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太一と彩

彩は最初の地震で借りていたアパートが半壊してしまった為、バイト先から帰宅して、必要な荷物をすぐに纏めて避難所に来た。横浜市の戸塚区の市民センターだ。

建物は最近建て替えたばかりで、とても綺麗だ。

レンタルホールや体育館もあり、駐車場も広々としていた。駐車場には車の中で避難している人の車が30台程駐車していた。殆どの車が後ろのトランクのドアを開けてエンジンを切っていた。折りたたみの椅子を出して座っている人もいた。

市民センターの職員が、避難してきた人々を手際よく受付して、案内をしている。

彩はレンタルホールに案内された。

避難してきた順に案内されているので、老若男女、家族、関係なく案内され、一杯になると次の場所に案内される事を理解した。このホールには100人くらい入るのだろう。

綾は出入り口に近い壁側に畳2枚分くらいの大きさの敷物を荷物から取り出して広げた。その上に大きなスポーツバックを置いた。彩の後からも続々と人が入って来る。

彩が敷いたレジャーシートの横には家族らしき4人がいた。夫婦と子供が2人男の子だった。おそらく2人とも小学生だろう。その下の男の子と目が合った。

「こんばんは。」と声をかけ、ニコッと笑いかけた。

「こんばんは。」と男の子が返事をした。母親がその声でこちらに向いた。母親とも挨拶を交わした。

避難所に何日いるのか検討がつかないので、当たり障りがないよう振る舞いたい。彩はそう思っていた。

男の子がぐいぐいと次から次へと新しい会話を投げ掛けてくるので、隣の家族と仲良くなった。池田という苗字の家族で一番下の男の子は4年生でさとる君と言う名前らしい。上のお兄ちゃんは海斗かいと君と言うらしい。池田家の避難理由が、家屋にヒビが入ったらしく、裏山で土砂崩れが発生しそうで避難して来たと母親が話してくれた。彩も自分の事を話した。借りていたアパートが半壊していて、彩の部屋は1階だったので、上が潰れて落ちかかっていた事を話した。

話に夢中で、このホールの中にだいぶ人が増えた事に少し驚いた。

職員がここはもう満員だな、と言いながら、「君は1人だよね?君までこのホールね」と男に言っていた。

男は「1人です」と答えてホールの中に入った。当たりを見回している。彩と目が合った。

彩は軽く会釈して、視線をずらして悟との話しに戻った。

しばらくして、職員が「自家発電の為、10分後に節電の為照明の電源落とします。」と言いに来た。

腕時計に目をやると10時45分を指していた。寝る準備を整えて、といっても化粧を落として歯を磨きに女子トイレに行くだけだが、済ませてホールに戻った。

バックからバスタオルを出してタオルケットの代わりに軽く腹部に掛けて横になった。

あちこちからヒソヒソと話し声が聞こえて落ち着かない。

横になると、小さな揺れがホールの床から伝わってくる。色々な意味で眠りにつくのは難しそうだ。

ウトウトとすると、人がトイレに歩く足音で意識がハッキリしてしまう。小さな揺れで驚く誰かの声で気になって目が覚めてしまう。

何度かの邪魔で睡眠を諦めた彩はホールの外に出る事にした。喉も乾いている事に気づき配給所に寄って水のペットボトルを貰った。

外に出て駐車場とは反対側に行くと、滑り台とシーソーが設置されている小さな公園があった。

そこのベンチに腰を降ろしてペットボトルの蓋を捻り開けた。

ゴクゴクと勢い良く喉を通過させて、ほっと一息つく。

腕時計に目をやると6時50分を過ぎたところだった。

「おはようございます」と後ろから声を掛けたれた。彩は振り向き「おはようございます」と返答した。

昨晩、最後にホールに入ってきた男だった。

男は彩の隣に来て、座っていいか?と聞き、彩がどうぞ、と答えると隣に座った。

「俺、太一です。」と名前を言ってきたので「彩です。」と答えた。

2人は同じ20歳だと分かり、敬語も取れて会話も弾んだ。

彩が独りで上京してきた話しをしていた時だった。

「空の色が変だー。」彩がボソッと言った。

彩の話を聞きながら表情を見ていた太一が、彩の言葉で視線を空に向けると同じ様な反応で「何?紫?キモいね。朝なのに。」と太一も付け足して言った。

2人は空の色の事よりお互いの事の話が面白くて、あまり気に留めず、自分達の話に花を咲かせた。

すると、炊き出しが配られるとの放送が入り、彩と太一は配給所に歩き出した。

炊き出しの前には既に列が作られていた。

15分位並んで野菜の沢山入ったスープとナンのようなパンをもらった。

とても美味しかった。彩は、こんなに美味しいならあと何日かここで暮らしてもいいと思った。地震が落ち着いたら、一旦実家に帰ろうと決めている。昨日、地震が起きた直後に母から電話が掛かってきた。家族の生存確認は出来ているし、実家も無事だと聞いた。もちろん、帰ってこいとも言われたので、新幹線が動いてるなら帰ると言った。

だが、新幹線は止まっており、電気も停電していてTVが見れない。この市民センターは自家発電と言っていたので、大丈夫みたいだ。

食事が終わり、一度ホールに戻りたいと彩が太一に言って、ホールまで戻り自分のレジャーシートの上で腰を下ろした。

太一もそのレジャーシートに座った。「太一の荷物は?ここに一緒に纏めて置いていいよ。」彩がそう言うと太一が立ち上がり、荷物を取りに行った。

グラグラグラ…小刻みにホールの床が揺れ出した。そしてドーンと突き上げる様な揺れがきた。「これは大きいぞ」と誰かの声が響いた。

彩はレジャーシートをそのままにしてスポーツバックのショルダー部分を掴んで手繰り寄せて一瞬考えた。ここにいるのがいいのか?外に出た方がいいのか?と。

太一が「彩!」と叫んだので彩は立ち上がり、太一の方へ走った。揺ら揺らと揺れているので真っ直ぐに走れない。他の人の敷物があったり、荷物があったり障害物が走る邪魔をする。伸ばされた太一の手にしがみ付くと引き寄せられた。

「外に出よう」そう太一が言うと強く引っ張られながら歩き出した。

相変わらず揺れている。ミシミシと音が聞こえて、叫び声や何かがぶつかる音、色々な音が耳に飛び込んでくる。

外に出る扉の向こうには、炊き出しの為に張られているテントが燃えていた。

職員が消化器を向けているが、何しろ静止している地面ではないので、上手く火にあたっていない。

炎はお構いなしにテントを燃やしていく。近くにあった軽自動車に炎が移り、「離れろー」と職員が叫ぶと同時にガソリンに引火してドカーンという音と共に爆発した。炎が勢いよく燃え広がると、辺りにいた人は急いでその場から逃げた。段々と火力が強くなり消化器なんかではもう消火出来ない状況になってしまった。

今は水道も止まり、飲料水のペットボトルが災害用に備蓄したあるくらいで火を消す為の水がない。誰もがもう火事は止められないと思っていた。

何も出来ない彩と太一は、ゴオゴオと燃える炎を見ながら、どうかもう燃えないでくれ、と思った。























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