第14節 ミレット
赤髪の猫耳女は、大きな社に着くと足を止めた。周囲には、誰もいない。風で葉が揺れ動く音が大きく聞こえる。
「ここでいいかな。代々この社の前では決闘をしていた場所でね」
「誰も邪魔しないなら、ここでいい」
赤髪の猫耳女は身につけていたアクセサリーを地面に落として
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はミレット・フォーカス。コネ族の長をしている」
「あっそ」
「失礼だなぁ。君もしなよって言ったところで知っているんだけどね」
猫耳のカチューシャを手に持って
「おしゃべりはやめて、さっさと始めようぜ」
「うん、そうしよう」
カチューシャを上に投げる。
うちとミレットの中間地点にカチューシャが、落ちていく。地面に落ちたと同時に走る。
顔面をめがけて、拳を振りかざす。
ミレットは余裕がある表情で、手で受け止めて
「ガッツかない。君はケンカ強いんだから自信を持ちたまえ」
右スネに蹴りを入れようと足をあげた瞬間、視界が大きく揺れ動いて空を見ていた。急いで、起き上がりミレットを見ると微笑んでいた。
「暇だし話しながら、ケンカしよう」
「うっせ、黙ってろ」
飛び膝蹴りをすると避けられ、服を掴んでもすぐに離される。何もしてもすぐ対応されている。
「君前より弱くなった?」
「黙ってろって言ってんだろ!」
ミレットは、急に前に出てうちの胸ぐら、袖を掴んで投げた。
──背負い投げ?
地面に背中を強打して、空気を必死に吸う。
「君の背負い投げは、デロル? って人の時も見たからね。マネさせてもらったよ」
「っ。だから、なんだよ」
痛みをこらえてミレットをにらむ。
「この前会った時は時間がなくて、速攻ボコボコにしたのになんで立ち向かうの? 今完全に遊ばれてるのにさぁ」
「一回勝ったくらいで、調子のんなよ。お前を倒すのは別にどうでもいい。如月をさっさと返せよ」
「嫌だよ。彼女は僕たち部族の長だ。すでに、施術は始まっているのだから」
ミレットはため息をついた。
「また、君をボコボコにすればひっこんでくれるかな」
今までにない眼力で見られた。一歩下がって出方を見ようしたらミレットは、目の前にいた。
右フックがとんできた。左腕で防いだけど、体の軸が大きくブレた。大木で殴られたかと思った。
みぞおちめがけて、腹を蹴ると体を斜めにして避けられた。
──反応良すぎだろ。
うちの足を脇で挟んで、飛びかかってきた。態勢を崩してマウントポジションを取られる。
体をエビぞりにして、起き上がろうとしたが片足しか地面に力が入らず、起き上がれない。腕は膝で抑えられて起きられない。
「今はたっぷり時間があるから、そう焦らないでくれよ」
右手が鼻を何度も、何度も殴られる。一瞬止まったかと思ったら、肘で顔を突かれる。視界がぼやける。
ミレットの顔がよく見えない。
「君には、もう興味はないんだ。ことが済むまでひっこんでくれ」
「うっせ、テメェが興味なかろうとこっちは如月を止めるんだよ」
顔に、肘がめりこんだ。
「諦めてくれないかな。今の君に何ができるんだい?」
「諦め」
左頬に裏拳がとんできた。歯がどこかに吹っ飛んだ。
「諦めてくれ、如月くんの友達を殺したくない。戦争が始まれば、如月くんは用済みなんだ。手荒いことはしない。約束だ」
「諦めねぇって。なんであいつが火種にならないといけねぇんだよ、普通の女子高生だったんだぞ」
「この世界に来たからだよ。偶然かもしれないが、彼女には素質があっただけ」
「なんのだよ」
「世界を変える素質さ。君にはない」
「じゃあ、お前は詐欺師の素質があるな」
ミレットの顔面に、唾を吐く。こいつは腕で顔についた唾を拭って、ため息をついて
「なんとでも言え。君らがいた世界みたいにこっちは平和じゃないんだ、世界を変えるなら今しかない」
肘を何度も下した。時々見えるミレットの顔は笑っていて、気持ち悪かった。
「なにやってんの!」
かけ声と同時に肘が顔面に当たるのがおさまった。
誰かが近づいてくる足音がする。
「アミ!」
うちの身体を、如月が抱えていた。
「うっ… 如月」
「ミレット、これはどういうこと?」
「いや、彼女がどうしても僕とケンカしたいって言うからさ」
「だとしてもやりすぎでしょ」
顔中が温かい光に包まれる。徐々に、視界が広がって如月がトーテムで治癒してくれている。
「ありがとうな」
「ううん」
地面にうちを置いて
「もう助けなくていいよ。あたしが選んだことだから」
「歌川もお前のこと心配してんだぞ!」
身体を起こそうとしたけど、全身の痛みで立ち上がれない。
「だよね。これが終わったらまた会おう」
「お前を利用して、戦争が始まったらお前を捨てるかもしれないんだぞ!」
「そんなことはないさ」
ミレットが屈んで、うちの前髪を上に上げて、笑った。
「この子の言う通り、あたし達が帰るまでの期間この子が助けてくれる約束になってる」
「ここに居られる期間のこと知ってんのかよ」
如月はずっとうちに背中を見せて立っているだけだ。
「知っている。何もかも誰が呼んだのかってのも」
「なら、帰ろうぜ。うちらにできることはないんだからさ」
「あたしには、あるの!」、と大声で言った。
如月がここまで感情をあらわにして怒鳴ったのを見たのは、初めてだ。
「アミや歌川みたいにできることがないから。だから、あたしはここで変わるの」
「何言ってんだよ。学校作りはお前がいなきゃできなかったよ。歌川とうちだけじゃ、絶対グダってたしさ。如月の真面目なところがあったからできたんだ」
「ただあたしは、言うだけしかできなかったの! アミや如月みたいに誰かを変えたかった、助けたかった」
「そんなこと言うなよ、お前が気づいてないだけで誰かを助けてる」
「そんなことない…。アミ達の方が凄いし、あたしは全然誰も」
如月がうちを見た、涙がこぼれていた。
ずっと、あたしは、と呟やいている。
「うちは、お前に何度も救われた!元の世界で、学校にいた時だってお前がいなきゃ高校やめてたよ」
「でも、あたしはそれだけじゃ満たされない。自分が許せない」
「何を」
ミレットが頭を地面に押しつけてきた。顔があがらない。
「それ以上言うな、彼女が傷つく」
耳元で囁かれた。
まぶたがどんどん重たくなってくる。ミレットの手には、トーテムが握られていた。
──またトーテムかよ。
「お前、いい加減にしろ」
下唇を嚙んで、眠気を無理やり覚まそうとする。
こいつが、邪魔しなければ如月を連れ戻せるのに。
「おやすみ、ヒーロー。この世界を施術し終わった後にケンカでもなんでもしてあげるよ」
「如月! 絶対に戦争なんてさせんな!」
迫りくる眠気で、最後にこれだけは伝えたかった。
如月がやっぱりやめてくれるかもしれない、と思ったから。
「もうほっといて」
冷たい目で、うちを見てどこかに歩き出した。




