
「こ、の――野郎!」
「うん。この斧の間合いなら君の動きがよく見える。なにを企んでいるか手に取るようにわかるよ」
距離が近ければ近いほど、相手の全貌は見えなくなる。剣の間合いなら相手の上半身までしか見えないだろう。
しかしこの長斧の間合いだと足運びも完全に見えてしまっている。俺の踏み出しのタイミングが簡単に測られる……!
「隙あり!」
バシ! と斧に手を打たれ、剣を落とした。
「僕の勝ちだね」
「こりゃ、手強いな……」
その後も負け続けた。コイツ、本当に長い得物が合ってやがる……。
悔しいけど嬉しい。コイツが強くなればなるほど、脱出成功の確率は上がるからな。
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夕方時、パフィンが影武者の任務から帰ってきた。
「よく帰って来たぞ我が妹よ~~!! ぶへっ!?」
パフィンに飛びつこうとするオスプレイを例の如くシグ姉が蹴り飛ばす。
「どうだパフィン、外の飯は格別だったろ?」
パフィンに話しかける。
パフィンはこの3年で随分綺麗になった。金色の髪は長く伸び、腰まである。動きにも気品が出ていて、まさにお姫様という感じ。どこかの(内面が)成長しないお転婆娘とは大違いだ。
「はい。とても美味しかったです。特に紅茶が格別でした」
「いいなぁ、外のごはん。結局、僕とカナリアは影武者の依頼来なかったもんね~」
「ホントだよ。私も外のごはん食べてみたい……」
ああ。だが後もう少しの辛抱だ。
島脱出作戦、その決行の日はもう近い。
――消灯時間。
ワッグテールがある提案をした。
「明日、地下空洞に行こうと思う。船の試運転をしたい」
ワッグテールの提案に対してクレインが、
「メンバーは? まさかワッグテール一人で行くわけじゃないよね?」
「もちろんだ。俺一人じゃ岩も動かせないしな。メンバーは俺とカルラとカナリアとクレインだ。クレインには岩を動かすのと監視を頼みたい。俺たちが地下空洞に入ったら岩を元の位置に戻し、岩の側にいて俺たちの帰りを待っていてくれ」
「わかったよ」
「一度地下空洞を見てきた俺はともかく、なんでカナリアを連れて行くんだ?」
「アイツの耳はいざって時に役に立つ」
危機察知役か。
「私は何もしなくていいのか?」
オスプレイが聞く。
「ない。あまり大人数で学校から離れると怪しまれるからな。できることなら先生の注意を引いておいてくれ」
明日はドキドキ地下探検だ。
避けては通れない道、いつかはやらなきゃいけないことだ。気合入れて行こう。
「……ねぇカルラ」
クレインが耳打ちしてくる。
「船は海の水を引いてる場所にあるんでしょ?」
「……ああ、そうだよ」
「それならさ、カナリアに海の水、飲ませてあげなよ」
そう言ってクレインはウィンクする。
「頼んだよ」
そういやアイツは海の水の味を知りたがってたな。すっかり忘れてた。
……海、か。
アイツの名前、どういうモンにするかずっと悩んでたけど……うん、そうだな。海に関連したものにしようかね。そうだ……あの名前がいいな。
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