第11話 王位争奪戦
いや、カナリアオリジナルと言うべきか。まったく同じ顔、同じ体。しかしその翡翠の瞳は凍てついている。
カナリアの活発さのようなものを感じない。クールな面持ちだ。
「おはようございます。カナリア様、エルヴァン様」
リンが挨拶する。
「おはよう、リン」
「おはようございます」
老騎士とカナリアオリジナルがリンの挨拶に応える。
「おはようございます、カルラ様」
老騎士が頭を下げて挨拶してきた。
「うむ、おはよう」
俺は頭を下げずに言う。すると、
「おはようございます」
カナリアオリジナルも俺を一瞥し、頭を下げずに挨拶してきた。
「お、おはよう」
詰まりつつも俺は言う。
聞き慣れたカナリアの声で、おはようございますと挨拶されたのが違和感満載だった。
すれ違った後、ふと振り返る。
すると、カナリアオリジナルと目が合った。彼女も同タイミングで振り返ったのだ。
「……」
彼女は何も言わず、また前を向いて歩きだした。その瞳はどこか俺を観察するようだった。
カルラが影武者と入れ替わっていることは王子たちは知っているはず。影武者が珍しかったのだろうか。
考えている内にリンがある部屋の前で立ち止まった。
「どうぞ」
リンが扉を開き、促してくる。ここが俺の……カルラの部屋なのだろう。
俺が部屋に入るとリンも中に入って扉を閉めた。
「ふーっ、これで一安心かな」
砕けた態度でリンは言う。
「ここがカルラの部屋か……」
天蓋付きのベッド。天井に吊るされたシャンデリア。家具はどれも見るからに高そうだ。
呆れるぐらい広い。俺たち影武者は男女で部屋が別れていて、男子6人(今は4人)で一つの部屋を使っているのだが、その6人部屋と同じくらいの広さだ。さすが王子様。
「今日はこの後昼食と夕食を摂って、お風呂入って終わりだよ。昼食も夕食も部屋に運ぶから外野は気にせず食べるといい」
「お、飯か。楽しみだな」
「明日のディナーで出す予定のステーキとかスープとか出すから、テーブルマナーのおさらいに使っていいよ」
テーブルマナーは影武者教室で嫌と言うほど習った。授業でステーキ代わりに使ったのは魚の練り物だったがな……。
「僕は外で待機しているから何か用があれば声をかけてね」
「了解。ここまでの案内、ありがとな」
リンはクスりと笑う。
「……ありがとな、か。カルラ様の口からは絶対出ない言葉だなぁ」
そう呟いてリンは部屋を出た。
俺はカーテンを閉め、外から見えないようにし、
「おうら!!」
自分の体積の5倍以上もあるベッドに助走をつけて飛び込んだ。
「……ふっかふかだ……やべぇ、寝そう――ん?」
ベッドに飛び込んだ衝撃で枕がズレた。枕がズレたことで、俺は枕の下にある物を発見した。
それは一冊の本。タイトルは――“王位争奪戦ルール解説”。
「……手書きの本。しかもこの字……」
散々見てきた筆跡だ。この筆跡にひたすら自分の字を寄せてきた。
この字は――第5王子の字だ。
本のタイトルにある王位争奪戦とは4年後に開催される王子同士の争いだ。
これに勝利した一人が次代の王になる。
俺はこの争奪戦について詳しいことを知らない。争奪戦の内容とかまったくわからないのだ。ジャンケンで決めるのか、それとも拳闘試合とか、はたまたクイズ勝負か。一切わからない。
興味はある。
しかし影武者の仕事とはまったく関係のないことだ。見るべきではない。
影武者としての責務を全うするか、
好奇心に従うか。
「ま、俺以外誰も居ないしな……」
もしかしたら王卵についても何かわかるかもしれない。
本を開く。
中は絵本だった。
「字は綺麗だけど、絵はクソ下手だな」
わかりやすく説明するために絵本にしたのだろうけど、絵の方はまったく解読不可。字だけ読もう。
(王位争奪戦は500年前から採用された次代の王の選定方法である。500年前、最初の王位争奪戦は円形闘技場で行われた。9人の王子を闘技場に集め、殺し合いをさせ、残った一人を王としたのだ)
血生臭!? なんて原始的な決め方だ。これじゃ猿と同類だろ。
(決闘で負けた8人の王子の骨で作り上げた王冠を、生き残った王は被った。この王冠を『ホルスクラウン』と呼ぶ)
ホルスクラウン……初耳だな。
つーか人間の骨で造った王冠なんて絶対被りたくないな。気持ち悪い。
(ホルスクラウンは王族以外が被るとその者に死の呪いを下す。逆に王族が被ればその者に英知を与えると言われている)
なんというか、童話とか神話を読んでる気分だな。現実味がない話だ。
(ただしこの争奪戦の方式には大きな問題があった。それは武力のみで勝者が決まってしまう点である。これでは王に必要な知力やカリスマ性を測ることができなかった。ゆえに、争奪戦の方式は第二回目で大きく変更される。争奪戦の方式は決闘から宝探しに変更になったのだ。これが現代でも適用される争奪戦の方式である)
宝探し?
(王子全員が14歳以上になった時、争奪戦は開始される。まず最初に現国王が『ピースクラウン』と呼ばれる8つの王冠を製造し、それを世界各地にばら撒く。このピースクラウンはホルスクラウンの欠片であり、全て集めると融合し、ホルスクラウンになる。世界中に散らばったピースクラウンを集め、ホルスクラウンを造り、そして最後にホルスクラウンを被った王族の血を引く者が次代の王となる)
世界全てを対象とした宝探し、そんなので王を決めるのか……。
(争奪戦の途中で他の王子を殺害することは許可されているが、争奪戦の前に他の王子を殺害することは死罪に値する。争奪戦の際に王国軍に所属する兵を起用することは許されない。過去に王国軍に所属していた人間も却下である。しかしそれぞれが民衆や囚人、他国の兵などを勧誘し親衛隊を作り、運用することは許可されている。この宝探しには武力、知力、カリスマ性全てが問われるため、最も王に相応しい存在を選別することができる)
これが争奪戦の成り立ちとルール。
この争奪戦を誰の犠牲もなく始めるために存在するのが、俺たち――影武者だ。
しかし気になることがある。
ホルスクラウンの素材だ。
第一回目では王子の骨で造っていたそれを、第二回目以降はどうやって造ったのだろうか。このルール的に事前に王子の骨を集めることは不可能。
普通に第一回目で造ったホルスクラウンを加工しただけか? だけどこの本にはホルスクラウンの元になるピースクラウンを現国王が『製造し』と書いてある。この言い方的に、新しく作ってるっぽいよな。
もしくはそれまでの争奪戦で死んだ王子の骨を保存し、使っているか。王冠一つに使う骨の量なんてたかが知れてるし、確実に余るはず。
そもそもなんで王子の骨を使う必要がある? なんで8人の王子の骨でわざわざ王冠を造る?
……考えても仕方ないか。
今、俺が考えるべきは明日の任務のことだけだ。余計な思考はいらない。
絵本を元の場所に戻し、俺は昼食まで仮眠を取った。
---
「うんま~!!」
昼食のステーキを一切れ食べた俺はあまりの美味しさに涙が出そうになった。
「あれ? もしかしてステーキ食べるの初めて?」
正面に座っているリンはにこやかに聞いてくる。
「はじめてだよ。俺、肉と言えば鶏肉しか食ったことなかったしな。基本はカロリーバーっていう王子の飯に栄養素を合わせたパッサパサでクソ不味いモンを食わされる」
「へぇ、想像以上に厳しい生活をしてるんだね」
「スープもうまっ! 水もうまっ! サラダもうんまぁ!」
「水は君たちが飲んでるモノと大差ないと思うけど」
料理ってすげぇな。こんな人を感動させるモンを作れるのか。
クレインやカナリアにも食わしてやりてぇな、この料理。
外の世界の物は持ち帰っちゃいけない、なんてくだらないルールがなければな。
「テーブルマナー完璧だね。これなら当日も問題なさそうだ」
「めちゃくちゃ練習させられたからな」
「凄いよね、正直驚いたよ。性格は違うけど、歩き方とか細かい癖とかカルラ様そっくりだ」
さっきアルハートがうろたえていたのは、俺があまりにもカルラに似ていたからかな? だとしたらちょっとは自信になるな。親衛隊で驚くレベルならまずバレる可能性は無いだろう。
「……こちとら人生全部コピーに費やしてるからな」
「君とカルラ様が会ったらどんな感じになるんだろうね。きっと会う機会はないけど、見てみたかったなぁ」
そういや色々あって忘れた。王卵について王族に聞かないといけないんだった。
「カルラ……様には会えないのか?」
「うーん、予定では二人が接触することはないかなぁ」
「会うことは不可能か?」
「悪いけど、僕からはなんとも言えないな」
……正直、諸々の事情抜きにすりゃ、オリジナルに会いたくはないんだけどな。
自分のオリジナル、興味が無いと言ったら嘘になる。
けれど、あっちは俺と違って王子として生き、王子の風格を持っているはずだ。自分とまったく同じ顔で、同じ声で、同じ遺伝子なのに、自分とは違って高貴な存在……きっと会ったら強い劣等感に苛まれる。
あー、やだやだ。せっかく美味い飯食ったのに気分が落ちちまったよ。
それから適当に部屋で過ごし、夕食を食って、馬鹿みたいに広い風呂に入って、ベッドで眠って、一日は終わった。
――翌日。
運命の晩餐会が迫る。
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