#109 弱い自分との決別
「結衣、やっぱり…………やめる?」
「………」
私は隣で俯いている結衣に話しかける。今日の結衣はいつもよりも元気がなく朝からテンションが低い。こうなっている理由は…………
◆ ◆ ◆
「お、お姉ちゃん………」
「うん?どうしたの」
夜ご飯を作るためのお買い物をしていると珍しく付いてきた結衣が喋りかけてきた。けど、その声はいつものような明るい声じゃなくて、どこか迷っているような声色で顔もいつもの笑顔じゃなくて真剣な顔だった。
「あのね、お願いがあるの………」
「珍しいね、なんでも言ってごらん。できる範囲だったらお姉ちゃんはいくらでも協力するよ」
結衣はいつもは【お願い】をしてこない。結衣はいつも受け身の体制で自分から動いたり【お願い】したりとかのリスクのある行動はしてこなかった。なのに、そんな結衣が自分から動こうとするなんて…………きっと何か大きな決意を決めたのかな。
「今度の土曜日…………連れてってほしい所あるの」
「そうなの?良いよ。お姉ちゃんは結衣の味方だから結衣の行きたいどんな所にも連れて行ってあげる♪」
そう言うと結衣の顔は真剣な顔からいつもの可愛い顔に戻った。
そして家に帰って一緒に夜ご飯のカレーを作っている間に土曜日の話をした。
「そういえば、土曜日はどこ行きたいの?」
どこに行きたいか聞いた瞬間じゃがいもの皮を剥いていた結衣の手が止まった。そしてゆっくりとポツリ、ポツリと言葉を紡いだ。
「………えっと…………のお墓…………に行きたい」
「お墓?こんな時期に?まあいいけど…………どうして?」
素直に疑問に思った事を聞いた。
「お母さんの……………命日……………だから」
「…………そっか、ごめんね」
そういえばこの時期だったな、結衣のお母さんである白咲紬さん達が事故に遭ったのは。紬さんは結衣の唯一の味方だった。先生も、警察も、児童相談所も一切動いてくれなくても、結衣が今でもこうして元気に笑えてるのは紬さんのお陰なのだろう。
「じゃあ、とびっきりのお花を用意しないとね」
「…………うん!」
◆ ◆ ◆
そしていざ出発の時間になると結衣の体調が崩れ始めた。いきなりお腹が痛くなったらしくトイレに駆け込んで出てくるのに30分はかかった。この時にはすでに結衣に行くのをやめようと提案したけど結衣はそれを聞かなかった。
「結衣、体調は大丈夫?」
「うん、今は落ち着いてるよ」
家でトイレに篭ってからは一度も体調を崩してないけど念のためにたまに聞くようにしている。
なるべく早く着くようにしてあげないと。
そして結衣のお母さん達が眠っているお墓がある場所に着いた。
【結衣視点】
あぁ、来たいと思ってもなかったのに、どうしてお姉ちゃんに行きたいなんて言ったんだろう。この前お母さんからもらったワンピースを見て小さい頃の記憶が蘇ってから急にお墓参りをしたくなった。お母さんに「今結衣は幸せだよ、優しいお姉ちゃんと一緒に楽しく暮らせてるよ」って伝えたかった。
けど、いざ出発する時になると昔の嫌なことばっかり頭の中に蘇ってきて体から拒否反応が出て本能が「行くな」って訴えてくる。けど!こうやってずっと過去を引きずってちゃダメだってわかってる、このままじゃ前進できない。
だから!
今日は過去の弱い自分と決別をするためにここにきた!
「え〜っと…………こっちだね」
メモを見ながら進んでいくお姉ちゃん。お姉ちゃんは今どんな気持ちで私を案内してるんだろう、私がお墓参りに行きたいって言った時お姉ちゃんはちょっとだけびっくりしたような顔をしたけどすぐにいつもみたいな優しい顔に戻った。あの時、お姉ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「どうしたの?もしかしてお腹痛くなっちゃった?」
「ううん、違うの。その…………お墓に着いたらちょっとだけ一人にしてくれる?」
「………?良いけど、どうして?」
「その…………やらなきゃいけない事があるの」
私が言った言葉には今までにはない重みがあった。
「ふむ、結衣からそんな声が聞けるとは………しっかりやるんだよ」
「………うん!」
やっぱりお姉ちゃんは優しい。
今のだって特に深く理由を聞かないで私の顔を見て察してくれて、私には勿体なさすぎるくらいだよね。だからっていつまでもお姉ちゃんの優しさに甘えて、過去をそのままにしてちゃ前に進めない。
そして、お母さん達が眠ってるお墓についた。お姉ちゃんは約束通りお墓の敷地には入らずにそばで待ってくれている。
◆ ◆ ◆
お母さん、来たよ。お母さんがいなくなってからもう一年経っちゃった。最初、お母さん達が事故に遭ったって聞いた時、お母さんがいなくなっちゃうていう悲しさとお父さんがいなくなるっていう嬉しさの半々だったんだ。お母さんがいなくなってからすっごく悲しくて、もう自分の周りには誰にもいなくていっその事お母さんを追いかけようとも思ったの。けど、そんな暗闇に包まれてた時にお姉ちゃんが来てくれたの。お姉ちゃんは暗闇の中にいた私を明るく、本物の太陽みたく照らしてくれて私に生きる希望をくれた。それからお姉ちゃんはずっと私を気にかけてくれて何をするにも私を最優先にしてくれたの。すっごく嬉しかった、お母さんの以外で初めて優しくしてくれて一生一緒にいたいって初めて思ったの。けど、お姉ちゃんと暮らしてくうちにね私の中にいる弱い私が囁いてくるの「お姉ちゃんはお母さんじゃない、お姉ちゃんと居ても辛いだけ」って、そんなのわかってた。お姉ちゃんはお母さんじゃないって、けど、いつも無意識のうちにお姉ちゃんをお母さんに重ねちゃう。今日は、そんな弱い私とお別れをするために来たの。
お母さんは私のことを見てくれてたのかな?運動会で一位を取ったり、お姉ちゃんデートをしたり、優しいお姉ちゃん達とか友達に出会えたり、いっぱいいろんな事があったよ。けど、最近で一番印象に残ってるのはお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんになったことかな。今までは女の子っぽい男の子だったけど、私と一緒にいろんな事をしたいっていう面白い理由で女の子になっちゃったの、ほんとすごいよねぇ。もし、お母さんが生きててお姉ちゃんと会ったらどうなってたんだろう。ちょっと恥ずかしいけど、お母さんとお姉ちゃんで私の取り合いでも起きてたのかな?
ねぇお母さん、お母さんは天国で幸せに暮らせてますか?一時期私もお母さんを追おうと思ったけどもう出来ないや。私はお姉ちゃんと一緒に暮らしていくって決めたから。けど、その代わりに心の中にいる弱い私、お母さんの影に隠れてた私をそっちに送るね。まだまだ先になるだろうけど、私がお母さんの所に行くまでにその子をしっかり育ててほしいな。その時になったら親子水入らずでいっぱいお話ししようね。
◆ ◆ ◆
「結衣、お別れはできた?」
お墓の前で手を合わせてずっと目を閉じてた私が立ち上がったのを見たお姉ちゃんが話しかけてきた。
「うん、ちゃんとバイバイもしたし、お母さんにもいっぱいお話もした。もう大丈夫」
「そっか、じゃあ次はお姉ちゃんの番だね。ちょっとだけ待っててね」
そう言うと今度はお姉ちゃんが手を合わせ始めた。
お姉ちゃんは私ほど長くじゃなかったけど、数分くらいそのままだった。
「よし、あとはお線香とお花を飾って帰ろっか」
「うん」
お母さんが好きだった鬼灯の花をお墓の前に飾ってお墓の敷地を一歩出たその瞬間……………
『結衣、幸せにね』
「………お、かあさん?」
一瞬、ほんの一瞬だけどお母さんの声が聞こえてきたような気がした。あの頃の、優しく私を包み込んでくれるあったかい声が。そっか、見ててくれたんだ。
「結衣?」
「お母さん、お母さんの娘として恥ずかしくないように生きるから…………私を見ててね!」
すぐ側で私をみているお母さんに宣言をする。すると、どこから来たのか、優しい風が私達の間を通り抜けていった。
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