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ドッペルツィマー ~影武者の反乱~  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第三章 王乱

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第21話 子供たちの反乱

「きっのみ採り~♪ きっのみ採り~♪」


 今日は授業が休みの日だ。

 俺とクレインは暗い顔で森を歩いていた。数メートル先をカナリアが歩いている。


「……おいクレイン、お前から言えよ」

「……どうしてさ。昨日みたいに君が言えばいいじゃない」


 二人して貧乏くじを押し付け合う。

 カナリアは不意にこっちを振り返ると、


「ところでさ、この島から脱出するには具体的に何をすればいいの?」

「「え……?」」


 カナリアは籠に入れたオレンジ色の木の実を手に取る。


「とりあえず食料は必要だよね~。このガルの実はね、干すと常温保存でも7年はもつんだよ」

「……お前、知ってたのか? その……俺たちがどういう目的で造られたか」

「昨日君から聞いたんだよ」

「いや話してねぇよ」

「あ、そっか。カナリアの耳の良さだったら隣の部屋の会話ぐらい……」


 あ! そういうことか……コイツの耳の良さ、完全に頭から抜けてた。


「まったく、内緒の話するならもっと小声でやりなよ」

「それなりに小声で話してたけどな」


 恐るべし、カナリアの聴力。


「カナリア、大丈夫かい?」


 カナリアは僅かに表情を暗くして、


「うん。昨日の夜は眠れなかったけど、もう大丈夫! 覚悟はできたよ」


 俺とクレインは顔を合わせて小さく笑った。


「パフィンにはその話、もうしたのか?」

「ううん。昨日はまだ冷静に話せる気がしなかったから……でも今日の夜にでも、私から伝えるよ」

「悪い。任せるよ」


 俺たちの心配なんて無用だった。カナリアは俺たちが考えていたよりずっと強い。


「この島を脱出するために必要なこと、か。とりあえず避けて通れない大きな問題が一つある」


 クレインが言う。

 言わずともわかる。俺たちにとって最大の障害は間違いなく、


「先生の打倒だ」 


 クレインの瞳が冷たく暗くなる。


「先生はきっとホルスクラウンを作成することで何らかの報酬が約束されている。僕らが脱走しようとすれば全力で止めに来るはずだ。この島で唯一最大の敵が先生だ」

「で、でも先生を倒すなんてできるのかな……? だって先生はすっごく強いよ。全員で武器持って戦っても丸腰の先生に勝てないんじゃない?」


 うん、間違いなく勝てない。

 先生とは何度も剣の稽古をした。だからわかる。先生の戦闘能力は常軌を逸している。

 素手で岩を砕くし、木刀で大木を容易に切り倒す。以前、クレインと二対一で戦ったことがあるが……一切攻撃を加えることはできなかった。


「戦って勝つ必要はない」


 そう言って木陰から姿を現したのは、金髪で冷たい瞳の眼鏡――


「ワッグテール!」

「シグネットとも情報を共有した。その上でオスプレイ・シグネット・俺の三人で話し合い、結論を出した。先生には毒を使う」

「毒殺するってことか?」

「いいや、パライヤの実を使う。食べると全身麻痺を起こす果物だ。この島で採取できるし、加工も容易だ」


 知ってる知ってる。

 昔、興味本位で食って1日中寝た状態から動けなかった思い出がある。


「加工して細かくしたパライヤの実を先生の飯に混ぜる。先生が麻痺したら縄で縛って終わりだ」

「すんごい単純なやり方だな」

「結局これが一番確実なんだから仕方ない。毒殺はいつの時代も最強の暗殺方法だ」

「毒殺って……毒を喰らわせるだけで殺すわけじゃないだろ?」

「おっと、そうだった。いかんいかん、気持ちがはやりすぎたな」


 コイツ、口では縛って終わりとか言っておいて、先生を麻痺らせて殺す気満々だな。

 なるべく先生を殺すというか、血生臭いことは避けたい。カナリアやパフィンが居るんだしな。やり過ぎないよう俺がワッグテールを止めないと。コイツは合理的過ぎる。


「決行は王位争奪戦が始まる一か月前、4年後の4月1日を予定している」


 今が創暦(そうれき)1864年3月16日。

 ハクの誕生日、王位争奪戦が始まるのが1868年5月1日。

 そして決行日が1868年4月1日、か。


「すぐにはやらないんだね」

「決行の日は遅ければ遅いほどいい。これはシグネットの意見だ。俺も同意見だ。時間が過ぎれば俺たちは成長し、先生は衰えるからな。島の外での生活も考えると、なるべく歳を重ねておく必要がある。この4年の中でやることは三つ」


 ワッグテールは指を一本立て。


「一つは戦闘力の強化。毒による無力化が失敗した場合は戦って無力化するしかないからな。先生は勘がいいから毒物を避けられる可能性は高い。それに外で生き抜くためにも戦闘力は必要になるだろう」


 ワッグテールは指を二本立て、


「二つ目、食料の備蓄(びちく)。カナリアがいま持ってるガルの実をはじめ、干し魚などの保存食を作り、集めておく。外の世界で俺たちが食料を安定して補給できるようになるには多大な時間を要する。それまで食いつなげるだけの量が必要だ」


 ワッグテールは指を三本立て、


「三つ目は脱出ルートの確保だ。カルラは知っているだろうが、この島のどこかに船がある。アレを何とか見つけ出し、使えるようにしないとならない」

「任務で外に出たことあるなら船の場所も知ってるんじゃないの?」


 クレインの問いに対し、ワッグテールは首を横に振る。


「先生は船の場所に行く前に俺たちを樽に閉じ込めるんだ。一切隙間のない樽にな。樽から出た時にはもう海の上……ゆえに俺たちは船の場所まではわからない」

「いや、わかるぜ」


 したり顔で俺は言う。


「なんだと……?」

「この前帰ってくる時、口に釘仕込んで樽に小さな穴を空けたんだ。そんで穴から外をずっと見てた。おかげで船の場所はわかったぜ」

「お前は……抜け目ないな」


 嬉しそうにワッグテールは言う。

 俺は三人を連れて山の側、山からの落石が多くある野原へ行った。

 船の隠し場所に足を運ぶところを先生に見られたら最悪だが、カナリアが耳で見張ってるからその心配はいらない。


「野原の中央に大きな岩が三つあるだろ。あれの真ん中の岩はズラせるようになってるんだ。岩をズラすと下に石階段が続いていて、階段を下った先に大空洞がある。大空洞を進んでいくと海に続く水路に出て、そこに船はある」

「……あの岩をズラすのは難しそうだな」


 クレインはキョトンとした顔で、


「そうかな?」

「忘れていた。そういえばここにパワー馬鹿が居たな」


 クレインは先生に次ぐパワーを持つ。

 クレインが居れば岩を動かすこともできるだろう。


「これで方針は固まったな。カルラ、クレイン。お前らは戦闘力の強化に務めろ。修行に関しては先生の前で堂々とやっても問題はない。人目を気にせず強くなれ」

「おう」

「了解!」

「カナリア。お前とパフィンには食料の備蓄を手伝ってもらう。お前の耳で先生の監視を振り切り、二人で食料を集めるんだ。欲しい物、欲しい量は後で指示する」

「うん! 任せて!」

「……後の問題は船の操作の方法だが……これは俺が何とかしよう。先生が船を動かすところは何度も見てきたし、あとは陽氣の使い方さえわかれば……」


 ワッグテールはブツブツと呟き、思考を整理した後、俺たち三人を視野に収め、


「さっきも言ったが決行は4年後、創暦1868年4月1日。この日までにやれることは全てやっておけ。俺たちは七人でこの島を出る。絶対にだ」


 ワッグテールはそう締めくくった。

 4年後……時間はある。

 カルラオリジナルに感謝だな。もしあの話を聞いてなかったら何もできずに全員死んでいた。


「では、今日はここで解散――」

「待て!」


 森の中から、オスプレイとシグネット、それにパフィンが姿を見せた。


「お前達……」

「カナリア、お前さぁ……」

「うん! 気づいてたよ。ずっと居た!」

「言えよ。じゃあ」


 ワッグテールが心配そうに眉をひそめる。

 ワッグテールの気持ちはわかる。全員がここに居たら、先生はきっと不審がる。それを恐れているんだろう。オスプレイもワッグテールの考えていることを察したのか、すぐさまフォローする。


「安心しろ。先生なら入浴中だ。さっき偶然を装ってバケツで泥水を掛けてやったからな!」

「お前は……無茶なことをする」


 ワッグテールは呆れつつも安心したように言う。

 シグ姉はため息をつきつつ、


「まったく、面倒くさいことになったものだ」


 パフィンは笑いかけながら、


「でも、ちょっとワクワクしますね。こういうの」


 クレインはパフィンに心配そうな視線を向ける。


「パフィン、君も聞いたんだね……」

「はい……シグネットさんから聞きました」

「大丈夫かい?」

「御心配には及びません。クレインさんが居るなら、怖いモノはありません」


 照れつつもパフィンは言う。そんなパフィンの頭をクレインはそっと撫でた。


 オスプレイは自身の胸を叩き、


「諸君! 我々の意思は一致した! 先生を倒し、七人で島を脱出する!」

「さっき俺が言ったことを復唱しているだけだな……」

「しかし、その目的に走る前に、私の前で一つ約束してもらう!! 絶対に、私より先に死ぬな!」


 声高にオスプレイは言う。カナリアが監視しているから大丈夫だろうけど、少しは先生を警戒しろよこのアホは……。


「私は長男だ。弟、妹達の盾となる義務がある。私より先にお前達が死ぬことは断じて許さん。死が迫りし時は私の影に隠れろ。必ず守って見せる」

「言われないでもお前を盾にするよ。馬鹿が」


 シグ姉の発言。その発言を皮切りに、


「ごもっともだ。言われずともまず捨て駒にするのはお前だ」


「なぬっ!?」


「ははは! 僕もお言葉に甘えて、まずはオスプレイを盾にするよ」

「だな。危険な事は全任せだ」

「ありがとオスプレイ! 頼りにしてるね!」

「わたくしも、真っ先に盾にさせていただきます!」


「や、やれやれ……遠慮のない兄弟達だ。だがそれで良し! 我が身は家族のためにある! 我が命、好きに使え! なっはっは!!」


 まだ間に合う。

 七人で、外に出る未来がある。

 掴んでみせる……この七人で、七人の未来を……!



 ◆◆◆



 夜。

 執務室に一人の客がやってきた。


「待ってましたよ。報告をお願いします」


 客は椅子に座ると、先生に脱出計画について話した。


「なるほど。決行は4年後ですか。それなら問題はないですね」


 なぜですか? と客は聞く。


「そういえばまだ言ってませんでしたね。王卵を起動させるのは3年後なのです。4年後の4月1日はきっと、彼らは王卵の中に居る」


 先生は立ち上がり、窓から外を見る。


「これは王子ですら知らないこと……王卵を止めることも、私を殺すことも不可能」


 先生は顎を撫で、


「一応、船の場所には()()を置いておきましょうか。王都から魔獣を発注しておきます」


 客が不安そうな顔をすると、


「大丈夫ですよ。私に協力してくれたあなただけは長生きできる。そう、次の『先生』としてね」


 先生は客の頭を撫でる。愛でるように……ではない。調教師が軍馬を撫でるように、主従関係をハッキリと明確に証明する『撫で』である。


「あなたは本当に賢い子だ……誰よりも早く王卵に気付き、誰よりも早く己の運命を知った。そして私と交渉し、次代の『先生』の座を獲得した。これからも子供たちに何か動きがあれば教えてください。いいですね?」


 客は頷くと、部屋を出て行った。

 先生は部屋の隅にある樽……ソルの運搬に使った樽の、小さな穴を見る。


「……やれやれ。無駄なことを。ここは鳥籠……我々は決して、ここから出ることなどできないと言うのに」

【読者の皆様へ】

この小説を読んで、わずかでも

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