閑話
豪奢な机に頬杖をついた男が唸る。
「どうしてこうなった······」
先ほど現れた召喚者達からトンデモナイ知らせを受けたからだ。
「どうされますか?」
控える人物にそう問われたが、返す言葉が見つからない。
男はどこで何を間違っていたのか記憶を紐解いてみるが、それらしい記憶を引き出す事が出来ずにいた。
「確かに、奴らを『還す』とは言いましたが、それがナゼ、加護持ちを生贄にすればすぐさま還るという話になるのやら、私にはサッパリわかりません」
控える人物もそう口にする。男も同意見であった。
確かに、還せるという話を召喚者達に行い、氾濫鎮圧の為に動かしていた。それは間違いない。
ある時、リーダー格の3人に問われた事も覚えている。
「あなた方が我々を還すと約束した、その方法が知りたいのだが、出来ればその施設や道具を見たい」
そう問われ、予め用意していた召喚施設を見学させ、疑念を払拭させる事にした。
施設が実際に動く訳では無い。教会の施設を模しているだけだ。
もちろん、そんな事実を正直に話すわけにはいかず、理論段階でしかない転移魔法陣の説明と必要魔力の解説を行った。いつ、どの程度の魔力量で起動し、実際に帰還が叶うか具体的な言質は与えていないはずである。
「起きてしまった事はもはや仕方がない。今後、どの様に連中を誘導するか。考えるべきはそこではないか?」
男は控える人物へとそう返答するに留めた。
しかし、事態は待ってくれなかった。
「自分の親友が来たので連れてきたンスが、彼にもアレを見せて理解してもらいたいけど、イイかな?」
3人が連れてきたのは加護持ちの少年であった。カジという火精霊の加護を持つ者らしい。
今回は瀕死で連れて来て魔力に使えとは言わなかったことに安堵した。
「分かった。今から行こうか」
男は困惑や安堵を顔には出さず、威厳を持ってそう返し、模倣施設へと向かう。
しかし、カジは他の召喚者とは違い、教会において鍛冶王やエルフから魔法陣の話を聞いていた。
「それが可能であれば、何故あなた方は商品の転送に使わないのですか?」
それは思いもしない質問であり、男はとっさに答える事が出来なかった。
「出来ないんですか?異世界へ人を還すより魔力消費も少なく、利益が出るはずですが」
そう畳み掛けてくるので、それがどういう事か理解する事が出来た。そして、考えをまとめる時間も。
「君の言いたいことは分かった。そう、この魔法陣が万能であるなら、教会本部や冒険者ギルドから直接商品を仕入れ、新鮮な薬草や食材も扱えるだろう」
男はそう、梶の指摘を反芻し、更に続けた。
「しかし、見ての通りだ。距離の問題ではなく、規模の問題がある。確かに、君たちを還す魔力に比べれば少ないが、扱える商品に対して魔力は過大になる。この施設では商売にはならないのだよ」
そう、その場の思いつきでそれらしい事を口に出来て男は内心で胸をなでおろした。座標だのといった躓きかねない話題には触れることはしない。
「では、この魔法陣はあくまで還送専用だと言うのですね?それではあなた方が還送るで得られる利益は何ですか?」
ふむ、痛いところを突いてくるものだと男は感心した。
しかし、そんな事は想定済みであった。3人はその疑問を問わなかったが、男はいつ訊かれても良い様に準備していた。
「直接の利益はない。だが、恥ずかしい話し、我々にとって召喚者の存在はあまり歓迎すべきではないのだ。知っての通り、チンゼーやサブローの事もあるし、バンザーの様な騒乱まで起きている」
それを聞いて、梶は顔を険しくし、男の説明を遮って問うてきた。
「それでは、僕たちがこの世界から消えたなら、何処ヘ飛ばそうと構わないと。こちらからは地球の事は判らなかったハズ。本当に帰還座標が正しいと?ただ厄介払いしたいだけにしか聞こえません」
男は迂闊であったと焦るがが顔には出さない。3人であれば、こう言っても通用したという自信があったが、それがやぶ蛇だと後悔していた。
「んなことはどうでも良いだろ。還すって言ってんだよ。お前は還りたくないのか?巧!」
男の窮地を救ったのは3人組の1人、加護持ちを親友と紹介した少年だった。
「今の説明で還れると思うか?それで、何時の何処ヘ還す座標になっていると?」
少年へと問いかけ、すかさず問われた男はしかし、慌てず、笑みを見せて答える。
「もちろん、召喚が行われた『その時』へ。君たちには何の不利益にもならないはずだ。我々も混乱や不利益から逃れられる。双方に得のある話かだと思うのだが?」
男はそう答え、焦りや不安を抑え込んで考えた。「この加護持ちは危険である」と。80年前のきっかけも同じ様な対立であったらしい。還りたい兵士と、帰還方法を疑問視する騎士級。そして、帰還を支持する別の騎士級との対立へと更に拡大し、混乱へと至ったと記録にある。
「ほら見ろ、お前は間違ってるんだ」
即座に男の話に飛びついた少年。
「ああ、本多の言う通りだ。心配するな、巧く話はしておくから、お前は俺たちを還す魔力になれ!」
リーダーの少年は加護持ちへと近付き、安心させるように肩へと手を置いたように見えた。しかし、いつの間にやら刃物が手から飛び出し、加護持ちの首へと刺さる。
「赤石、お前······」
首から大量の血を流しながら加護持ちはそれだけ言うと倒れてしまった。
「君たち······」
あまりにも堂々と、それも自然に行われた行為に、男も驚きを隠せなかった。
「これで加護持ちが2人、ザコでも魔力の足しになるよな?俺たちが帰還する安心安全の為に、余剰分も狩って、魔法陣起動の確実性を上げておくよ。それでお願いしますよ?首席閣下」
リーダーの少年は男へニタァと笑いかけながらそう言った。
下手なことを言えば加護持ちと同じ運命にあると察知した男は、ただ頷くだけで表情すら変えることが出来なかった。
心の中で思う。「こんな奴らを引き込むのではなかった」と。




