第18節 轍2
瀬尾くんとアミと軽く話して、その場を離れる。
もう一人の転移者に私は用があった。
このまま元の世界に帰ったら大変なことになるから。
用がある彼は、居酒屋のテラス席で酒を飲んでいた。ビールを美味くもなさそうに飲み干していく。
「これ返すね」
布に包んでテーブルの上に置く。ジェームスはそれを取って包みの中を確認すると、ベルトとデニムパンツの間にかけた。
「お前銃使ったらしいな」
「誰から聞いたの?」
「何でも話してくれるお友達だよ、うちも撃ちたいと強請ってきたよ」
「アミか…」
「人のこと撃つとはな。襲われたならまだしも」ビールを口に含んで「無抵抗で煽ってきた奴を撃つとは悪逆非道だな」
「うるさいなぁ」
あの時はカっとなって撃ったことは反省しているし、太ももすれすれを撃ったからそこまで言われる筋合いはない。
「日本人代表として、初めて撃ってみてどうだった」
「撃った直後とても怖かった。引き金を引いたらミレットの足から血が出てた。ああ、こんな簡単に人を傷つけることができんだって手足が震えたよね」
率直な感想を申し上げる。あの時撃ったのは正気ではないと思う。ミレットに一言お詫びを入れたかったけど、彼女は寝たままだったから仕方ない(謝罪文は一応書いておいてあるから、目が覚めた時にでも読んで欲しい)。
「平和的に解決しようとするお前がなぁ」
意味ありげな言い方で、質問してみると
「今回はたまたま思った通りに当たったけど、撃ちどころが悪ければ歩けなくなっていたかもしれない」
一言返事をする。
「大切なお友達のために怒るのは、良い。でもそれでお前が相手を傷つけたら、てめぇのお友達を傷つけた奴と同じ土俵だ。感情にまかせるな、何かを守るためなら傷つけてもいいってことはない、デロルとなんら代わりねぇよ」
ジェームスの言う通り、デロルは復讐のために部族を襲っていた。誰かを守るため、守れなかったもののために。
そんな彼の気持ちがほんの少しでも理解できた気がする。力があるから相手に報復できる、スカッとするし、守りたいものを守れるのだからそれはとても大義なことだろう。
「何かを守るってこんなにも大変なんだ、色々なことが絡み合ってくる」
「そうだ、まぁ俺はそんなことすっ飛ばして人のことを撃ちまくったけどな」
自嘲するみたいにジェームスは笑った。
「もう少し撃つのためらった方がいいよ… アメリカでもそうだったの?」
「俺がそんなアメリカでも殺傷大好き野郎に見えるのかよ」
正当防衛するだけだぞ、と補足された。
「話変わるけど、連絡先交換しない?」
二つ返事でツイッターの連絡先を交換しあった。これで、転移者全員分の連絡先はそろった。元の世界に戻った時に話し合えるといいな。
「お前英語できるのかよ」
「ほんの少しだけ… 今のご時世翻訳があるからね」
「そうだったな、この便利な紙ペラともおさらばか」
ジェームスは首にかけたトーテムを、思い出深そうに見つめる。
「そうだね。トーテムとかここの物はなるべく持っていかないことだしね」
転移者全員で話した結果、元の世界に悪影響を及ぼすかもしれないのと異世界転移しちゃいました、てへぺろ、と言ったら薬でもやっていると勘違いされそう。
とのことで、この世界の物はなるべく持っていかないことになった。
「ここでの暮らしはちょっとは楽しかったな、ビールはしょんべんみたいな味するけど」
ジェームスは夕陽を見て、まずそうにビールを飲み干した。
アメリカの話や日本の話をして一緒に勘定を済ませて、席を立つ。
「この後送別会するみたいだけど、来る?」
「いや、俺は適当に過ごすよ、仲間内で騒ぎたいだろうに」
「瀬尾くんもそう言ってくれるくらい気を使えたらいいのに」
彼を誘うとすぐに行くと返事された。来てはいけないわけではないが、空気を読んでほしかった。
「もう一人の転移者か。まぁパーティーは何人来ても楽しいから一人や二人増えてもいいだろう」
ジェームスに明日の予定を聞くと
「昼前に王様が来るから、それに合わせて俺も起床してお前らの家に行くとするか」
「王様来るの? いらないんだけど」
「そういうな、あの人がいないと転移できないからな」
「そうなんだ。しょうがない…」
ジェームスはそこらの宿に泊まると言って別れた。
「やっと見つけた」
市場を歩いていると後ろから肩を叩かれ、振り返る。
トガウだ。汗を流して息を整えている。
何か急用でもあったのだろうか。
「どうしたの?」
「とりあえず、どこかで何か飲みながらでもいいか」
居酒屋に入り、二人でオレンジジュースを頼む。
居酒屋という名目ではあるけど、店内は静かでお酒を一人、二人で飲んでいる人ばかりだった。行ったことはないけれど、この店はバーに近い印象を抱く。
「もう家に帰るんだ。だから、最後に話しておこうと思ってな」
開口一番に要件を言われた。
「そうなの? 明日までいればいいのに」
「家に何日も帰っていないと心配される。あと、まだ部族の関係は完全に良くなったわけではないからな」
トガウはマントのフードを深く被り直した。
「そっか、でも最後に話せて嬉しいな。アミ達とは話したの?」
「もう話して、お前が最後だ」
「オオトリかー。何話す?」
「そういえば、村まで案内代はセシルが歌川に払ってもらうよう言ってたな」
「その節は大変お世話になりました」
机に頭をつける。
トガウはいたずらっぽく笑う。
「冗談だ。元気そうで良かったよ」
「トガウは部族の話し合い出ようとか思わないの? 一応今回の件で王様と面識あるし」
部族の代表として、コネ族とヌイ族がアンダルシア王と対談することになった。ヌイ族は部族側でもあり、王国との親交があったから中立の立ち位置で参加する。
「コネ族に一応こちらの言い分は伝えてあるから、別に参加する気はないな」
「これ以上顔出したらアンダルシア王が怒っちゃうからねー」
「そういうことだ」
トガウはふと何かを思い出したみたいに、視点を変えて唇を伸ばした。
「やっぱり、報酬はお前から受け取るよ」
「え? 金なんて全然ないよ」
「金じゃなくていい。お前の髪だ」
「全部ってこと?嫌だよ!」
「違う! 一本でいいからよこせ!」
「ええ、抜くの痛いから嫌なんだよね、切って渡していい?」
トガウは手を伸ばして、髪を抜いてきた!
「痛!」
「自分で取るのが怖いなら、取ってやるよ」
「言ってからやってよ…」
トガウは私の髪の毛を口の中入れた。
「ちょ! 汚い! いや、私の髪が汚いわけではないけど、やめて。吐き出して!」
「これは俺らの部族の儀式なんだ。つべこべ言うな。もう終わったからな」
「ちなみ、それやるとどうなるの? 呪うとか?」
「別れる際にする儀式で、相手の状態を確認できるんだ。腹が痛くなったら相手にも何かあったと察知できる」
「それただ腹下しただけじゃない…?」
「そうかもな」、と高らかに笑って「でも、お前のことを忘れることはなくなった」
「恥ずかしいこと言うね~」
うるせ、と言ってトガウは立ち上がった。
「それじゃあ、帰る。元気でな」
「うん。じゃあね」
トガウ店から出るまで手を振った。
私も帰るとするか、と席を立とうとした時
「お客さん、支払い忘れてるよ」、と店員さんに呼び止められた。
机の上には、小銭は置いていない。
──あいつ、人に払わせて帰りやがった…




