41・そこまで完全な私怨もどうかと思うけど
どうやら梶が飛び出していったらしい。今分かっているのはそれだけだった。
「タンペイレンまでは普通に行けば10日、加護持ちが全力で街道を駆けても2日は掛かるはずだ。少なくとも、今日明日って話にはならんだろう」
というドワーフ。
そんな手詰まりなところにメイドさんがやって来た。
「ウ―シマッドとタンペイレンの国境付近で両者が招いた召喚者たちによる小競り合いが起きたとの知らせが入っています。教会の使者が到着する以前の事だそうです」
これが偶然なのか、あの時聞いた白川たちのグループに居るという加護持ちを狙ってすでに動いているのかはよく分からない。
「狙われたのは加護持ちか?」
振り向くとどこか嬉しそうな脳筋さんがそこに居た。メイドさんは脳筋さんの問いに頷く。
「加護持ちって、マイ!」
柏木が焦ったように声を上げた。そう言えば、米原の事だっけ。そんな柏木の姿を見て笑い出す脳筋さん。みんな、脳筋さんに視線を向ける。
「ハッハッハ!!イカレ商人どもが動き出したか。とうとうあいつらを潰す大義が整ったらしいな。さて、アイツらの館を潰しに行こうか」
などと、いきなり意味不明な供述を始めてしまった。誰もついて行けない。
「何だ?バカ共がイカレ商人に煽られて生贄を襲っているのだろう?さっさと行かんと犠牲を増やすだけになるぞ?」
と、全く僕らの疑問など意に返さず言って来る。それにまず答えたのはドワーフだった。
「それは長耳の私怨じゃねぇか」
呆れた顔でそう言い放つが、脳筋さんは当然とばかりに返す。
「それがどうした。イカレ商人どもが召喚者をけしかけた結果、風精霊の加護を持つ者が現れず、エルフの次代が少なくなったのだ。おかげで私の世代で加護を受けたのが私だけ、おかげで300越えのジジイしか婚姻相手が居ないという不始末になっていた。あの連中を潰さなければ気が済まん」
いや、そこまで完全な私怨もどうかと思うけど。
「そんな理由で20年に渡って弓使いを潰してきたのか!このバカが!!当時は20そこらで事情も知らんガキンチョだっただろうか!!!」
ドワーフが怒っているが、脳筋さんは平然としている。あれ?って事は、脳筋さんって今、100超えてんだ。人間で言うと何歳だ?
「そんなことは今は置いておきましょう。それよりも、弓精ヨンナの言う通り、大義はこちらにあります。召喚者たちの掩護、或いは救出に出向くことは必要ではないですか?」
メイドさんが脳筋さんとドワーフの口論をバッサリ断ち切って話を前へと進める。
「そう!マイたちを助けに行かないと!」
柏木が声を上げる。
「ここに居ても襲われるなら、先に倒しに行っても問題ない」
シレッと打倒を宣言する楠。
「決まりだな。で、行くのは誰だ?」
と、素早く立ち直った脳筋さんが僕たちに聞いてくる。どうやら残留組の戦闘能力はそこまで高くないらしく、ドワーフが彼らを押しとどめる。
「生産職のお前らはここに居ろ。加護持ちと斥候だけで十分だ。ヘイノ、フレヤ。お前たちもここの備えに残れよ」
ドワーフが仕切ってそう指示を出し、脳筋さんもそれに満足したように僕達へと促す。
「そういう事だ。お前ら、イカレ商人を潰しに行くぞ」
そう言って後ろも見ずに歩き出し、僕達が追い付いたころにはエルフ3人衆も呼びよせていた。
いつもの事だけど、エルフは街道を往く様な事はしない。どうしても自然の中へと歩を進め、今回も近道だと言って山へと分け入って行く。
ただ、今回は戦闘職ではない柏木を連れて行くので彼女の手助けをしながら進むため、ベヒモス討伐ルートの様な険しい道は通れない。まあ、あんな道を普通に通る方がどうかしてるんだけど。
どうやらその道は国境沿いをまっすぐ突っ切るルートであったらしく、夜には山の上から街の灯りが遠望できた。
「あれがカンタ・ハメの街だ」
という、それがどこなのかよく分からない解説をする脳筋さん。
「カンタ・ハメはウーシマッドとタンペイレンの国境近くにあるウ―シマッド側の街だよ。右に見える灯りがタンペイレン側のハゲっていう街」
と、3人衆が補足説明してくれた。どうやら本当に近道だったらしい。あの何日もかけた苦行は何?そんな話を3人衆にすると、どうやら、山奥を迂回していったのだろうという。人が分け入る程度の場所を通れば、こうして1日程度で国境付近まで来ることが出来る。
そんな山中で夜を明かし、朝、眼下を見下ろすと、ポツンポツンと街なのか砦なのか、いくつかの人工物らしき集合体が遠望できた。ここも現代日本のように平野一帯が市街地というほどの人口密度ではないらしい。
2日目は山を下り、カンタ・ハメの街へと向かった。街はどうやら砦も兼ねているらしく、近くで見ると街の中心にお城らしきものが見て取れる。遠くからだとお城か教会かはよく分からなかっただけに、この世界の建物って地球とは少し違う。
街へと近づくと物々しい警備が見て取れる。警戒する兵士たちが間近に迫った頃には臨戦態勢だった。
「止まれ!この街に何の用だ」
部隊長だろうか。大きな声でこちらへと誰何してくる。
「街に用はない。召喚者たちはどこだ」
と、真っ先に声を上げたのは脳筋さんだったが、その問いで明らかに向こうは戦う体勢である。
「待て、我々は教会本部よりやって来た。この周辺で召喚者同士の衝突があったというのでその調査が目的だ」
3人衆の1人が自分の耳が見えるようにフードを取り、エルフである事を示してそう叫んだ。やっぱり脳筋さんでは交渉事は上手く進まないらしい。
少し間があってのち、同じ行動をとったエルフ3人衆と脳筋さんを確認した部隊長がこちらへとやって来た。
「エルフと召喚者で間違いな……、もしかして弓精ヨンナ殿では……」
部隊長さんは精霊の加護持ちであることを見分けることが出来るらしい。ぱっと見、4人とも眉目秀麗なエルフという以外に変わりはないのだけど、分かる人には分かるんだろう。
「だから何だ?」
やはり高圧的な脳筋さん。しかし、本人だと理解した部隊長はそれ以上問うことなく、
「連絡してくるので、しばらく門前でお待ちを」
と言って街へと駆け込んでいく。
それからしばらくして出てきたのは、部隊長でも街の騎士や役人でもなく、白川だった。




