チカラ
避難所から40分程歩いて帰宅した。途中何度か揺れて立ち止まったり、通れない道があったりと問題はあったが、割と早く帰宅出来た。
歩きながら空の色の話しを聞こうとしたが、「帰り道では話せない。」と一点張りで教えてくれなかった。焦らされてイライラが爆発しそうなタイミングで奈緒の自宅に着いた。
とりあえずリビング行き、疲れた足を休ませようとソファーに腰を落とした。本当なら埃まみれになった体を洗い流して着替えたいところだが、断水してるから仕方がない。
荒瀬も奈緒の横にある1人掛けのソファーに座った。
「後で片付け手伝ってくれる?」と散らばった家の中を見渡して荒瀬に言った。
「面倒臭い」荒瀬はそう言って避難所で貰ったペットボトルの水をゴクゴクと飲み干した。ペットボトルは空になった。
「お前、昨日の朝と今朝の空が不気味な色してたって話してたじゃん。」
そう荒瀬が口を開いた。
「俺も昨日、ババアの出勤時間で早く目が覚めて外見たんだよ。それで、たまたま見た空がピンクで、変なのー。って思ったんだよ。それから普通に、冷蔵庫から麦茶飲もうとグラスに入れようとしたら…」とまで話しをした所で、「説明、面倒くせぇな。」と言ってソファーから立ち上がり、冷蔵庫まで行き中を見た。勿論電気が来てないので真っ暗だ。荒瀬は麦茶がある事を確認して「再現してやる」と言ってグラスをダイニングテーブルの上に置いた。
冷蔵庫から麦茶の入ったピッチャーを取り出し、グラスに注ごうとして、ワザとグラスを倒した。
麦茶は倒れたグラスの横に少し溢れる形になった。
「あっ。」と奈緒が口を挟みそうになったが慌てて止めた。
荒瀬は倒れたグラスを立てて、奈緒が見ているか確認した。
「今から見てて。昨日の朝はこんなんじゃなかったけど」
荒瀬はそう言って、ピッチャーを置き、溢れた麦茶を力強く睨むように見た。
溢れた麦茶が勝手に動き出してグラスの中に一瞬で入った。
「えっ何が起こったの?」
奈緒は驚愕した。無意識に両手で口を抑えている。
手品?トリック?は?え?え?え!
「凄いだろ。多分このチカラ、空の影響じゃない?俺こんな事一昨日まで出来なかったから。」
「最初は少ししか動かせなかったけど、面白くて遊んでたらコントロールが出来るようになって、そのまま学校サボるつもりだったんだけど、裕也から連絡きたから学校行って、そしたら地震が起きた。」
「昼休みに裕也に見せるつもりだったのに。」少し残念そうに荒瀬は言った。
奈緒にとって裕也という名前の人物は思い当たらないが、訳の解らない手品なのか、超能力なのか、はたまた別の何かなのか、説明の付かない事はなるべく人には知られない方が得策だと思った。
「タネはよく分からないけど、凄いね。」
荒瀬という人物をまだよく理解していないので、無難な言葉を口にした。気分を悪くされても困る。機嫌を取る訳ではないが、荒瀬は普段からあまりいい噂は聞かないからである。
「それで、荒瀬君、それはどうやってグラスに入ったの?」
「手品とかマジックじゃない。仕掛けなんてない。」そう言って荒瀬はグラスを右手に掴んで持ち上げた。胸の高さまで持ち上げてから、先程のようにグラスに入った麦茶を睨んだ。
今度はグラスの中の麦茶が消えた。
「え。どこに行ったの。」
またもや、何も分からず、キツネにつままれたような気分だった。
荒瀬はそんな表情をしている奈緒を見て、気分良くなっていた。
それからテーブルの上にグラスを置いて、先程まで座って居たソファーに座り、足を組んだ。
依然としてグラスには何も入っておらず、麦茶だけが消えたままだ。
「ねえ麦茶はどこ。」
奈緒は荒瀬を見つめていたが、空になったグラスも気になって仕方がない。どこを見てれば良いか分からなかった。
「はは。気になるよな。俺もどこに麦茶があるか気になるけど、何処にあるか知らん。でも後で出す。」ぶっきらぼうに答えた。
後で出す。って言っているけれど、突然現れるのかな?本当に仕掛けとかなかったかな。今さっきの出来事を頭の中で振り返りながら仕草などを思い出す。
何かを仕掛けてる様には思えなかった。怪しい行動は目にしていない。
奈緒は荒瀬に色々聞きたいが、頭の中で上手く文章にならなかった。
「あのさ、お前の家って、何か食べれる物ない?俺、何も食べてなくて腹減ってるんだけど。このチカラの事は食べながらでも話せるじゃん。」
荒瀬の言葉で、自分もお腹が減っている事を思い出した。
「あると思う。うちのお母さん、足が悪くて買い物になかなか行けないから買いだめしてるんだよね。ちょっと待ってて。」
そう言って、キッチンの奥のパントリーの中に入って行った。
食料は当面の間は心配なさそうだ。
乾麺の類いはだいぶある。缶詰も少しある。但し、電気もガスも水道も使えないから、どうするか考えなくてはならないが…。
飲料水はウォーターサーバー用の予備のボトルが4個積んであった。1個12L入りだ。キッチンのサーバーに乗せているのもつい先日に取り替えたばかりだった。
カップ麺が視界に入り、奈緒は前にお母さんが言っていた事を思い出した。
―何かあった時の為に避難グッズを纏めてあるからね。もしもの時はコレ持って逃げなさいね。―
そうだ。何処かに避難グッズが入った大きなリュックがあるはず。どこだっけ…。
とりあえず、今すぐ食べられる物は、バナナとお菓子と小分けに包装されているドーナツが1袋。それを持ってリビングに戻った。
「今すぐ食べれる物、持って来たよ。」
そう言ってテーブルの上に一つ一つ置いた。荒瀬はソファーから立ち上がり、先程空になったグラスの横に置かれたバナナを、房から1本ちぎり取り、皮を向いて早々に口に放り込んだ。続いてドーナツの袋にも手が伸びる。
中から2つ取り出し破って食べた。ドーナツを口に入れながら麦茶が消えた空のグラスを持ち、ウォーターサーバーの前に行き「これ、今出る?」と聞いてきた。
「水はツマミを下げれば飲む分だけ出ると思う。お湯は電気がきてないから水のまんまだと思う。」
奈緒は答えながら、荒瀬と同じ様にバナナとドーナツを食べた。牛乳が飲みたいな、と思ったが、夏なので電気が入ってない冷蔵庫の中の牛乳は危ないと思い、諦めた。
「お前もこのチカラ、使えるんじゃないか?」と口の中ででまだ飲み込めていないドーナツを頬の内側に寄せて言った。そしてウォーターサーバーから水をグラスに汲もうとした。その時、何か閃いたようで、ツマミを下げるのを止めた。
荒瀬は水が入っているボトルを睨み付けると、次の瞬間、荒瀬の喉元からゴクリと何かを飲み込む音が聞こえた。同時に喉仏が動くのが目で見て分かった。
「おお。成功した。」やや興奮して荒瀬は言った。なんだか嬉しそうだ。
「今さ、麦茶で見せたように、このサーバーから直接水を一口分だけ俺の口の中に移動させたんだよ。」
「水をテレポートさせたって事?」奈緒は聞いた。
「そう。」
「どうやって?」
「あー。簡単に説明すると、念じる?かな。イメージする感じ。今はボトルの水見て、一口分だけ口の中に来いって思った。」
「昨日の初めてチカラが出た時は、やべっ!麦茶溢しちゃった。拭くの面倒くせぇな。グラスにちゃんと入れば良かったのに。って思ったんだよ。そしたらいきなりグラスに入ったからありえねぇー。って一人で笑っちゃったよ。」
それはそうだろう。突然、超能力みたいな力が自分の意志によって働いたのだから。普通なら目を疑ったり、夢でも見てるのか。と現実を否定するだろう。なのに、笑って済ませてしまう荒瀬が凄いと思った。
「念じるかぁー。本当にそれだけで?」
奈緒は確かめるように聞いた。
「そう。本当にそれだけ。まだ俺もこのチカラを色々とやってないから、他にはどんな事が出来るか分からん。ただやっぱりチカラ使うと疲れる。お前もやってみなよ。」
奈緒はそのチカラが空と関係があるのか疑問に思いながら、荒瀬の言葉に乗せられて、ウォーターサーバーの中の水に「動け」と念じてみた。
何も変わらず、動く素ぶりもない。やっぱり動く訳ないじゃん。奈緒はそう思った瞬間、サーバーの上のボトルがバンと大きな音と共に破裂した。中の水が凄い勢いで飛び散った。代えたばかりだった為、サーバーの周りは水浸しになった。
奈緒は呆気にとられて放心状態だ。
暫くしてハッと我に返り「あり得ない」と呟いた。
荒瀬も「おお、すげぇ」と興奮している。そして水浸しになったフローリングを睨み何かを念じている。スッと水が麦茶の様に消えた。破裂したボトルの破片だけが散らばっている。流石に奈緒も、水浸しだったフローリングが、水滴のない状態になったのは荒瀬が消したのだ、とすぐに理解出来た。
ヴー、ヴー、ヴー。とソファーの横に置いた大きな鞄からスマホのバイブレーションが振動している音が微かに聞こえた。何回か繰り返しているので、メールではなく電話が掛かってきたのだろう。
奈緒は鞄からスマホを取り出して通話をタップした。
「奈緒。無事?今、緊急避難所に来て、奈緒の事探したんだけど見つからないから電話した。奈緒は何処にいる?」湊からだった。
「湊くんは無事?私は自宅に帰って来たの。避難所がとても不安で…」
「そうなんだ。俺は無事だけど、さっきの大きな地震でこの辺り火が出ていて、今からどこかに避難しようと話が出ているところだよ。俺も奈緒と合流したい。」
奈緒は避難所での景色を思い出した。確かにあの辺りから火が出ていた事が頭の中に蘇ってきた。考えてみると、避難所の辺りは倒壊している家やヒビが入ってしまった道路が多かった。それに比べて、家に戻りながらこの辺は倒壊が避難所の辺りより少ない。自宅に関しては、お父さんが安全を優先に建ててくれた家だけあって、窓1つ割れていない。土地に関しても多分、地盤のしっかりした場所を選んだのだろう。本当にお父さんが守ってくれているのだ、と感じた。
「うち来る?〇〇住宅地の○列目の一番奥」
「解った。今から行く。常盤先生も一緒だけど。」湊が言った。常盤先生は独身の体育教諭で、湊の所属している水泳部の顧問だった。とても面白い教員だと評判だ。
短い通話だったが、湊が無事だったという事が分かって安心出来た。スマホを持っているついでに、ネットニュースを開いた。
関東各地で震度7の大地震が街を破壊して、沢山の人々の命を奪っている現状が書かれていた。
電気が遮断されているのでテレビは付かない。情報を得るにはインターネットか電池式のラジオなどだろう。確か、防災グッズのリュックに入れてあるのを思い出した。リュックを探そう。
奈緒は先程のチカラの事とリュックの在処を、同時に頭の中に思い浮かべているが、全然処理出来ておらず、無意識に、はぁ、とため息を付いた。
そして荒瀬に「今から湊君と常盤先生が来るって。」と伝えて、リュックがありそうな場所を探し始めた。家の中を移動しながら地震の揺れで落ちた物を拾いながら飾るのではなく、引き出しなどにしまった。飾り直してもまた揺れが来たら落ちてしまうからだ。
リビングを出て、2階に上がる階段下の納戸を開けた。リュックはそこに置いてあった。丈夫な生地で沢山詰め込まれていた。持ち上げてリビングに持って行くと、荒瀬が水の塊を浮かせていた。
奈緒は驚きはしなかったが、見えている光景が夢でも見ている見たいな気分だったが、夢ではないのが分かっていて複雑な気持ちだった。
依然として、小さな揺れが続いている。一時間に2.3回くらいは揺れているのではないだろうか。外からは遠くの方で小さくサイレンの音が聞こえてくる。
リュックからラジオを探す。中には乾パンや缶詰、食べ物の類いからサファイバルシートや多目的ナイフ、懐中電灯、等の必需品、奈緒の為に生理用品まで入っていた。
ラジオを取り出して電源を入れる。予備の電池も沢山入っている。
ザァーと音が聞こえて、チューニングを合わせ、クリアに聞こえる局に合わせた。ラジオの表面にはデジタル表示の時計が16時15分と示していた。
時間の感覚が全くない。と言うか、時間が気になるという余裕が無いのだ。ゆっくりと感じられる暇もなく、次から次へと何かが起こる。
ラジオから、奈緒の住んでいる周辺の避難所の情報が流れた。先程まで湊がいた避難所は閉鎖したと伝えている。
どうやら火災で消防が追い付かず鎮火出来ないらしい。
無事に出られたのだろうか。
「そう言えば、お前のかーちゃんが入院した病院、うちのババアが働いてるとこなんだよ。明日行こうぜ。」荒瀬が話しかけてきた。
「え、あ、うん。お母さんに会いたい。行こう。」そう答えた。
「お隣さん、車出してくれっかな?」荒瀬がそう言うと、奈緒は考えた。迷惑はかけたくないなぁ。
「歩いては行けない距離?」なるべく自分で何とかしたいと思って聞いた。
「歩きたくねーよ。バイクでいいなら後ろ乗せるけど。地震で倒れて壊れてなければの話しだけど。」
「うん。平気、バイクでお願いします。」奈緒は軽くお辞儀をしながら頼んだ。
玄関からトントンと音がした。
様子を見る様にそっと玄関に近づいた。扉の向こうから「奈緒、俺、湊。」と声がしたので、玄関の鍵を開けてドアをスライドさせた。
「湊くんと常盤先生、どうぞ。」と言って向かい入れた。
リビングまで行き、荒瀬と2人が顔を合わせて、「おう」と軽く言葉を交わした。
奈緒はお水で良ければ、と言ってグラスに水を入れてダイニングテーブルにおいた。それからバナナとドーナツを前に出した。
常盤と湊はダイニングテーブルの椅子座り、ありがとうと言ってバナナとドーナツを食べ始めた。
奈緒は朝、学校から離れてから帰宅してお母さんの事を知った事、それから避難所に行ってすぐに帰宅した事を話した。チカラの話しはしていない。何と言っていいか分からなかった。
次に湊も口を開いた。
学校から自宅に帰宅した事、それから自宅の電話に留守番メッセージが残っていて、母は仕事先にいて、被災してしまい、会社の近くの病院にいて、スマホは壊れてしまったらしい。会社の人からのメッセージだった。録音された時間は13時30分と、最初の地震からすぐの時間だった。それから避難所に行く間、瓦礫をどかして人を助けたらしい。その後に避難所に着いたが、火事ですぐに出てここに来たようだ。
一通りお互いの離れた時間の行動を報告した。奈緒は荒瀬の顔がウキウキしている様に見えた。
「なあ、凄いの見せてやろっか?」荒瀬がもったいぶった態度で得意げに言った。
「凄いって何が?」常盤先生が聞いた。
荒瀬は先程、奈緒が2人に用意した水の入ってたグラスを2人に手渡した。もちろん中身はすぐに飲み干して両方とも空である。
それを2人に持たせて、「よく見てて。」というと、一瞬にして両方のグラスに八分目までの水を出して見せた。2人からしたら、一瞬でグラスに中身が入り、重くなったのだ。
「は?」2人で声が揃った。
まぁ、奈緒と同じ反応になるのは目に見えて居たのだろう。荒瀬は笑っている。
「スゲーだろ。俺、超能力使えるんだよ。」それから荒瀬は、空中で野球のボールくらいの水の玉を作ってクルクルと動かした。
3人でその水の玉を目で追っている。荒瀬は奈緒がリュックを探している間、ずっとチカラを使って試していたようだ。
奈緒が、荒瀬に言った。
「ねえ、お水をお湯に出来ない?」
「分からん。まだ試してないよ。ってかお前がやってみればいいじゃん。」荒瀬が答えた。
湊がハッと奈緒を見て「奈緒も出来るの?」と聞いた。
「分からない。さっきコツを荒瀬君から聞いてやってみたんだけど…」と言って、空の事と関係があるのでは?という説明の話と破裂したボトルの話をした。
常盤先生も流石に驚いて、静かに話を聞いていた。そして、自分の想像を超える何かが起こっているのだと感じていた。勿論、空の色など青色以外に見えた事はない。




