18・ちょっとした選択の違いでこうも変わるもんなんだな
翌日、武士に教えてもらった猟場へとやって来た。
どうやらあの陣屋は猟の拠点としても機能しているらしく、武士だけでなく猟師たちも居た。
今回はオークやミノタウロスを狙うため、神聖国領内での狩りとなる訳だが、そもそも、神聖国も便宜上、領土として主張しているだけで、スオメニ王国の冒険者たちが狩りに入る分には何も言わないらしい。そもそも、教会を母体とする冒険者への規制が強い教会が居を構える三国で、信長を神と祀る神聖国の方が冒険者に寛容というのは首を捻りたくなる。
「そういうものなんだよ。神聖国だと狩人でも優秀なら武士に成れるらしいけど、王国だと冒険者が騎士や貴族になるのは氾濫討伐の時でもなければあり得ない話だから」
と、スーケが教えてくれた。きっと戦国時代風な考え方が神聖国では生きているのかもしれない。
「それに、シルッカよりこっちは本来はあの集落の辺りから魔の領域って事で随分長い間、誰の領地でもなかったんだけど、最近王国が領地だって言い出したから、神聖国もこうやって境界の主張してるけど、みんなの猟場だったからね。その事を分かってるんだ」
中州を巡る争いと言い、本当に欲深いのは為朝や信長に無法をとがめられて鎮圧された今の三国っぽいよな。
「さて、おしゃべりはお仕舞にしてそろそろ狩りを始めようよ」
と、バルナが声を掛けて来た。どうやら千葉と大池は既に獲物探しを始めているらしく、集団から離れていくところだった。
「タカハチの凄さは分かった。オークかミノタウロスを狩ろうと思うけど、できれば私たちが主体になって狩りたい」
というバルナの提案に同意する。なにせ僕の弓は狩りを行うには強力過ぎる。討伐向きな事はオーガの件でよく分かった。
「じゃあさ、剣でやれば?」
と言ったのは楠だった。一応、剣の基礎はやったのだけど、イマイチ使い方は様になっていない。
「だから、やるの。この間のゴブリンの時みたいなのは困るから」
というので、弓は装着状態のまま、リリーサーを握って『風竜の息吹』を出現させると、獣人二人組が驚いていた。
そんな訳で、僕も楠に連れられて前へと進んで行く。もちろん、風を見れば獲物の有無は分かるから特に問題は無い。
千葉と大池はそれぞれ斥候のスキルを会得したらしく、それを本格的に発動しているらしい。もちろん、千葉は親から狩猟の技も学んでいるからこういう場合は特に頼りになりそうだ。
しばらく森と草原の境界付近で獲物の痕跡を探してウロウロ。僕は周りをキョロキョロ。
『居たぞ。牛顔のデカい奴』
と、大池から遠話が飛んできたので、後ろの獣人2人へと伝える。
「大池がミノタウロスを見つけた」
すると2人は弓を構えてソレが見える場所まで向かうらしい。その動きに僕らも合わせてさらに前進する。
ファンタジーのミノタウロスと言えば人間よりデカイ巨人のような魔物であったはずだが、この世界ではどうなんだろう?
そう思いながら、風の揺らぎで見つけたソイツの姿を見ようとさらに歩を進めていくと、大池と千葉が見えて来た。2人は僕が近付いたことに驚いているが、すぐ後から獣人2人が弓を構えて歩いてくるのを見て理解したらしい。そして、獣人2人へと合図を送る。
その方向を見ると、確かに居た。けど
「なんか違う。あれじゃあ、人化獣じゃない?」
確かにデカくて牛なのは牛なんだが、虎さん同様に見えて仕方がない。
「人化獣と魔獣の違いは人の思考や社会性を受け入れているかどうか。野生のまま生活している者は人化獣形態でも魔物なんだよ。オークとかミノタウロス、オーガみたいに」
と、敢えてそこにゴブリンは含んでいない。そうえば、ゴブリンは妖精族に分類されるんだっけ?
などと考えていると、単独行動をしているミノタウロスへと2人が接近して行く。普通の弓だから威力もそこまでは無いんだろう。
ゆっくり警戒しながら草を食むミノタウロスへと近づいて行く。
そして、程よく近づいたところで、相手も気配を感じたらしいが、どこに居るかは分からないらしい。僕らもそっと草の陰へと隠れてやり過ごす。
「ンモォ~!」
悲鳴のようにそんな牛らしい鳴き声がしたので覗いてみると、矢が刺さった二足歩行の牛がこちらへと走って来ていた。
「なんでぇ!」
ついつい叫んでしまう。だって、予想外の事だったから。
「高鉢!構えて!」
と、冷静な楠が戦闘態勢に入り、静に着いてきている栗原が盾を前に掲げる。
そんな事はお構いなしに突っ込んでくる牛。
「シールド!」
栗原がそう叫ぶと土壁が立ち上がって牛の突進を防いだ。
「うわ、ミノタウロスだと防ぎきれないかぁ」
という声と共に壁が崩れて牛が姿を現した。
「ほら、行くよ!」
そう言って飛び出していく楠の後を追って僕も牛へと迫った。
「ウォータジェット!」
突き進みながら楠がそう叫び、薙刀で牛を突く。え?突く?
一瞬、僕はその行動に疑問を覚えたが、深々と刺さる薙刀を見て、そんな事も出来るのかと納得した。
「ほら!トドメ!!」
という楠の声で我に返り、ほぼ死んでいそうな牛の首へと風竜の牙を斬りつける。
「あれ?」
それは不格好な切り上げになってしまったのだが、ほとんど抵抗なく剣は首を半ばまで斬り、血が大量に流れだしている。
もはや藻掻いてすらいない牛は楠が薙刀を引き抜くと力なく倒れてしまった。
「手も足も蹄なんだ。これじゃあ、道具なんか持てないな。虎さんはちゃんと人間の手に近かったのに」
と、牛の姿を見て僕は呟いた。
それを聞いていたスーケが説明してくれた。
「人化獣との大きな違いは、これね。人の生活を送るために人化獣は人に近い指を手に入れている。だから、道具を手に持って扱う事が出来る」
と、ほぼほぼ人間のスーケが手を見せて来た。ああ、たしかに、狐獣人だから、わずかに肉球っぽい痕跡が指にあるや。
解体しながら、さらに魔獣としてもミノタウロスは草食なのに対し、人化獣である牛人は肉も食べる雑食であることも教えてもらった。
ちょっとした選択の違いでこうも変わるもんなんだな。




