4・惚れてしまいそうな虎さん
宿舎の前には虎が居た。
虎と言っても二足歩行だし服も着ている。
それを見たとたん、エルフは立ち止まって「あとはアイツに聞け」と言ってスタスタと去ってしまうではないか・・・・・・
「勇者様ですね?どうぞこちらへ」
その風貌に物凄く似合うシブい声でそう言う虎。その虎に付き従って建物へと入ると、そこはホールになっている。
「ここは今後活動する事になります冒険者ギルドを模した作りになっております。受付などはありませんが、あちらの宿泊室や喫食スペースは街のギルドとほぼ同じ作りです」
と、いきなりそんな事を言って来る。えっと、何?冒険者?
「おや、説明を受けておられませんか?各分野ごとに今後の方針やどの様なレベルまで達すれば実際に街へ出るかなどを説明されている筈ですが」
というシブい虎さん。しかし、あの脳筋エルフからは一言もそんな説明は無かった。
「そうですか。概要としては先ほどの説明の通りです。あとは貴方と指導者の話しですので私から言える事はありませんが、今日のところは休息した方が良いでしょう」
そう言ってホールに居るメイドへと声を掛け、案内を引き継いでもらった。そのメイドはほぼ人間だが、猫耳と尻尾がある獣人だ。猫獣人は猫の特性なのだろうか、美形。
「まだ誰もおいでになっていませんのでお好きな部屋をお選びください」
と、ニャンコな声で言われたので、二階の最奥の部屋を選ぶ。
部屋はどうやらオートロック。生態認証もどきの魔法認証らしい事を説明された。部屋の中にはベッドと机、それから棚があるだけの簡素なもので、冒険者ギルドの宿泊施設としては標準的らしい。
「風呂とかシャワーとかは無いんですか?」
そう聞くと、キョトンとされた。
「確かに貴族や豪商のお屋敷にはあるそうですが、一般的には生活魔法で済ませます。風魔法や治癒魔法使いの方であれば【クリーン】の魔法が使えますので、そう言う人に依頼するんです。ちなみに貴方は何か魔法はお使いに?」
と聞かれたので、風精霊の加護を付与されたことを伝えると驚かれてしまった。
「それは凄いです。まさか、召喚の儀からわずかな時で早くも!でしたら、風をイメージして・・・・・・」
脳筋エルフと違い、ちゃんとクリーンの魔法について教えてもらい、それを自分に掛けてみる。ちょっと強すぎるかな?荒いゴツゴツしたスポンジで体をこすった感じがした。
「少しずつ微調整してください。すぐに感覚は掴めると思いますよ」
と言われ、手だけに限定してもう一度やってみる。うん、このくらいかな?
さすがに召喚され、スキル別に分かれてまだ1時間程度しか経過していないため、誰もここに現れる気配はない。本来のギルドは有料らしいが、ここは無料で飲食が出来るというので、飲み物を注文し、受け取った。
「おい、弓使いの召喚者はもうこっちに居るか?」
そんなドワーフの声が玄関から聞こえる。虎執事のシブい声も。
「奴の鎧の採寸に来た。取り次いでくれ」
という声を聞いて、僕はホールへと出て行った。
「おお、居やがったか。鎧の採寸だ」
そう言ってドスドス近づいて来るドワーフ。ササッと採寸を終え、一言
「風竜の素材で作る弓だ。その衣装で扱うのは危ない。伝説の勇者の鎧をベースにお前に合う鎧を作ってやる。あの弓の機構は中々に作りがいがあるからな。興が乗ったオマケだ。明日はあの耳長を跪かせて踏みつけてやろうぜ」
と、最後はニカっと笑って去っていく。相当に仲が悪いな。
ドワーフが去り、のんびりとノンアルビールっぽい飲み物を飲み終えても誰も現れないので、自主練しようと思い立った。
「ちょっと射場へ行って練習してきます」
メイドと執事にそう告げて宿舎を出る。敷地が広い上に、様々な建物が建っている。どこかでクラスのみんなが練習しているはずだが何も聞こえないのは不思議だ。防音の魔法や結界でもあるのだろうか?
射場につくと、まだあの振り子、それも奥の振り子が動いていた。手前は切刻んだので役に立たないので、「まだ早い」と言われた奥の振り子を狙う。手前の振り子が邪魔をするので狙い難く、とても当てにくそうだが、風精霊の加護を使えば見た目ほど難しくもなさそうだ。
矢生成で征矢を生成する。貫通力に優れた矢じりなので振り子を貫通してほしい所だ。
カーン
ものすごく甲高い音がした。振り子を貫通したらしい。部活ではモブ部員だったのでそこまで真剣に練習に打ち込んだことが無いのに、気が着くと手前の振り子は脚を残して崩れ落ち、奥の振り子も穴だらけだ。
「ってか、あれ?歩けない??」
気が付いたら歩けそうにない。あれ?なぜ?なんとか手は動くが弓が重くて取り落としそうだ。
「おや、やはり魔力を使い過ぎたようですね」
そんなシブい声が聞こえて来た。虎さんが様子を見に来たらしい。
「すいません。動けそうにないんです」
そう言うと、何やら手に持っている瓶を僕に手渡してくる。
「これは魔力ポーションです。まだ初日ですので限界も分からず魔法を使っていると思い、お持ちしました」
その瓶を開け飲んでみると、とんでもなく不味かった。
「マズい!もう嫌!」
そう言って瓶を虎さんに返す。
「そうですな。出来ればコレのお世話にならないようにコントロールする術を身に着けてください」
虎さんはそう、ニコリとシブく微笑むと、「さあ、帰りましょう」とエスコートしてくれる。本当にとんでもないイケオジである。外面だけの脳筋エルフとは違う。僕は男だけど惚れてしまいそうだ。