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初めての嘘

作者: 毛利八重子

あれは初冬の日曜日だった。

谷中から上野動物公園へ向かう私は父の右手に、

下の兄は父の左手に、ぶら下がるようにして歩いていた。


下の兄は父親っ子、みんなから、そう、言われていたし、

本人も自覚していたようだった。


でも、私だって、お父さん大好き、

だから父が家にいる時はいつだって父の膝の上を占領していた。

父が新聞を読む時も。リンゴの皮を剥く時にも。

少し太り気味の父の膝の上は、暖かくて、ふわふわしていて

心地よい。

だから何時だって父が家にいる時は父の膝の上に座っていた。


私は4歳。下の兄は7歳。

大好きなお父さんと出かけるのだもの、

嬉しくって仕方がない。

動物園は、谷中に引っ越してきてから、

毎日のように遊びにいっているから、

別に珍しくはないのだけれど、

父の腕にぶら下がるようにして

歩くのは、とても楽しい。


父は、歩きながら、いろいろなお話をしてくれる。

木の名前を教えてくれたり、

建物のいわれを教えてくれたり、

道路を横切る時は、

「右を見てから左を見よ。」だとか。

時々は、軽くスキップのようなことをしたり。

とにかく、4歳の私は楽しくて仕方がない。


突然、下の兄が父に聞いた。

「お父さん、やーちゃんと僕とどっちが好き?」


私は驚いてしまった。

(そんなことを聞くなんて、ひどい。)

(父が答えられるはず、ないじゃない?)

(両方好きに決まっているのに。)


すると、父は、

「どっちが好きか、

 今から、好きな子の手をぎゅっ!と握るからね。」


その言葉を聞いて、

下の兄は少し緊張したようだった。


私は

きっと、父は二人の手を同じように強く握るだろうと思った。


そして、次の瞬間


私の左手は、つぶれるかと思われるほど、

強く握りしめられていた。


(やはり、父は二人の手を同時に同じように強く握りしめたのだ!)


上野動物園に到着した。

父が入場券を買いに私達から離れると

下の兄が、小声で聞いた。

「ねえ、やーちゃん、さっき、お父さんはやーちゃんの手を強く握った?」


私は、とっさに答えていた。


「ううん。強く握らなかった。」


それは、私が生まれて初めての嘘をついた瞬間だった。


下の兄は私の返事に何も返すことは無かったが、

嬉しそうに、満足した様子だった。


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