16・さすがにそれは想定外だった
彼らの誘いに乗って陣屋へと案内された。
到着した頃には日も傾いて帰れる見込みはない。
「陣屋って言うからお城かと思ってたけど」
と、楠がボソッと呟いた。
「ハッハッハ、こんなところに目立つ城など建てられんよ。狩人の集落に似せた物にせんと、奴らがせっかくの猟場に砦を築きかねん」
と、笑いながら言う。
そして、誘われるままに大き目の建物へと入り、くつろぐ事になった。
「話が長くなる。食いながらにしようか」
と、建物に居た人達へと指示を出して食事が用意されていく。
その間に僕らはクリーンで体をキレイにした。
「さて、他では何と聞いている?」
と言う武士達の質問に対して教会で見聞きした話をしていく。
「まだ教会での話はマシ、か」
と、武士はため息をついて、神聖国に伝わる為朝伝説や信長伝説の話を聞かせてもらった。
それによると、為朝が召喚された頃には氾濫も相まって地域は混乱の極みだったらしく、氾濫鎮圧後に周辺地域の平定も行い、為朝に付き従う人々と鎮定と称する国を建てたらしい。
もちろん、それから何百年もすれば国は乱れて分裂も起きる。
「今のウーシマドッは、精霊公により鎮定された国のひとつだった。聖君が召喚された後、氾濫で乱れたどさくさに国を奪った連中よ」
との話だ。
当然の様に氾濫討伐後には信長も混乱する地域の鎮定に乗り出し、今の神聖国だけでなくスオメニ王国やタンペイレンも領土にしていたらしい。
「スオメニは我らが聖君を仰ぎ、教会を蔑ろにしていると国を割った戯け者ぞ。今や教会の力を削ごうとするのはスオメニのクセにな」
と、辛辣な評価を下す。
「そして、80余年前の氾濫では200余人の召喚者が現れた」
陸軍部隊がポンとひとつ現れたらしい。
「訳の分からん地に召喚されて混乱する者多数であったというが、氾濫までに2年近い時があったのは幸いだった。我らの先祖と同じ血を引く者とあって協力を惜しまなんだし、召喚者も我らの存在で落ち着いた」
やっぱり多少姿形が変わってるにしても、日本風な姿や文化に触れたら安心感あるからね。
今、前に並べられている味噌汁らしき物体に安心感を感じるし。
「しかし、我らの協力を好まん連中も多かった。お前たちの様に分断され、それぞれの国が召喚者を育てる事になる。そこからオカシクなった」
と、武士は語りだす。
細分化していくつかの王家や貴族家預かりとなった召喚者達は氾濫討伐に向けてある者は加護を受け、ある者は魔法に熟達した。
そうして技量を増して氾濫討伐に臨んだのだが、その頃すでに相互に警戒するような様子があり、氾濫討伐においても協力することは少なかったという。
「よりおかしくなったのはその後だった。氾濫を鎮め、生き残った召喚者たちは各貴族家や王族に付き従い対立を始めた。そんな騒動に参加しなかったのは我らと共にあった者共だけであった」
という。
全滅が起きたのはそれから少し後の小規模な氾濫討伐においてだったという。
「連中は魔物を討伐しておるのか別の貴族に属する召喚者と戦っておるのか分からん混乱を呈しておったそうだ。終わって見れば、魔物どころか召喚者同士で争い、皆が倒れるまで続いたという」
そんな、驚きの話を聞かされた。
「それで、神聖国に居た召喚者はどうしたんですか?」
当然の疑問である。
「はじめは同じ召喚されし者の調停に乗り出したが、全く効く耳を持たずに攻撃されたそうだ。そこの者は召喚者の孫にあたるが、我ら一同、寝物語に聞かされたものだ。『召喚者が現れれば大事にせよ。決して争わせてはならん』とな。我らも我が身と我らと共にいる召喚者を守る事で精一杯だった」
しかし、今回の召喚においても以前と同じ事がすでに起きている。だからと言って、今から他の国の召喚者たちを奪いに行くわけにもいかない。
「氾濫まで半年というのでは、もはや手のつけようが無いな。教会の力を削ぎに削ぎ落した結果、強力な召喚者を統べる力を持つ者すら居らん。我らは三国の嫌われ者故動くに動けんしのう」
そんな、長々と前回召喚の話を聞いたわけだが、では、なぜそうまで召喚者同士で争う事になったのだろうか?
「なぜ、相争ったか。か?それこそ、そちらの者が聞いて来た理由そのものだな。『還る術』よ」
軍人たちが争った理由は、帰る方法を提示されたからであったという。
「還る術などありはせん。精霊公も聖君も自害の直前だったという。先の200余人も船を襲われておるところであったらしい。船戦で劣勢というのがどういう事かは、分かるであろう?」
と聞いてくる。たぶん、陸軍軍人だから海戦というより一方的に襲われたのだろう。
「陸軍はどこへ向かっていたのですか?」
と、大池が聞いた。
「召喚者らはヒト―という所へ赴くところであったらしい」
それを聞いて大池は何やら分かったらしい。
「そうですか。比島へ向かう輸送船団はいくつか攻撃を受けて沈んでいます。召喚された兵士たちはその沈みゆく船の乗り組みであったと」
「沈みゆく船。きっとそうであろうな。して、その方らは?」
と聞かれたのだが、全く心当たりがない。戦争が起きた訳でも無いし・・・・・・
「もしそうなら、思い当たる事は事故・・・・・・」
と言ったのは千葉だった。
でも、事故なんて何が?
「学校の西にある工場だよ。授業始まった頃、みんな気分悪かったり、妙に楽しかったりしなかったか?」
と、聞かれた。そう言えば、ちょっと気分が悪かったかも?
「うん、なんだか楽しい予感があったね」
という栗原。それに同意するモブ女子。
「あの時、工場の方から何か流れて来てたんだ。ちょっと薬品ぽいニオイがしてた」
それには気が付かなかったな。
「じゃあ、中毒?」
と聞く楠。大池は
「爆発か?」
と、感想は分かれている。
「どっちか分かりようがないけど、どちらにしても、あのまま召喚が無ければ何人かは死んでいたはずだ。あの距離だから、大爆発ならガラスが吹き飛んで来るし、工場の瓦礫や破片が飛び込んできたかもしれない。それか、古文のオー先が青い顔して出て行ったのは中毒だったかもしれない。職員室のある下の階が酷かったんだろうな」
もしそれが事実なら、僕らは死の淵に居たから召喚されたことになる。そう気づいて武士を見た。
「どうやら、気付いたらしいな。帰れん運命なのだよ、召喚者とは。それが故、召喚は常に成功するとは限らんのだろう。幾度か失敗しておるらしい」
さすがにそれは想定外だったな。




