肉休さん
『この橋、渡るべからず』
その昔、筋肉で大抵の問題を解決する、肉休という名前のお小僧さんがおりました。
ある日、お使いを頼まれた肉休さんが、通り道にある橋を渡ろうとしたところ、手前に
「老朽化のため、この橋、渡るべからず」
という看板が立ててありました。
困ってしまい考え込む肉休さん。しばらくすると突然その場で逆立ち腕立て伏せを始めました。
「フッ、フッ、フッ、フゥゥウウ!!!」
肉休さんは難題に直面すると逆立ち腕立て伏せを行い、筋肉を一時的に肥大化させ、圧倒的な物理のパワーで解決を図るのです!
肉休さんは、あろうことか橋の根元に正拳突きを放ち始めました。鋭い一撃が命中するたびに、大きな破裂音が響きわたり、木端微塵に破壊されていく橋。老朽化していたせいもあり、あっという間に跡形もなく橋は消え去りました。
「これで、字が読めない人が気付かずに渡って、事故に遭うことはなくなりました。次は橋を架けましょう」
そういうと、肉休さんは近くの山から木を根っこから引き抜いて、橋があった場所に次々と並べ始めました。瞬く間に筏のような橋が架かりました。
「後の仕上げは大工さんに任せることにしましょう。今日も私の筋肉が良い仕事をしてくれました!」
満足気な様子でお寺へと帰った肉休さんでしたが、和尚さんからお使いを忘れていたことを叱られてしまったそうです。
『屏風の虎』
ある時、肉休さんの評判を聞きつけたお殿様より呼び出しを受けました。
「肉休よ、そなたの評判は余の耳にも届いておる。そこで一つ頼みがあるのじゃが、この屏風の虎をそなたに捕まえてほしいのじゃ。筋肉自慢のそちなら容易いだろう?」
にやにやと笑いながら無理難題をふっかけるお殿様。すると早速肉休さんは逆立ち腕立て伏せを始めました。
突然の奇行にドン引きするお殿様と家臣一同。
「フッ、フッ、フッ、フゥゥウウ!!! ところで、虎は……フッ……何に……フッ……使われるのですか?」
逆立ち腕立て伏せを続けながら質問する肉休さん。
「えっ……ああ……その……護身用じゃ……」
「フッ……では、虎の代わりに狼でも……フッ……よろしいですか?」
「んん?……いや、屏風の虎……」
「狼でも!! よろしいですよね!? フゥゥウウ!!!」「はいっ!!」
お殿様から言質を取った肉休さんは、颯爽と出掛けました。1時間後、首に縄を掛けられて、何故か異常にビクビクした様子の狼を従えた肉休さんが帰ってきました。
「ちゃんと躾けてありますから、きちんとお殿様の身を守ってくれると思います」
「……ああ……ありがとうございます……肉休さん……」
「礼なら私の筋肉に言ってあげて下さい! 今日も私の筋肉が良い仕事をしてくれました!」
それからお城では毎晩悲しそうな遠吠えと苦しそうなお殿様の寝言が響き渡ったということです。
『水あめの毒』
「肉休よ、この水あめは大人にとっては無害だが、子供にとっては毒になる。決して舐めてはいかんぞ!」
「はい、和尚様! 確かに炭水化物の過剰摂取は我々筋肉道を究めようとするものには毒になりますね! 決して舐めないようにします!」
「……おお……そうじゃな……」
肉休さんが仏の道とは全く異なる方向性の求道者になろうとしていることに一抹の不安を覚えた和尚さんでしたが、深く追求するのが恐ろしかったので、放っておくことにしました。
ところが数日経ったある日、楽しみにしていた水あめの壺を開けるとすっかり空になっているではありませんか。怒った和尚さんは肉休さんを問い詰めます。
「こら! 肉休! あれほど水あめを舐めてはならんと言っただろう! あと説教をされているときぐらい逆立ち腕立て伏せを止めんか!」
「フッ、フッ、フッ、フゥゥウウ!!! 和尚様、確かに炭水化物の過剰摂取を舐めていてはいけませんが、一方で筋肉を育てていくためには必ず炭水化物が必要になるのもまた事実なのです。炭水化物を適量摂取することで、筋肉が分解されることを防ぎ、筋肉に張りをもたらし、更なる成長を促すのです!!! フゥゥウウ!!!」
「そ、そうか……ああ、分かった……もういい……」
経典のように難解な筋肉論と威嚇するかのようにパンパンに膨れ上がった肉休さんの大胸筋に恐れをなした和尚さんは、たじたじになって退散しました。
「今日も私の筋肉が良い仕事をしてくれました! ご褒美の水あめをあげなければ!」
それから和尚さんは肉休を誤魔化すことを諦め、二人で仲良く水あめを分け合うようになったそうです。