44・あれ?これって偵察だよね?
赤石たちの襲撃に備える準備をという3人衆に対し、脳筋さんは早速違う事を言い出す。
「イカレ商人共が真っ当な返書など出すとは思えん。我々も別ルートから偵察に向かう」
と、自分勝手な事を言い、慌てて止める3人衆の制止を聞く訳もなく、さっさと僕と楠を伴ってその場を出ようとした。
「ちょっと待って」
僕はさっさと出て行こうとする脳筋さんを止める。
脳筋さんは僕が止めた事に不満顔を向けてくる。
「何だ?ここに留まって居ても何も分からないではないか」
確かにそうなんだけど、何処へ行くんだろう?
「イカレ商人の街を視に行く。視て何をやっているのかを確かめる。それだけだ」
どうやら本当に偵察らしい。ほら、偵察にも威力偵察といって、実際には戦闘を行う事もあるから。
「街中に潜入するの?」
後の懸念はそれかな。
「出来る様ならな。ワザワザこちらから騒ぎを起こしてやる必要もない」
脳筋さんにしては冷静でマトモな答えが返ってきた。ふと3人衆を見る。
「ヨンナ、本当に見て返って来るだけ。それ以上は認められない」
そう、念押しされる。
「解っている。心配するな。バカが動けば気持ちよくイカレ商人の街を破壊出来るんだ、そのくらいの分別はある」
いや、それを分別とは言わないんじゃない?それじゃ、為朝伝説の主人公だよ。
そんな不安を抱えながら、僕と楠は脳筋さんに連れられ街を出る。
「本当に偵察して帰るだけ?」
林に入ってようやく、楠が脳筋さんに今後の行動を尋ねる。
「アチラから攻撃されない限り、そのつもりだ」
それを聞いて、僕は安心した。
いつものように山の中を、道なき道を進み、偶に獣道を通ってタンペイレンへと進んだ。
タンペイレンはそもそもが山がちで特に目立つ産業もない。
ちょっとした盆地や扇状地に人々が暮らし、元はとても貧しい国だったらしい。
しかし、そんな所からひとりの行商人が人を雇い、周辺国の産物の荷運びを請け負う様になった。
組織だって荷運びを始め、暫くすると主要な交易はタンペイレンの商人が占める様になる。
それまで広域な流通網など確立されていなかったため、誰もその重要性や重大性に気付く事なく、ある時気付いてみれば、タンペイレン商人無しでは立ち行かなくなっていた。
「マトモな事をやっている商人ばかりなら良かったが、国にまで成長した今は、そうでもない」
基本的な経済圏はウーシマッド、スオメニ、タンペイレンで成り立つが、真聖国もあるし、大山脈の向こうにも人々は国を作っている。
「イカレ商人が山際に国を置いたのは、山向うの国々との交易を独占するためだ。エルフの郷やドワーフには関係ないが、教会にとっては迷惑だ。冒険者ギルドの品物すら、アイツらを通す必要があるからな」
どこか私怨も漂う言い方だけど、交易を独占しているなら怨まれ事のひとつやふたつ、あっても仕方ないのかな。
そんな事を思いながら進むうちに夜となり、夜営を行った。
今夜は山裾を伺う場所は無いので真っ暗だった。
翌日も道なき道を進み、視界が開けたところから盆地を眼下に望む。
「着いたぞ。あそこが奴らのアジトだ」
山賊野盗じゃないんだから、アジトではない。昨日の話によると、更に進めば大山脈の切れ間から山を越える街道が山向こうへと繋がっているという。つまり、ここは交易の一大拠点。
それを示すような大きな街が広がり、その街壁も高い。
「氾濫期を迎えて、今は山向こうとの交易は途絶えているが、終われば人出は何倍にも増える」
確かに、言われてみれば街の規模に比べて人出は少なく、戸を閉めきった建物も散見される。
本来なら、この国が一番召喚者を必要とするのだろうが、信長には潰され、日本軍の騒動でも一番の被害を受けたらしい。
そのため、召喚者は他国や他の召喚者が干渉してくるのを防ぐ防波堤と考えているとか。
「だから、赤石達に騙すようなことを言って暴走させるんだよ」
と、楠がこぼす。確かにそうかも知れない。
「見たところ、警備らしい警備もしていないな」
街を眺めて脳筋さんはそんな事を言う。
それから昼過ぎまで場所を転々としながら様子を伺っていると、使者が到着したのだろう。街門が騒がしくなる。
「ふむ。山向こうからの往来が無いから山側の門はガラ空きではないか」
確かに、ほぼ無人に等しくなっている。
「ヤツラが召喚者を納得させたナニカを探ってみるのも面白そうだ」
変なことはしないと言ってたはずだけど?
僕はジト目で脳筋さんを見る。
「ケンタ、偵察に来たんだ。有益な情報を持ち帰った方が良いだろう?」
予想通りの口実を口にする脳筋さん。
「そうね。単に使者への対応だけ眺めても、そんなの使者から報告上がるんだし」
楠まで何を言うんだ!
「決まりだな。行くぞ」
楠の賛同を受けて行動に移る脳筋さん。僕たちは薄い警備の隙を突いて街へと侵入し、裏道を縫って政庁を探した。
商人の国にある商都。その裏街となると、やはり犯罪者や貧困層で溢れていた。
しかし彼らも交易が止まって仕事が無いのだろう。僕たちに絡んで来る元気な者は居ない。
「ん?」
脳筋さんが何かに気付いた。
「おい、あれはバカ共ではないか?」
そう言った先を見ると、確かに赤石が居た。風魔法で盗み聞きしてみる。
「魔鉱石って、こんなの端金だろ」
そう文句を言っている。
「いやいや、最近は山向こうとの交易途絶えてるからよ。低品位でも高いんだよ」
相手がそう言って返す。
「はっ、舐められたもんだな。まあ、良いや。俺ら首席閣下の特務隊だぁ。密売品は没収。お前も処刑なw」
商人は反論する間もなく倒れた。
「ねぇ、誰かに見られてない?」
確か近藤だっけ。風魔法に気付いたらしい。
「どっちでも良いだろ。見たヤツが次の獲物だ。還る確実性を少しでも上げないとな」
赤石達は店前の魔鉱石を掻き集めるとその場を去って行った。
「シリアルキラーなんてマトモな殺人鬼じゃないね。単なるギャングだよ、アレ」
呆れたようにその様子を見ていた楠がそう言った。
「イカレ商人共と本性は変わらん訳だな。何の躊躇も要らんのは助かる」
ニヤリと嗤う脳筋さん。あの光景を利益と捉えるとか、流石にどうなんだろ?
そして、僕たちは赤石達の後を付け、政庁へと辿り着いた。
あれ?これって偵察だよね?




