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ほとばしる体  作者: 凪常サツキ
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◆内なる体


 私の体は、殻の中。別に、カタツムリでもないし、貝でもない。私たちは人類。確実に、もとは裸だったはずだし、禁断の果実を口にしてでも、肌を覆ったのは葉や布などの衣類だった。

 そんな人類の体は、今やいつも、殻の中にある。

 それは絶対におかしい。

 絶対にというのは、私が思っているというより、私の体がそう感じてる。殻を打ち破って、もっと自然に生きたい。動物として極めて本質的な願いをかなえたい。それだけのこと。でも禁じられているから、私はこの世界と、私を閉じ込めるこの殻に盾突く。

 だから私――相田調(かなで)

「はい、今日から後期ということで、保健の授業も新たな単元にいきます」

 中学校教師となって、数十人の生徒たちの前で教鞭をとる。生徒がどう思うかはともかく、一人でも多くこの事実を正確に知ってもらいたい。その意気込みをもって、今日も教師用の教科書ガイドを見ながら外殻シェルについての解説を施していた。

「シェルとはなにか、これについてはもう言うまでもありませんよね。皆さんが今も身に着けています。では、シェルの起源について知ってる人は?」

 答えは教科書を見ればすぐにわかる。それに、シェルの歴史などたかだか半世紀もない。それなのに、誰一人その「黒光りする腕」を上げようとはしない。私の授業が退屈なのだろうか。

「シェルは、簡単に言えば、戦争と人命救助、あるいは保身のために開発されました。赤い衝撃〈レッドインパクト〉は、皆さん当然知ってますよね? 赤霧と呼ばれるナノマシン、あるいは未知なるウイルスが地表を覆い、人々を病や死に至らしめ、さらには様々な農作物や建築物がとても大きなダメージを受けた世界災害です。今でもその霧の残骸を処理するために、工蟲ゾアたちが大気清浄にいそしんでいます」

 レッドインパクトによって世界は混乱の世に変貌し、各地で紛争が勃発した……、と、そんな説明を教科書通りにしてはいるものの、自分はそれを経験していはいない。あの災厄が起きた西暦二一〇〇年と言えば、私が生まれる十五年も前のことなのだから。それで言えば私も生徒たちもそれを肌で感じたことが無いという点で、同じ土俵に立っているということになる。自分に説得力がないということが急にわかって、少し生徒には申し訳なく思う。

「えー、そんな中、世界連網の機関の内の一つ、世界免疫機構《WIO》が世界各国の調査を安全に進めるために開発したのが、N.O.D.E(ノード)と呼ばれる強化外骨格エクソシェルでした。もとはそういった、赤霧対策とか兵器として作られたものでしたから、とても高価なものだったんですけど、それが市民の生活に応用されると様々な面で利益があるということになって、二一一五年にはアメリカやシンガポール、インドネシア、日本、東京国などの先進国が着用を義務付けました。ノードが市民生活に応用されたときが、シェルの起源ということになります」

 それで、私もだれもかれも、そして目の前にいるうら若き中学生たちすらも、今や皆このいかついシェルを着て生活する。私くらいの若い年代からすれば当たり前すぎる事ではあったが、やはり教育実習で初めて教壇に立った時は緊張した。何せ目の前にシェルがずらりと座っているのだ。内部身体インナーが十才だろうと四十歳だろうと、シェルの身長は決まって一律なのだから、圧迫感は変わらない。

「じゃあ、皆さんに質問です。さっきシェルが市民生活に様々な利点をもたらすといいましたが、その利点とは何でしょう? ここ、テストに出します」

 この言葉はいつの時代でも魔力を持っていると、先輩のロダーリ先生に教えてもらっていた。目の前のシェルたちが一斉に教科書を調べ始める。

「わかった人?」

「はい」

「北原君」

「シェルには内部機工としてGPSが埋め込まれているので、犯罪抑止に効果があります」

 教科書通りの回答だった。

「ご名答。ではそれ以外には?」

 しばらくしてから、また手を挙げたのはほかならぬ、北原君一人だけ。彼に恥をかかせるわけにもいかないので、答えさせる。

「いわゆるP室など、プライバシャルな特定空間以外ではシェルから内部身体を露出することができない為、身体的危険を大幅に減らすことができます」

 

 授業を終えて、しばらく北村君と話した後で向かった職員室には、マルコ・ロダーリ先生と、最近教育実習をしに来ている平賀テュールの二人がいた。

「お疲れ様です」

「お疲れ」

 もう一度見廻すが、いつの時代になっても机の上に散らかる紙の資料の山といくつかのマグカップが見えるだけで、それ以外に人影は見当たらない。まだ五時だというのに、もう他の先生はこぞって帰宅してしまったのだろうか。

「お二人だけですか」

「そうだな」

「そうですか」

 何はともあれ、早いところ終わらせて、「彼」のもとへ行きたい。その願望が今日も原動力になってくれた。席に座って一息つくと、シェルに内蔵されている物理端末スレートに情報を入力し、仕事をこなしていく。

「ロダーリ先生は、当然シェルのない時代にも生まれていたんすよね。僕まだその時代には生まれてなかったっすから、どんな感じか知らないんすよ」

「平賀君、何歳」

「二十一っす」

「完璧に内なる世代シェルネイティブか。別に、シェルがないころはその存在なんて知らなかったし、シェルが民間導入されたときは、選択肢が増えたってだけで、うれしかったよ。ただ、権威知脳アマテラスがそれを義務化するって言った時は少々ぞっとしたが、結果的にはスレート(コイツ)のおかげで体力を気にせず動けるし、あとは確かにあらゆる危険から回避してくれるしで、あまり問題はない」

「そうなんすね。でも僕も、賛成なんすよ。ちょっとだけ、生身の体で走り回ったりしてみたいこともあるっすけど」

「え、平賀君、なんで賛成なの」

 仕事の処理中だったが、彼がシェルに好意的な考えをしているという報告に思わず意識が向いてしまった。「実は僕、隻腕なんすよ」彼は私の目を見ずに、右手を振り上げた。

「腕が無いってこと」

「はい、でもわからないっすよね? 高額なオーガノテックとかで直さなくても、シェルの神経接続があるおかげで、今までこの事実は、僕が言わない限り絶対に知られることがなかったっすから」

 それを聞いて、その昔、特に女は一般人であっても顔をメイクアップしていたという歴史を思い出す。女であれば誰もがメイクをしていたとは、今でこそ考えられないといっても、せいぜい半世紀前まではごく普通のことだったらしい。

「そっか、結局外界に見られるのは顔だけだし、匿名モード(ペルソナ)だったら顔すら見られないし」

「女がメイクをしなくなったのも、これのおかげだろう」

「あ」

「ん、相田君、癪にさわってしまったかな」

「いえ、さっき同じこと考えてたので」

「そうか。まあメイクとかがある時代では、顔や体の美しさなんかが人間の一つの基準だったことは間違いないからな。シェルはルッキズムを終わらせたともいえる」

「それでも私は、ちょっと窮屈さを感じますけどね」

「ええ、まあわからなくもないっすけど。でもそれはどうしてっすか。相田先輩も身障かなにかを」

「いや」

 そういわれると弱い。確かにシェルは犯罪抑止や安全確保などに加えて、外見を晒すことが無いゆえに見た目での評価を皆無にする利点も持っていた。平賀君の考えは、生活に根差した非常に切実なものだった。

「なんか、心の底から、出てみたいというか。ほら、人間も動物なんだから、基本的には外に出るべきでしょ」

 それに比べてしまうと、どうも自分の考えは、欲望じみていて身勝手に聞こえてしまう。

「生命について語るなら、こう考えることもできる。技術や知恵は人間の知能が生み出したものであり、特権だ。文系だから細かいことは知らないが、生物は進化をする、だろう? 生物はその進化をもってより良く生き延びようとするのならば、人間はそうした種の進化を知識で補っているのかもしれない」

「進化ですか」

 私は思わず自分の肩を触る。内部身体インナーがどれだけ華奢でも、またどれだけ筋骨隆々でも、シェルは均一な外見と能力を提示する。生身の私の肩と比べれば一回りも二回りも大きなこの肩、この体は、果たして進化と言っていいのだろうか。

「服を着ることは知識による進化だ。それが正当だといえるのならば、機能としては服と同じシェルだけを不当ということはできないと思うんだ」

「ロダーリ先生、やっぱすごいっすねー、さすが国語科というか、哲学っぽいっす」

 私は、その今まで散々聞いてきているもっともらしい意見に、いつもうまい反論することができなかった。





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