45・こんなはずじゃなかったのに
赤石達をつけて政庁までやって来た。
そのまま入ろうとする脳筋さんを止める。
「何だ?ヤツらが魔鉱石を何に使うか確かめずにどうする」
当たり前の様に言うけれど、ここは敵地。今は偵察。そんな堂々と入れば、いくらそこが裏門とはいえ騒動にしかならない。
「慎重な奴だ。どこか政庁内を窺える場所を探すか」
渋々そう言って止まってくれた。なんとか政庁への侵入を阻止することには成功したが、結局、政庁近くにあった閉店中の大店へと不法侵入する羽目になってしまった。
「ここなら政庁内も窺えるな」
音を立てないように裏口の鍵を破り侵入し、3階を目指す。
建物の中はしっかり片付けされており、山向こうの商人が居を構える店なんだろうと思われる。
まあ、脳筋さんはそんな事はお構いなしに3階へと上ってるけど。
3階の部屋の窓を少し開け、政庁を観察してみると、そこにはこの辺り特有の建物がいくつか並び、なぜか政庁敷地内に教会らしき建物を発見した。
「何だ?あれは」
なんだって、どう見ても小さな教会で、政庁の儀式か何かで使うんだろうと思った。
「二ホンにはそんな施設と風習があるそうだが、こちらにはそんな風習は無い。ましてや教会と距離を置くタンペイレンの政庁にあるのは不自然だ」
という脳筋さん。
「これは調べる必要があるな」
だから、これって偵察だよね?
「高鉢、曖昧な情報を持ち帰っても意味ないでしょ、ちゃんと調べて帰らないと」
と、楠まで乗り気である。
2人にとって偵察とはなんだろう。別に捜査やってる訳じゃ無いのに。
そんな僕の疑問には誰も答えてはくれず、2人とも侵入出来そうな箇所を探しに別の部屋へと向かった。少なくとも、一番侵入し易い場所は、人気が無い教会裏の気がするけれど。
しばらくすると2人が戻って来る。
「どうだ?」
そう聞く脳筋さんに楠は首を横に振る。
「やはり、この前が一番良いか。教会はとくに使われている様子もなさそうだから、潜伏場所にもちょうど良いだろう」
という事で、この建物前から教会裏へ侵入することになった。
偵察どこ行った?
まずは脳筋さんが壁を乗り越え、僕が楠を手助けして先に侵入させる。最後に周りを確認し、僕が侵入。ホント、何をやってるんだろうな。
侵入すると、目の前に先ほど見た教会があるのだが、
「手抜きもよい所だ。裏の壁には装飾ひとつ無い。これで教会を名乗られても困るだろう」
なんて脳筋さんが呟くが、確かに、単に板を貼っただけの壁しかない。ふと側面を覗くとそれらしい装飾が見えるが、正面側に見えるだけ。正面付近だけは教会だけど、あくまで教会を模しただけって印象を受けた。
「好都合な事に鍵のない扉があるぞ」
脳筋さんが押した板が音もなくスッと内へと開く。まるで隠し扉の様に。
そこへ入ると何もない部屋になっていた。隠し通路とか隠し部屋だったり?
部屋を見回すと明かりが漏れるスリットのような箇所を見つけ、覗いてみると、
「なんだ?あの落書きは」
脳筋さんが落書きと称する魔法陣を描いた床が見える。そして、その周りには何やら箱が複数置かれていた。
「これじゃあ梶と米原の棺に入れる分だけしかないじゃないか」
その時、正面の入口からそんな話し声と共にあの3人が入ってきた。そっか、あの箱は棺だったのか。
「仕方ないッスよ。氾濫のせいで魔鉱石の流通が途絶えてるんらしいんで。まさか、教会通じてドワーフから買い付けるなんて無理スッからね」
と言っているのは本多かな。
「でも、ホントこんなので精霊が死体から離れるのを防げるの?あの胡散臭いジジイ達に騙されてる気もするんだけど」
と、疑問を口にするのは近藤か。
そこでふと、棺を数えてみたら、赤石に着いていった人数より少ない。全員が全員、ここに安置されて居るわけではないって事かな。
「アイツらが出来るって言うんだからそうなんだろ。つか、何だ?お前、還りたくないのか?」
そう近藤に凄む赤石。
「還りたいよ。でも、なんかアイツら信用出来なくて」
そう、顔を伏せがちに答える近藤。
「信用?そんなもん初めっからねぇよ。取引だよ、取引。アイツらは俺たちを還したい、俺たちは還りたい。利害が一致しただけだ」
「そうそう、俺たちは還らなきゃいけないんだよ。ねぇ、赤石さん」
本多も同調するように言う。
しかし、梶がここに、正確には殺されているって事は、あの話を聞いているはずだ。それでも考えが変わらないって、何を吹き込まれたんだろう?
「ふん、そんな落書きで転送できる訳がないだろ。バカが」
脳筋さんが大きな声でそう言ったので、驚いて顔を見たら笑っていた。
「誰だ!ドコに隠れてる!」
まあ、普通に聞こえるよね。さて、気付かれる前に脱出しないと···って、ちょっと!!
脳筋さんから目を離したほんの一瞬、なんと、手を振り上げて風魔法を行使しようとしていた。
ハッと叫び声がしたあと、バキバキと壁が砕ける音が響いた。
「おいバカ共、そんな落書きで還れると本気で思っているのか?」
風魔法で開けた大穴から姿を晒す脳筋さんが、3人へ尋ねる。
「落書き?何だよ落書きって。そもそもお前は何だ!」
赤石が脳筋さんに叫ぶ声がする。
「お前らの足下にあるソレだ。浄水に、暖房、そっちは発光か。魔導具の魔法印を適当に並べただけの落書きだ。魔法陣などと呼べる代物ではない」
脳筋さんが威張った様にそう告げた。
「ハァ?何で解るんだよ、お前に」
と、本多も吠える。
「当たり前だろう。チンゼーから千年、還送魔法陣の研究をしているエルフだからだ」
まあ、研究してるのは別のエルフだろうけどね。
「······だから何だ。何なんだよ!!千年出来なかった事をこの国の連中が成功させたんだろ?苦し紛れにデタラメ言うな!!」
一瞬間があって、赤石が吠える。
「バカか?お前は足下の魔法印が読めるのか?自分で確かめてもしていない代物だ。よく信じられるな」
と、脳筋さんがさらに煽る。
「信じる信じないじゃねぇんだよ!俺は還るんだ、還らなきゃならねぇんだ!!」
赤石も還りたくて必死なんだろうな。
「そうか。で、魔力はどうするんだ?」
と、さらに畳み掛ける。
「あるだろ、ここに!コイツら使うんだよ。あと、残りの加護持ちもな!」
赤石はかなり必死な様だが、脳筋さん、明らかに解っているのにやってる。実は赤石も分かってるんじゃない?この施設が紛い物だって。
「はて?加護持ち以外にも死体が有るようだが?」
と、いや、もう止めよう。赤石のライフはもうゼロよ!
「ハァ?そんなの、加護持ちじゃなくとも、ザコやカスでも魔力の足しになるからに決まってんだろ!!お前も······」
もう、聞いてられなかった。ザコ?カス?ナオをザコやカスだって?バカにするな、カス野郎!
僕は怒りに任せて飛び出し、右手のリリーサーに仕込まれた風竜の牙を赤石の喉に突き立てた。
「ザコって何?カスって誰?何いってんの?黙れよ」
赤石はこちらを見たような気がしたけど、そこから動かなくなった。
「高鉢、もう聞こえてないよ。赤石は願った通りに還ったから」
楠の優しい声で気が付いた時には、喉を串刺しにされて首から下が血だらけの赤石が目に入った。隣を見ると、赤石を見つめる楠の姿があった。
こんなはずじゃなかったのに。
風竜の牙を収納すると、赤石の体は糸が切れた人形の様に倒れていった。




