#86 来客と退院
「お姉ちゃーん!」
お昼頃、ゴロゴロしていると一人の少女が病室に入ってきた。
「結衣?どうやって来たの〜!」
そう、部屋に入ってきたのは愛しい愛娘の結衣だった。
今日はいつもより暖かいからかゆったりとしたワンピースを着て大きめの帽子をかぶっていた。なんか少しお姉さんになったみたいに見える。
「えへへ〜来ちゃった!」
「結衣〜ちゃんと良い子にしてた〜?」
「うん!」
そうか、それは良かった。
すっかり俺は過保護になっちゃったな。半年も前からしたら考えられないよなぁ。
「お姉ちゃん手術成功したの?」
「ふふっ結衣は目の前にあるこれが見えないのかな?」
俺はそう言うと自分の胸を反らせる。
結衣は体を反らせた俺を見て目をまんまるにしていた。そしてすぐに太陽な笑顔が見えた。
「良かった!!お姉ちゃんが本当の“お姉ちゃん”になってる!」
「ふふ……そういえばどうやって来たの?」
俺はベッドに入り込んできた結衣の頭を撫でながら気になっていたことを聞いた。
だって姉ちゃんの家からこの病院まではかなりの距離がある。だからたぶん姉ちゃんに送ってきてもらったんだろうけど……そうなるといつまで経っても姉ちゃんとか未空ちゃんが来ないのが不思議だ。
「未空お姉ちゃん達と来たよ!」
「未空ちゃん達はどうしたの?」
「………」
「結衣?」
なんか嫌な予感が………
「置いてきちゃった☆」
「えぇーー!?」
と結衣のまさかの発言に驚いたところでまた病室に来客が現れた。
「あー!結衣ちゃんやっと見つけた!勝手に走って行っちゃダメでしょ〜」
「葵〜生きてるか〜?」
未空ちゃんと姉ちゃんが病室に入ってきた。
姉ちゃん……生きてるかって聞くのはどうかと思うぞ。
「葵お兄ちゃん………どこか変わった?」
「へっ?」
未空ちゃんは俺の体を見てもどこが変わったのか全くわかっていなかった。自分でもあまり変わってないって思ってたけど………そんなにも変わってないのか?ちょっとショック。
「ぶっ!………未空、結構変わってるでしょ〜顔が丸みを帯びてるし、それに……」
「あっ!おっぱい出来てる!」
「やっと気づいてくれた〜」
そう言うと未空ちゃんがこっちに近づいてきて
「ひゃぁ!ちょっいきなり何するの!?」
近づいてきた未空ちゃんはいきなり俺の胸を触り始めた。
え、何?女の子って普通にこんな事するの?
「うぅ〜私よりある!」
「こら未空〜痛いんだからおっぱいは繊細なところなんだからそんな雑に触らないの!」
そう言うと姉ちゃんは未空ちゃんを俺から引き剥がした。
ね、姉ちゃんが俺のことを気遣っている……だと。さてはお前偽物だな!だって前までの姉ちゃんだったら「あら〜そうなの?じゃあ私も触ってみようかしら!」とか絶対に言ってくるもん。
「葵、調子はどう?」
「良い感じだよ。この調子でいけば明日には退院できるって」
「あら、そうなの?じゃあ退院したらうちに来たら?手術が成功したらお祝いにちょっとしたパーティをしようって話になったんだけど」
「お〜良いね。それじゃあ明日姉ちゃんの家行くね」
いや〜嬉しいなぁ。結衣だけでなくて姉ちゃん達からも心配されるなんてな。
「ほらっ未空に結衣ちゃんも行くよ」
「「はーい!」」
「お姉ちゃんお大事にね!」
「結衣も元気にね」
そう言って三人は病室を出て行った。
早く明日にならないかなぁ!
「ご家族の方ですか?」
結衣達を見送ってベッドに戻ると向かい側にいた若い女性の人が話しかけてきた。
ちょっとうるさかったかな?
「はい、最初に来たのが娘で後から来たのは姉とその子供です。すみません、騒がしかったですよね」
「いえいえ、子供なんてあのくらい元気な方が良いじゃないですか。それに小さな子は一日お母さんに会えないだけで結構辛いはずですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ、なので明日退院したらぜひ一緒にいてあげた方が良いですよ!」
「わかりました、そうします。ところであなたの名前は……」
ずっと普通に会話をしてたけど……名前わからないんだよね。昨日も特に喋らなかったし。
「そういえば私は自己紹介してませんでしたね。私は神楽坂奏って言います」
神楽坂……珍しい苗字だな。あんまり聞いたことがない。
「じゃあ……奏さんって呼んでも良いですか?」
「はい!」
ふふっ色んなところで友好関係が広がる。
やっぱり知らない人と仲良くなれるとすごく嬉しいな。
「そう言えば………奏さんはどうして入院してるんですか?」
俺は気になった事を聞いてみた。
すると奏さんの顔が急に曇ってしまった。なんか‥……聞いちゃいけない事を聞いてしまったような。
「あ〜言いづらかったら言わなくても大丈夫ですよ?」
「いえ……そろそろ向き合わなきゃいけないんです。私が入院した理由は……」
奏さんはそう言うと入院する事になった経緯を話し始めた。
◆◆◆
私は四人家族で両親と二つ下の妹がいて、実家で暮らしていたんです。私は中学校で教員をしていました。妹は家電を開発する大手の企業に就職しました。妹は何かを作ることが大好きで小さな頃から様々な工作をしてました。それはもう傑作ばかりでした。
けど………2年前の夏、妹は交通事故に遭って僅か25年という短い人生でこの世を去りました。相手の車と交差点で衝突してしまったのです。事故の原因は相手の居眠りでの信号無視でした。ですが、妹にも非がありました。妹は日々の残業で疲れが溜まっていて意識が朦朧としてたんだと思います。黄色信号になってたのにも関わらず一切減速をしなかったそうです。
そして、きっとそれを聞いた時私は精神的に不安定になったんでしょう。その日から一切学校にも行けなくなり車を見ると吐き気と動悸、頭痛が起こるようになりました。もちろん教員の仕事は休職をしました。そして親に心配されて今に至ります。
◆◆◆
奏さんがそう言い終えると近くにあったペットボトルのお茶を飲み始めた。
俺はまだ家族の誰かを失ったことは無い。けどきっと俺も家族の誰かを失ったとしたらこうなるんだろうな。大切な人との“永遠の別れ”は自分が思っているよりも重くのしかかる。きっと奏さんはそれに耐えられなかった。いや、耐えられるわけが無い。だってこの世界での唯一無二の家族だったんだから。
「すみません、重い空気になってしましましたね」
「いえ、話してくれてありがとうございます」
「実は、さっきいた葵さんの娘さんが小さい頃の妹に凄く似ていたんです。学校から帰ってくるとすぐに私のところに寄ってきて……」
「可愛い妹さんだったんですね」
「………はい」
そう言うと奏さんは涙を流し始めてしまった。
俺はそっと近づいてティッシュを渡して背中を摩った。
◆
「落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございます。どこかスッキリしたような気がします」
そう言った奏さんの顔には暗く薄暗い空の間から久しぶりに太陽の光が見えた様な良い笑顔に見えた。
そこからは色々な世間話をしながら楽しく過ごした。
◇
そしてついに次の日になった。
朝ごはんを食べ終わると昨日と同じように診察室で健康状態をチェックして特に異常も見られなかったからそのまま退院する事になった。看護師さんが俺が診察を受けている間に荷物をまとめててくれて非常に助かった。
「お世話になりました」
「はい、何かあったらすぐにいらして下さいね」
俺は担当してくれたお医者様と看護師さんにお礼を言って診察室を出て病室に戻った。
そして一緒の部屋になった上園兄妹と奏さんに別れの挨拶をした。その時に奏さんとLIN●を交換していつでも連絡できるようにした。上園兄からは「大人になったら葵さんのような立派なイラストレーターになります!」と宣言された。もちろんそれには頑張ってねと答えた。
さてと、退院もできたし結衣の待っている姉ちゃんの家に向かうか!
最後まで読んで頂きありがとうございます。
いいね、ブックマークをしてくれると嬉しいです。コメントなどもお願いします!




