第3節 くだらない
セシル視点
【10:10 a.m】
ナミタが眠そうに欠伸をしながら、桃色の髪を手でとかしています。大きく開いた口の中が見えてだらしないので、注意すると不貞腐れました。女しかいないからって気をあまり緩めすぎるのはどうかと思います。
「やけにしずかだな」
馬車を運転しているトガウさんがポツリと言いました。荷台から顔を出してそのことについて聞くと
「ここまで誰もいないというのはおかしいんだ。部族が集まっているというのを加味したうえでな」
「部族は山に絶対にいるのですか?」
「いる。絶対に。自分達の住処が熊や他の部族に襲われないように対応するもんなんだ」
「じゃあ、この山で何か」
急に口を抑えられて耳元で「静かにしろ」と言われました。
言われた通り静かにすると何かがこっちに近づいてくる音がします。草木をかきわける音。枝木を踏む音が徐々に大きくなっていきます。部族でしょうか。
「血の匂いがする。お前らものに捕まってろよ、急いで逃げる」
自分は荷台の中に戻りナミタにその趣旨を伝えて、2人で椅子にしがみつきました。そうすると、馬車は大きな音をたてて動き出しました。荷台の布をめくり後ろを確認すると後ろから3頭の馬に乗りマントを深く被った人物が追ってきます。
「追ってきてるわ!」
ナミタが運転しているトガウに向かって言いました。
「動きが速すぎるだろ」
こっちは荷台を引いた馬で一気に距離を詰められます。このままではまずいです。服が入った木箱を投げて妨害します。すると、距離が離れました。
「私の服が」
ナミタの残念そうな声が聞こえました。
「このまま追われて死ぬよりかマシです! ナミタも手伝ってください」
2人で荷物を投げると、相手の馬が動きを止めたり当たったりして追手の馬がどんどん離れていきます。これなら逃げきれます。
馬車が急に停まり体を床とぶつかりました。何があったんですか。背中の痛みを耐えながら、立ち上がり荷台から顔を出すと馬車の前にマントをした人達が弓や剣を構えていました。
「誘いこまれたのですか」
「たぶんな」
前方の集団から1人が出てきました。マントをはずしました。布の隙間から見ても、獣の耳がついているので部族だとすぐに判断できました。
「お前らコネ族向かうところだったろ。こっちも向かうんだ」
「なら、金目のもんだせよ。いやねぇか」
彼は鼻で笑いました。なにが目当てなのかわかりません。もう金目のものはないのに、これ以上出すものはありません、
「馬車に耳なしの女いたよな」
「女はいるが、部族だ」
トガウさんは布の隙間をサッと閉じました。彼女がなにをしているかわかりませんが、不安です。
「なら、見せてみろよ」
「いるじゃねぇかよ!」
後ろを振り向くと布がめくられました。部族の男達がニタリと笑っています。彼らの耳はコネ族についている猫の耳がついていました。
彼らに自分とナミタは捕まりました。ナミタは抵抗していますが、無理やり地面に押さえつけられました。
「彼女に乱暴なことはしないでください!」
「乱暴なことってなんだ? こういうことか?」
ナミタの服をちぎりました。彼女の下着が露わになって、自分は目の前のことがわかりませんでした。なんで、急にこんなことをするのか。何もしていないのに、無抵抗な自分達になぜこんな屈辱を。
「ナミタから離れてください」
「あ? 誰に口答えしてんだよ」
ナミタから離れて人間の皮を被った野獣が来ました。彼女から離れたことは褒めてあげてもいいですね。
手を野獣の前に、かざしてにらみつけると
「なんだ。命乞いか?」
魔法で風を出して、身体を吹っ飛ばしました。あの人は変な声をあげて地面に横たわってうめき声を出してます。
「あなたたちは何がやりたいんですか」
部族の奴らは自分を、警戒して囲みだしました。何人が相手だろうとかまいません、自分の大切な人達を傷つけるなら、それなりの対応はさせてもらいます。
警戒して周囲をにらんでいると、部族のバリケードを飛び越えてトガウさんが自分の横に立ちました。すると、ナミタを肩にかかえて
「セシル・マルクヴィー! ナミタを連れて逃げるぞ」
「どうやって逃げるんですか」
「お前の魔法で、逃げ道をつくってそっから逃げる」
「自分魔法は使えません…。失敗するかもしれません」
「今使わないでいつ使うんだよ。失敗したら、その時はその時で助けるから頼む」
自分はうなずきました。誰に向かって魔法を使うか悩みますね。周りを見て誰がねらい目か定めていましたが、良いところがありました。ここを狙って逃げるしかないですね。
「いきますよ!」
手を前方にかざして、相手に見せると警戒したのか剣をかまえました。狙いはそっちではなく、手を後ろに向けて後方の部族に向かって風魔法を放ちました。
後方を振り向いて、トガウさんの手を握り走りました。部族の方々が、一斉に動き出しました。
「邪魔です!」
風で前の人達を飛ばしました。自分の狙い通り馬車までたどり着きました。トガウさんは意図をくみ取ってくれたのか流れるように、荷台と結びついた馬を切り離して馬にナミタを乗せて、自分の体を引っ張って馬に乗せてくれました。
「三人はギリギリだが、荷台を引っ張る力あるんだからがんばってくれよ」
馬の手綱を引っ張って、馬にお願いしていました。本当に頼みますよ。馬の横腹を撫でました。馬は自分達の期待に応えてこれたのか颯爽と走ってくれました。
目の前に憚る男達を馬は避けて、蹴って進み続けます。これなら逃げて如月さん達のところに行けます。そう確信した瞬間、馬の体が横に転がりました。回転する視界の中で、部族が魔法陣を使っている姿が見えました。
地面に何度も殴打して、転がり続けました。二人の叫び声も聞こえます。
身体中が痛かった。痛みをこらえながら体を起こすとトガウさんとナミタが横たわっていました。すぐにかけよって声をかけ、体を揺らすと二人ともうめき声をあげて反応してくれました。生きていて良かった、傷が酷いから治さないといけません。
治癒魔法で、癒していく。行為中に自分はお父さんのことを思い出した。あの人もこうやって襲われたのだろうか。
「なんで、こんなことをするんですか」
まったくもって理解ができません。金が欲しいなら身一つでまっとうに稼げばいいのに、もっと欲しいなら、頭を使って稼げばいい。それができないからこうして人を襲っているのならば
「くだらない」
それが自分の率直な感想だった。
──こんなくだらないことで、お父さんを襲ったというならそれは愚かで馬鹿馬鹿しい。
二人の傷が癒えたことを確認しました。ここから早く移動しないと追われる……ことはないですね。金銭の類はあっちに置いてあるので、こっちに来ることはないはずです。
どかどか、と木箱が何個も転がってきました。案の定物を漁っていたのでしょう。木箱の中を確認すると、木箱の中から汚れた服が入っているだけでした。でも、その中に『自分達の大切なモノ』が入っていました。それを取り出して泥を拭います。
泥がとれた箇所には、優花さんが提案してくれた蝶々。その近くにお父さんが提案した猫が描かれていて穴が開いてありますが、判断できました。これは、みんなで考えた学校の旗。
「早くみんなに会いたいです」
涙がこぼれている顔に旗を当てて、いると軽快な音をたててこっちに近づいてくる音がしました。そっちを見ると茶色の馬がいました。
「無事だったのですね」
馬に微笑みかけると、長い舌で涙が流れていた頬を舐めてくれました。
「ありがとうございます」
旗をマントみたいに、首に巻きつけて横たわっている二人を抱きかかえました。
馬に布で固定して乗り、走りました。疲労からか馬は早くはないですが、走ってくれてとても嬉しかったです。
「無事にことが済んだら、ご褒美あげるのでがんばってくださいね」




