第10節 黒い痣
歌川視点
【10:57 a.m】
南の森の方で、赤煙が上がったと同時に部族の動きが活発になった。太鼓に、笛の音、雄叫びまであげてやる気満々なのが伝わった。
「なに、始まるってこと」
兵士達の動きも活発になっている。裾を引っ張られてそっちを見るとエギルちゃんは目を見開いて私見つめている。裾を握る力も強い。
「大丈夫なの? ここから逃げないと」
「止める、止めるしかない」
如月が戦争を始めるとは思っていなかった。思いたくもなかった。アミは説得できなかったのだろうか。そんなどうでもいいこと頭を振って考えるのをやめる。
前に進み崖から精一杯叫ぶ。やめるよう、止まるよう言っても誰も動きを止めない。部族の軍とアンダルシア王国軍の境目では、もう戦いが始まっている。
「なんで」
みんな戦いたいはずないのに、争う意味がわからなかった。誰かに命令されたから?
周りが戦うから? 仲間や親族が殺されたから? それであなたまで死んだら元も子もないのに、殺し合うことを問いかけても誰も聞いていない。
「歌川優花」
地面と顔を合わせていると、背後に兵士が立っていた。私のために戦争を遅らせてくれた頬骨が突き出た印象的なあの人。
彼は私の肩を叩いた。慰めるみたいで腹がたった。
「まだ──」
「もうダメだ。ここから離れろ」
「勝手に決めないでくださいよ! まだ手立てはある。アンダルシア王に頼めば、エギルちゃんお願いできるよね」
彼女は私から目を逸らした。
「もうやめろ!」
「まだ…」
言い続けようとしたら、この場の誰もが私の言葉に期待していなかった。クレアくんでさえ、地面を見て私を見ようともしていなかった。
惨めだった。何にもできない自分がここまで嫌いになったことはなかった。17歳でできることは限られている。それでも、少しは大きなことができると思っていた。背伸びして大人に一歩近づいた気分に浸りたかった。
「なんで!」
なんで、なんで、なんで。なんで、なんで。何もできないのだろう。神様がいるとしたら、私達をこの世界に呼んだ意味を教えてほしい。
答えは返ってこない。そんなことをといても、わかるわけがない。こんなことに時間を消費した自分に嫌気がさして地面を殴りつける。
殴り続けていると
「歌川、ここから離れよう」
クレアくんに説得される。
「嫌だ! これは私達の問題だ! 友達が起こした問題なら私が解決しないと」
「ぼく達のために、動いてくれてありがとう」
「まだ終わってない! 今考えるから時間を頂戴」
アンダルシア王に相談する、それは今からじゃ遅い。この場の兵士達にお願いして止めさせる、聞いてくれるのか。何を考えても解決案が浮かばない。この頭が悪いのか。
頭を殴る。それでも、浮かばない。また殴る。
「歌川」
クレアくんの胸に引き寄せる形で腕を掴まれる。
「もういい。あとは時間が解決してくれる」
自分より幼い子に達観された諭され方をされて、おかしくて笑いそうになった。ダサすぎる。
こんな自分をクレアくんに見せたくなかった。焦っているのか、と冷静になった頭で理解する。
「そ──」
そうだね、と言いそうになるのをやめる。ここで「はいはい」、と言って期限が来るまでのうのうと変日本に帰って、過ごすの? それでこの世界は良くなるのか、元の生活を送る如月は笑顔で過ごせていけるのか。
「そんなわけない。まだ諦めてたまるか」
クレアくんのポケットからトーテムを取り出す。彼は不思議そうな顔をしていた。これから私が何をするか誰もわからないだろう。
トーテムをポケットいっぱいに入れて走る。
「待て!」
兵士が叫んだ。今ここで気づいたところで遅い。
叫び声の中崖から飛び降りて戦場に降り立つ。トーテムで着地を保護して
「戦争をやめないと、私が相手する!」
兵士がこっちを見て怒号をあげた。炎を出して威嚇すると近づくのをやめた。
「お前いい加減にしろ! ガキがこんなとこにでしゃばってくるんじゃねぇ!」
「自分勝手なのはわかります。でも、戦争をしたらあなた達が死んでしまいますよ」
「そんなこと知ってる。今ここでアイツらに痛い目あわせないと、人が死ぬ」
「だからって──」
「普段からこっちは何十人も死んでるんだ。戦争してアイツらが喧嘩うった相手を間違えていることを知らしめなきゃ、毎日何十人も何もせず死ぬんだぞ! てめぇは責任取れんのか? あ?」
「部族の長が私の友人です。話をつければどうにかなります」
兵士は答えに悩んだのか一瞬の沈黙の後に話す。直後頭に矢が突き刺さった。
ただ脳死で叫ぶしかできなかった。兵士の元に駆け寄り声をかけるけど、反応がない。
横腹から体が浮上がるくらい蹴られた。
蹴られた箇所を抑えて、蹴ってきた兵士を見ると顔を真っ赤にしていた。私の胸ぐらを掴んで
「戦争はもう始まってるんだぞ!それで、止めるって馬鹿か。もう無理なんだよ、どっちかが死ぬしかねぇんだ」、と言い放ち私を地面に叩きつけて走り去った。
「結局ダメなんだ…」
地面を叩く。
このまま何もせずに、元の生活を送って過ごせってことなの。視界が兵士の血で汚れていく。涙で視界が歪んでいく。
「ッ」
右腕が焼けるような痛みに襲われた。力が入らず地面と密着した状態のままただ呻き声を出すしかできなかった。
「まだ、諦めないでください」
声の方向を見ると、エギルちゃんが崖から顔を覗かしていた。どこか辛そうな表情をしている。
「っエギルちゃん」
声を振り絞る。
「わたくしの魔力をあなた達に送りました」
「なんで?」
「少ししかないですけど使ってください」
私の声が届いていないのか彼女は話し続けた。魔力があったとして何が出来るよかわからない。とにかく前に進む。
部族と兵士が武器で戦っている。目の前で人の胴体を、槍が貫いていたり剣で切り裂かれたりしている。
──止めないと。
一人の部族と接近した。彼は私を見て立ち止まった。
「敵意はありません」
「 !」
額に皺を寄せて怒号をあげた。血糊が着いた剣を振り下ろす。
「もうやめてください!こんなこと」
手を伸ばす。剣に切り裂かれる。
と、思ったら目の前に黄金の壁ができていた。触れると暖かく、お日様みたいだと率直に思えた。
横を見ると一面に壁ができていた。まるで、部族と兵士の間にちょうどあるみたいだ。
目の前にいる部族も困惑していた。切っても貫いても殴っても何も変わらない。傷1つついていない。
「なにこれ、っ」
右腕にまた焼ける痛みがした。見ると。黒い手跡が薄れてなくなっていく。手の部分が3分の1も残っていない。
もしかしたら、エギルちゃんの魔力が手に入ったから使えるようになったのか。あとでエギルちゃんにお礼を言わないとな。
この後のことを考えていると、頭が急に使い物にならなくなった。眠気と気だるさが一気に迫りきた。欲のまま地面に横たわる。




