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サマー・HSS・マタステイシス  作者: 川上アオイ
最終章 サマー・HSS・マタステイシス
72/98

第1節 再出発



歌川視点

【a.m 9:00】


 控え室の外から金属が擦れる音や廊下がドカドカとする音が聞こえてきた。振動のせいで、机に置かれた水が大きく揺れてグラスからこぼれそうになっている。

 兵士の人達が走っていく。その中の会話内で

「部族が接近している」

 と、聞こえた。もうそんなことになってるのか。

 手を握れてその先を見ると、クレアくんが私の手を握っていた。指先が細かく震えている。たぶん、戦争が怖いのだろう。


「大丈夫だよ、私がどうにかして止めて見せる」

 しゃがんでクレアくんの頭を撫でて安心させる。少し安心したのか彼は強張った顔が柔らかくなった気がする。

 こうは言ったものの、私ができることは王様や兵士達を説得するしかない。王様にかけあってもあの人は、聴いてくれないだろうな。


「とりあえず、兵士のところ行こうっかな。移動手段ないけど…」

「僕がどうにかするよ」

「え。どうするの?」


 クレアくんに手を引かれて、兵士達が歩いている廊下の隅を縦に歩いて進む。彼が着いた先には、私達が使っていた控え室とは違って、扉に装飾があってその前に兵士が立っている。その兵士に向かって

「エギルに会いに来た」

「ああ。君か」

 兵士はドアを開けてくれた。

──エギル? 聞いたことない人だな。


 部屋の中に入ると、見るからにふかふかそうな赤い生地の布が張られた椅子に座って、皮が向かれたリンゴを食べている栗毛の女の子がいた。服装はフリフリがついた水色のドレスだ。絵本のヒロインみたいで、とっても可愛い!

「まぁ、クレア友達を連れてきたのね」

「うん。エギルにお願いがあるんだ」

 彼女は、嬉しそうに返事して頷いた。


「馬車を貸して」

「いいけど、どこか行くの? 今外が慌ただしいのだけれど」

 クレアくんは私の方を見た。たぶん説明をお願いされたんだろうな。

「エギルちゃん? 私歌川優花って言うの。よろしくね」

 よろしくお願いします、と椅子から立ち上がってスカートの裾を持ち上げて頭を下げてきた。

「それで、私部族との戦争を止めたいの。借りれるなら借りたい、です」


 エギルちゃんは頭を左右にゆっくり揺らして、(うな)っている。頭を止めると

「いいわ。でも、わたくしと遊んで欲しいかしら」

「いいけど、それ今じゃないとダメかな…?」

「ダメかしら?」


 彼女は上目遣いでこっちを見つめてきた。見た目からして、クレアくんと年齢が変わらないから、遊び足りないんだろう。でも、それは今じゃない。


「あとでね! 貸してほしいな」

「あとでっていつなの?」

「うっ。3日後かなぁあ?」

「なにそれ!」

 顔を真っ赤にして、私をにらんできた。約束できないのだから、しょうがないでしょ。

 私が困っていると、クレアくんが足早にエギルちゃんの近くまで行った。


 クレアくんは彼女の手を握って

「馬車に乗りながら、遊ぶしその後も遊ぶから貸して」

 彼女の栗毛を撫でて、甘い声で言った。

──女ったらしかよ。

「いいわよ」

 エギルちゃんは耳まで真っ赤にして(うつむ)いて小さな声で言った。


 彼女は外にいる兵士に懇願(こんがん)して馬車を出してくれた。ドア越しだったから、詳しくは聞こえなかったけど、お金がどうとかあのことがどうとか言っていたのが聞こえたけど、聞こえていなかったふりをしておこう…。

 馬車の中でクレアくんは約束通りエギルちゃんと遊んであげている。私が教えた『指合わせ』で、教えたこっちとしては活かして遊んでくれて嬉しいね。

──兵士と部族の衝突を止めよう。今度こそ兵士達を説得する。


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