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第1話 影に生き、影に死ぬ

 影武者(ドッペル)は王子たちと同じ教育を受ける。


 語学力、計算力、知識・知恵、体力から武術に至るまでなるべく王子たちと同等であることが求められる。王子たちは日々英才教育を受ける身、どんどん成長していく王子に置いていかれないよう、俺たちも勉学に励むのだ。


 さらには演技指導という授業科目もある。これが影武者(ドッペル)にとって一番重要な授業だ。


 目の前に“今日、私は昼食のデザートにプリンを食べました。とても美味しかったです。あなたは昼食のデザートに何を食べましたか?”という文章がある。想定の相手は使用人。


 これを、俺は第5王子(カルラ)風に読まなければならない。


「今日、俺は昼食のデザートにプリンを食べた。中々に美味だったな。お前は昼食のデザートに何を食べたんだ?」

「よろしい。きちんと第5王子(カルラ)様の口調を真似できてますね」


 そりゃよかった。

 ところで先生、プリンってどんな味?



---



「えー、先日、アルバトロスが亡くなりました」


 教室の黒板の前、フルフェイスのマスクを被った男が軽い口調で言った。

 この人は俺たち影武者(ドッペル)の『先生』だ。誰も顔は知らない。


「彼は第8王子(アルバトロス)様の要請で学校の遠足に身代わりで参加したのですが、その際に革命派の人間に攫われてしまったそうです。王家はアルバトロスを見捨て、火計でアルバトロスごと革命派の人間を焼いたそうです」


 先生は俺たちは呼び捨てで、王子(オリジナル)には“様”を付ける。わかりやすいことだよ。


「納得できません……!」


 そう言い放つは俺の隣の席の男、第4王子の影武者(ドッペル)であるクレインだ。クレインは俺より歳が1つ上で、俺の親友だ。


「どうして王家は救出に動かなかったのですか!?」


 銀色の髪の隙間から見える、鋭い瞳。クレインは声に怒りを込めていた。


「救出する価値がなかったからでしょう」


 キッパリと先生は言い切る。


「あなた達も肝に銘じておきなさい。我々の価値は王家にとっては0に等しい。攫われればまず見殺しにされます」


 そう、俺たち影武者(ドッペル)はそういう存在だ。

 ただのコピー、レプリカ。無価値の命、人生だ。


「せめて私たちだけでも、アルバトロスに黙祷(もくとう)をささげましょう」


 アイツの名前はアルバトロスじゃない。アルバトロスという名は……ただの記号だ。役名に過ぎない。

 俺がいま祈りを捧げているのは名も無き弟。



 アルバトロスであることを押し付けられた、名前すらない哀れな役者だ。



 --- 



「酷いと思わないかい?」

「んー?」


 休み時間。

 肌触りのいい芝生の上で寝転がる俺に、クレインは聞いてくる。


「僕らは人生を捧げて王家に尽くしているというのに、王家の方は僕ら影武者(ドッペル)に一切の感謝も敬意もない」

「そんなもんだろ。別に俺たちだってアイツらに感謝も敬意もないからなー。アイツらにとっちゃ、俺たちは奴隷みたいなものか。いや……それ以下かな」

「アルバが可哀そうだ……」

「自業自得だろ。攫われるようなヘマしたアイツが悪い」


 クレインは手に持った本を閉じ、


「……アルバはまだ10歳だったんだぞ」

「10歳の頃の俺でもそこらの賊には負けん。ましてや護衛もいたはずだ、護衛から離れなきゃ攫われることはない。どうせ外の世界に浮かれて、勝手に単独行動でもしたんだろ」


 クレインの目つきが厳しいモノになるが、構わず続ける。


「それによ、王子を危険から守って死ねたんなら影武者(ドッペル)冥利に尽きるってもんじゃねぇか」

「本気で言ってるのか?」

「ああ」


 クレインは芝生に置いてあった木剣を手に取る。


「剣を取れカルラ。今の発言、聞き捨てならない!」

「おいおい冗談だろ。さっきまで散々打ち合ってたじゃねぇ――か!?」


 クレインは本気で剣を振り下ろしてきた。俺はそれを転がって躱し、すぐさま立ち上がる。


「まったく、冗談の通じねぇやつだな……!」


 地面に刺してあった木剣を抜き、構える。


「たまには全力を出してよ? さっきまでの打ち合いだってこれっぽっちも本気じゃなかったでしょ」

「お前と本気でやったらどっちかは必ず怪我するだろ。傷が残ったりしたら影武者(ドッペル)失格だ」

「失格でなにか問題があるのか。影武者(ドッペル)であることに……矜持なんてないだろ」

「……いい加減、オリジナルに嫉妬するのはやめろよ。見苦しいぜ」


 俺の挑発をきっかけに、クレインは飛び出してくる。

 俺も対応しようとするが――



「やめなさいっ!!」



 聞きなれた声が俺たちの喧嘩を止めた。

 俺とクレインは手を止め、声の主を見る。


「「カナリア……」」


 彼女は第6王子の影武者(ドッペル)であるカナリアだ。

 赤毛で、肩の位置で髪を揃えている少女。

 俺とクレイン、そしてカナリア。歳が近いのもあって俺達は3人でいることが多い。


「もう! 喧嘩する暇があるなら花摘み手伝ってよ!」


 カナリアの手にはなぜか花がある。


「なんで花なんて摘んでるんだ?」

「アルバへの献花だよ。お墓も作ろうと思ってるの。アルバは私と同じ、赤毛の子だったしね……これぐらいはしてあげないと」


 ここで影武者(ドッペル)豆知識。

 王の妻、王妃は3人いる。

 どの王妃から産まれたかによって王子、そして影武者(ドッペル)の髪色は違う。


 例えば第1王妃から産まれた第1王子(オスプレイ)第4王子(クレイン)第9王子(ハク)は銀髪。

 第2王妃から産まれた第2王子(ワッグテール)第7王子(パフィン)は金髪。

 第3王妃から産まれた第3王子(シグネット)第6王子(カナリア)第8王子(アルバトロス)は赤髪だ。


 俺のオリジナルは第2王妃から産まれたが、俺もオリジナルも金髪ではなく黒髪だ。父親、国王は黒髪だったため、第5王子だけが父親の髪色が遺伝したのだろう。


 第6王子(カナリア)第8王子(アルバトロス)は父親も母親も同じな完全な姉弟、そのクローンである二人も絆のようなものがあったのだろう。カナリアはアルバトロスのことを弟のように可愛がっていた。


 ちなみに他所(よそ)の国だと王の娘は王女と呼ぶらしいが、この国では男女問わず王の子供は王子と呼ぶ。これは王族内において男性優位も女性優位もないことが影響しているらしい。


「僕も手伝うよ」

「しゃーねぇな」


 正直アルバトロスとはあんまり接点なかったけど、一応10年共にした仲だ。これぐらいはやってやるか。

 それから30分かけて、俺たちは墓を作った。ゴツゴツの岩で作った不格好な墓。そこに花を添える。


「そういえば本で読んだけど、お墓には名前を彫るらしいよ」

「じゃあ彫るか? アルバトロスってさ」

「えー、でもアルバトロスは役の名前だから何かしっくりこないなー」


 それは同感だけど。


「あ、じゃあ明日までに私が名前を考えてあげよう!」

「おい。あだ名とか、名前を付ける行為は禁忌だぞ。忘れたか?」


影武者教室(ドッペルツィマー)・禁則事項※


第一項 名前を付けてはならない。

第二項 外の物を持ち帰ってはならない。

第三項 許可なく食事をしてはならない。森の物を勝手に口にしてはならない。

第四項 山を登ってはならない。

第五項 外で得た情報を共有してはならない。

第六項 性行為禁止。

第七項 学校の情報を外の人間に漏らしてはならない。

第八項 許可なく執務室に入ってはならない。

第九項 湖に近づいてはならない。


 教室の黒板の上に常に掲げられているタブー九項目である。


影武者(ドッペル)に名前を付ける行為が禁止なんでしょ? この子はもう死んじゃったんだから影武者(ドッペル)でもなんでもない、そのルールは適用されません」

「……そういうの屁理屈って言うんだぜ」

「ははっ! カナリアらしいや」


 何かの文献で読んだが、死後名前が変わる人間は本当に存在するらしい。ただ死んでようやく名前を付けられる奴はコイツぐらいだろう。


「皆さーん! そろそろ授業を再開しますよ~」


 先生の声が遠くから聞こえる。


「とりあえず、この墓のことは先生には黙っておこう」

「さんせーい!」

「へいへい」


 俺たちは森の中から出て、教室へと足を進めた。

 名前、か。

 そんなもの無くたって別にいいだろうに――そう、思っていたんだがな。

第1王子オスプレイ

男、16歳、母は第1王妃


第2王子ワッグテール

男、15歳、母は第2王妃


第3王子シグネット

女、15歳、母は第3王妃


第4王子クレイン

男、13歳、母は第1王妃


第5王子カルラ

男、12歳、母は第2王妃


第6王子カナリア

女、12歳、母は第3王妃


第7王子パフィン

女、12歳、母は第2王妃



第8王子アルバトロス

男、10歳、母は第3王妃



第9王子ハク

男、10歳、母は第1王妃

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