夢まぼろしの如く
田中角栄が生きていたらーーー
これはよく言われる政治のifである。
ところで、日本史最大のifは、『信長が生きていたら』ではないだろうか。
「遺体が見つかってないんだよね」
三英傑なら断然信長好きのメシヤ。
「彼が生きていたら、世界を統一していたかも知れませんね」
そうはさせるかと反乱勢力のいたことが考えられる。ちなみに、奈保レオンは信長に会ったことがある。
「メシヤくんのエメラルドタブレットを使えば、当時の様子が少しだけなら見れますよ」
レオンがセッティングする。
「これで日付を入れればいいんだね」
タブレットだが、カシャカシャと打鍵音がする。
「え~と、1582年の・・・」
興奮のあまり手が震えているメシヤ。
「メシヤくん!」
ミスタッチのメシヤを見て、慌てるレオン。10月10日と打ってしまったようだ。
本能寺の変は6月2日。ユリウス歴では6月21日である。
1582年に、本能寺の変は起こった。だが、この年の10月5日から14日までは、歴史上存在していない。ユリウス暦からグレゴリオ歴に改暦されたためである。
「う~ん・・・」
無。光の届かない、一切の闇。
「これは参ったぞ」
さすがに動揺を隠せないメシヤ。
破格の英雄・織田信長の没した年と、人類史の一大イベント・グレゴリオ歴への改暦が行われた年が同じなのは、偶然ではない。
世界史は、何百年に1度の割合で、魔界への門が開くのではないかとする仮説がある。言い換えれば、あの世を意識せざるを得ない、殺伐としたムードの生まれる周期が、存在するのである。
(大袈裟だよ。イベントなんて、細かい周期で見れば、頻繁に起こってるもんさ)
《メシヤくん・・・メシヤくん・・・!》
「レオンくん!」
天の助けか、レオンの声がこだました。
《メシヤくん。どうか落ち着いてください。あなたはいま、時空の狭間にいます。お辛いかと思いますが、脱出する方法はあります》
レオンが仏様に見えるメシヤ。
「良かった! で、僕はどうすれば?」
自然と声の大きくなるメシヤ。
《何もしなくて構いません。そのまま地上時間で5日間過ぎれば、メシヤくんは解放されます》
改暦に伴う空白期間を過ぎれば、ということのようだ。
「そっか~」
《ただ、これだけはご安心ください。いまのメシヤくんは空腹を感じることもなければ、眠くなることもありません。トイレに行きたくなることもないでしょう》
メシヤは施設にいたとき、檻の中に閉じ込められていたこともある。
(あの時に比べれば大したこと無いよな・・・)
「ありがとう! ちょっと考え事でもしながらゆっくり過ごすよ」
突然の休暇がやってきたと、悪いことを良いように変換するメシヤ。
《5日間の辛抱です。どうかご無事で》
そこで音声が途絶えた。
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
暗闇なのは変わらない。メシヤは目が慣れてきたのか、何も無いはずの空間に、微妙な違いを感じとるようになっていた。瞑想するには、格好のシチュエーションである。
「小僧・・・」
暗闇でもハッキリと分かる、白装束の男がメシヤの前にあらわれた。
「あれ、お迎えかな・・・」
「儂じゃ、信長と言えば分かるかのう」
メシヤは一気に目が覚めた。
「あ、あ、あ、」
驚きのあまり声にならない。
「情けないのう」
どうやら足はあるようだ。
「御館様!」
聞きたいことはいくらでもある。
「お前の考えておることくらい分かる」
イメージと違い、話の通じる信長であった。
「光秀のやつが謀反をおこしたとき、儂も終わりだと思ったものよ」
信長の右手に槍があらわれた。
「ところがな。火中に青く光る門のようなものが開かれてな」
信長はそこへ飛び込んだようである。
(もしかしたら、それが魔界の門だったのかも・・・)
「いまの儂の躰は仮のものじゃ。本体はちゃんと別の所におる」
霊体の信長は、筋骨隆々であった。
「それとな、小僧」
信長の影が、薄くなり始めた。
「この世はお主らが思っている以上に、あの世からの干渉がある。傍若無人な振る舞いをしておると、痛み目を見るぞ」