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番外編「男女友情モノ習作」2


 メクチェートは任務を終えた後、ローリエが待つ酒場へと向かった。

 喧騒に包まれた酒場のドアを開け、店の中に入る。

 老若男女で賑わう繁盛店の一角に、ローリエはいた。しかし、彼女だけでなく、予定外の人物達が囲っている。

 まず目につくのは、上半身裸の上に豪奢なコートを来た、青い髪の男。かなりのイケメンだと思われるが、かなり手ひどい目に遭ったようで、顔がボコボコになっている。

 次に、黒いスーツ姿の、サングラスをかけた渋い印象の中年の男。静かな佇まいで酒を口に運んでいる。

 その他、ローリエと馬鹿騒ぎしているガラの悪い風体の若い男達が五人。随分大勢のテーブルだ。

「メク! 遅いじゃないの!」

 ローリエは上機嫌な様子で手を振り、メクチェートを呼んだ。

 ローリエはテーブルの真ん中に陣取り、脚を組んで座り、一際態度が大きい。周囲の男達が女王に従っているかのような光景であった。特に顔がボコボコのイケメンは完全にローリエに対し委縮し、媚びへつらっているかのように見えた。

 メクチェートは訝しい思いを胸に、眉をしかめた。

「お疲れ様です……」

「お疲れ様ー! ほら、ここ。椅子持ってきて」

 ローリエが自分の隣を指差すので、メクチェートは余った椅子を手に取り、彼女の隣に座った。

 ローリエが音頭を取ると、改めて乾杯と自己紹介が始まった。

 ここでメクチェートは自称・盗賊王のコンピラ、その他のキンピラやチンピラA~Eのことを知った。

「コンピラさんは、賞金首なんですか?」

 何か話題をと思い、メクチェートが問う。

「あ、あう~……」

 虚ろな表情でうめくコンピラ。

「大丈夫ですか? 酔っ払ってる?」

 メクチェートが何を話もコンピラは「あうー」としか言わなかった。

「よーし! じゃあコンピラ君のテンション、美しく爆上りさせちゃおー!」

 顔を赤らめたローリエがビールの入った大ジョッキをコンピラに渡し、手拍子で煽る。

「ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ! ハッハッハッ!」

 チンピラA~Eがローリエに呼応し、一気飲みするように促す。

 キンピラは渋い表情のしかめっ面でその様子を見ていた。メクチェートもしかめっ面でコンピラに視線を流す。

「いやぁ……。僕ちょっと無理です……」

 コンピラが弱々しく拒絶の態度を取るが、ローリエが「政府から凄い懸賞金がかかってるイケメンの主人公なんだからこんぐらい飲めるでしょ?」と圧をかけると、コンピラは意を決した表情でビールを一気飲みし始めた。

 一体、ローリエと彼らの間に何があったのだろうか。メクチェートはもやもやとした気持ちでウイスキーの水割りをわずかに口に当てた。

「うごぼぼぼ!」

 コンピラは口からビールを噴出させて、ぐでんと椅子にもたれ込んだ。

「ちょっとあんた、こんぐらいでへばるなんて美しくないわよ!」

 ローリエがマネキンのような固い笑顔のまま、コンピラの髪をつかみ、更に酒を飲ませようとする。

「ちょっと、もうやめといた方が」

 たまりかねたメクチェートがローリエを制止するが、コンピラはほとんど意識を失いかけているようだった。

「姐さん、倒れられたら面倒ですぜ」

 キンピラも葉巻の煙をふかしながら、嫌そうな顔をして言った。

「何? 文句あるの?」

 今度はキンピラに凄むローリエ。

「いや……」

 キンピラは顔をそむけ、もう何も言わなくなってしまった。

「一体何があったんです?」

 メクチェートがローリエに尋ねた。無理矢理酒を飲ませようとするローリエの意識をコンピラから逸らすことも兼ねる。

 するとローリエは苛立った様子で経緯を語り始めた。

「こいつらこの前、私やシュロン殿に絡んできたからボコボコにしてやったの。そしたらさっき仲間を連れて仕返しにきたから、また返り討ちにしてやったの」

「はい、はい。……彼は?」

 メクチェートが相槌を打ちながら、テーブルに崩れ落ちているコンピラに目を向けた。

「なんか私がこいつら倒したところを見てたみたいで、仲間にしたいってしつこく言い寄ってきたから、またボコした」

「それは大変でしたね」

「大変よ」

「それで、どうしてこの人達と飲むことになったんですか?」

「今日はもともとメクと飲む予定だったから、今日の支払いコイツにさせようと思って。ムカついたから」

 ローリエはコンピラの髪をつかみ、グイッと顔を上げさせた。

「あ、あう~……」

 力なくうなるコンピラ。

「それで、タダで飲めることになったら、コイツらが便乗してきたってわけ」

 ローリエがチンピラ達の方を向くと、彼らはヘラヘラと会釈した。

「こいつら、組を抜けて姐さんの子分になるって言うんだ。参ったよ」

 キンピラは困った様子で言う。彼はローリエをすっかり『姐さん』呼ばわりしていた。

「皆さん、本職の方ですか」

 メクチェートが聞くとキンピラが「ウチは冥鬼組だ」と答える。

「あ、そうなんですか」

 とりあえず、当たり障りのない返しをしておく。

 冥鬼組は王都の裏社会の中では二番手ぐらいのヤクザ系ギルドだ。武闘派で知られ、最大手のヤクザ系ギルドである冥龍会や、治外法権とまで言われている在冥魔界人・魔僑の縄張りにまで積極的に奪いに行っているという物騒な話も聞く。随分危険な連中相手にケンカをしているローリエに、メクチェートは内心ヒヤヒヤする思いだった。

 一方で、ワルキュリア・カンパニーで管轄従者をやっているローリエの強さも改めて再認識させられる。凡百の武芸者、魔術士でも努力次第でよっぽど才覚、センスに劣る者でなければ中核従者にまでは昇格できる。ワルキュリア・カンパニー内では平従者より一個上なだけの中核従者だが、冥王軍に行けば上級兵士やエリート兵士として問題なくやっていける戦士達である。

しかし管轄以上となるとそうはいかない。生まれ持った才能や、元々身体能力が高く戦闘に適する種族であるかどうか、また幼い頃から戦闘の資質を伸ばせる豊かな環境に生まれ育ったかが影響してくる。

「姐御、俺達もワルキュリア・カンパニーに入れて下さい」

 チンピラAが言う。どうやら二度に渡りローリエに叩きのめされ、すっかり惚れ込んでしまったらしい。

「あなた達は美しくないから駄目。ウィーナ様にお仕えするには相応しくない」

 すげなく断るローリエ。メクチェートは彼女が変な約束でもしやしないかと心配だった。

「そんなあ」

 チンピラBが残念そうな表情を作る。

「お前ら、その辺にしとけや」

 キンピラが舎弟のチンピラ達を睨み据えると、とりあえず彼らは大人しくなった。

そもそもこの連中は複数人でローリエに獣欲丸出しで言い寄り、返り討ちに遭うと仕返しに仲間を引き連れてくるような奴らだ。何でそんな連中と馴れ合う必要があるんだ。メクチェートはそう思って酒を煽る。


「ちょっとトイレ行ってきます」

 メクチェートは便意を催し、一旦席を立った。

 

 トイレで一人、用を足していると、窓から数人の女性の声が聞こえてきた。

「奥のテーブルの集団、さっきから凄くうるさいよね」

「あの怖そうな人達の集団でしょ? 一人だけ女いる」

「そう、結構イケメンの人がいるんだけど、青い髪の。その人をいじめてるっていうか、あの女がめっちゃ悪態突きながらながら無理矢理飲ませてて可哀想なんだけど」

「思った! 可哀想って言うか、雰囲気悪いよね」

「あの赤と緑の凄い外見した人でしょ? ヘソ出しの鎧着た」

「うん、あのヘソ出し女の顔、絶対整形だよね」

「あ、思った。もろに『セタサーガ顔』じゃん」

「めちゃめちゃ表情が固いよね。さっきキレてても笑ってるみたいだったし。怖いよね」

「怖い。表情が失われちゃってるよね。目も切り開いて大き過ぎるし」

「ずっと口角吊り上がりっ放しだし、人形みたい」


挿絵(By みてみん)

※有料イラストオーダーサイト「skima」にて漉粋鹿様に依頼


「セタサーガ行くとあれと同じ顔ばっかりで不気味なのよ」

「へぇー、そうなんだ」

「そんであのヘソ出し女さぁ、ただでさえあんな背高いのにめっちゃ高いヒール履いてて。あり得ないでしょ」

「普通に周りの男より背高くってビビるよね」

「『男が全額支払うのは当然』とか言っちゃって」

「男がおごるにしても、普通500Gか600Gぐらいは出すのが常識でしょ?」

「そうそう! 全部男が出すにしたって、せめて会計のとき払うそぶりぐらい見せるでしょ普通?」

「普通あんな堂々と宣言しないよね」

 トイレの窓から、女性達の失笑が漏れてくる。とっくに小便は出尽くしていたが、思わずメクチェートは便器を前にして外の声に耳を傾けてしまっていた。

「あのヘソ出し女、そんなにヘソを周囲に見せつけたいのかしら?」

「ヘソっていうか、くびれじゃないの? 腰の」

「ああー、なんか異様にくびれてるよね。自然な感じしないよね」

「顔以外も『お直し』してるんじゃないの」

「そんなこともできるの?」

「セタサーガでなら最近できるって聞いた。でも凄くお金かかるって話」

 彼女達の話は図星である。メクチェートは知っているが、ローリエは顔以外、胸や腰、脚など、ほぼ全身を美容矯正している。

 胸は柔らかい魔導物質を注入して大きくし、


挿絵(By みてみん)

※有料イラストオーダーサイト「skima」にて漉粋鹿様に依頼


腹部は肋骨を何本か抜くことで腰のくびれを強調し、


挿絵(By みてみん)

※有料イラストオーダーサイト「skima」にて漉粋鹿様に依頼


脚には骨に矯正の魔法をかけることで時間をかけて長くした。


挿絵(By みてみん)

【ショーウインドウのマネキンのような体型に憧れ、骨に魔力を注ぎ込んで伸ばした結果、自然界では不自然なほど脚を長くし過ぎてしまった。そして、創作の世界の『11頭身』を実現させることにこだわるあまり、身長は180cmまでになった。ただ、彼女が本当にそれを望んでいて、この姿を気に入って後悔していないなら、寧ろ自分の意思でつかんだ(金は金持ちの親に全額出してもらっているが)のだから、むしろ先天的な美貌より尊いものなのではないかとメクチェートは思っている。】


 彼女の家が裕福な貴族なのでその莫大な手術費用を捻出できるのだ。

 まだ女達のぼそぼそとした声は聞こえたが、メクチェートはトイレを後にして、テーブルへ戻った。

「もう疲れたからおひらきにしましょ」

 早々にローリエが切り出し、メクチェートは若干救われた気分になった。この初対面の連中と飲むのは居心地が悪い。

 コンピラは本当に全員分の飲み代を払えるだけの金を持っていたようで、フラフラと会計を済ませ、一人夜の街へ消えていった。あの無残な顔を初め見たとき、回復魔法をかけてやろうと思ったが、ローリエから事の経緯を聞いてやめた。明らかに一方的に勝負を仕掛けてきた彼に非がある。ローリエは振りかかった火の粉を払っただけだ。

 コンピラが去った後、チンピラ達が二次会に行こうと言い出した。

「でも私もう疲れちゃったわ」

 ローリエが面倒そうに言う。

「今日から俺達姐御の子分になりますよ!」

 チンピラDが言う。

「ローリエ組の団結式と行きましょうぜ!」

 チンピラBも調子よく合わせた。

「その美しさに乾杯!」

 チンピラAがそう言うと、ローリエは人差し指を頬に当て、まんざらでもなさそうな様子で思案し始めた。

 メクチェートがローリエに目配せし、小刻みに首を横に振るが、そのメッセージはローリエに伝わらない。

「てめぇら、いい加減にしねえか!」

 キンピラが腹の底から出したような声を上げ、舎弟達に凄んだ。

「うるせー! もう冥鬼組で冷や飯食うのはうんざりなんだよ!」

「先代から代替わりしてからすっかりケツの穴の小さい組織に成り下がっちまって!」

 チンピラ達がいよいよ大っぴらに兄貴分に反抗的な態度を取り始めた。

「何だとテメーら! 破門されてぇのか!」

 キンピラが怒りの形相でチンピラAの胸倉をつかむ。

「おお、するならしろってんだ!」

「こっちから願い下げだぜ!」

「これからはワルキュリア・カンパニーでローリエの姐御の下で働くことにしたんだよ!」

「だったらケジメをつけろ! 指を落とせ!」

 キンピラが火のついた葉巻をチンピラ達に投げつけた。それを見て一層怒りの度合いが上がっていくチンピラ達。

 キンピラとチンピラA~Eの罵り合いは続いた。周囲の通行人も目を合わせないようにいそいそと通り過ぎ、中にはくるりと後戻りし、通り過ぎることすら回避する者すらいた。ヤクザ者同士の仲間割れを道のど真ん中でやっているのだから、当然のことだろう。

「ローリエ殿」

 メクチェートは言い争うヤクザ者達をよそに、ローリエの腕を引っ張ってその場から逃走した。

「ちょ、ちょっと!」

 慌てて足並みを揃えて走るローリエ。ローリエはバトルピンヒールを完璧に履きこなせており、いざとなれば悠々と走ることができる。


 しばらく走り続け、二人は人気のない裏路地に取りあえず身を隠した。

「ここまで来れば大丈夫か」

「ちょっと、何よいきなり。あ~、酒が回る」

 ローリエが気分が悪そうにして言った。

「ああいう連中とは関わらない方がいいですよ」

 裏社会の人間と接点など持ってもろくなことにはならないだろう。どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではない。ましてや、ローリエのように一際目立つ若い女性ならなおさらだ。

「……そうね、確かにめんどくさそうね」

「それにあいつらがローリエ殿に何をしようとしたか。そんな奴らと意気投合するなんて。相手は六人がかりで、もしローリエ殿がやられていたら何をされていたか分かりませんよ?」

 メクチェートが忠告すると、ローリエは思い出したように怒り始めた。

「そうよ! そうなの! 私は前からそれを言いたかったのよ! あいつらあんな慣れ慣れしいけど、私がたまたまあいつらより遥かに強かったってだけで、なんかあいつらが『参りました子分にして下さい』的な流れで飲むような感じになって」

「はい」

「もし私が普通の女の子だったら今頃どうなっていたか!」

「でしょ? 正直言って、犯されて殺されてもおかしくない。内心肝を冷やしましたよ」

「あー、みんなしてチヤホヤするからあんま気にならなかったけど、思い出したら腹立ってきた! 挙句の果てにウチに就職したいですって? ふざけんな!」

「とりあえず帰りましょう」

 二人はメクチェートの家や貴族街のある方向に向かって歩き始めた。

「もうあの店には行かない方がいいですよ。またあの連中と会うかもしれないし」

 メクチェートは、トイレで耳に入ってきた女の会話を思い出しながら言った。あの店だと、いつああいう会話がローリエの耳に入ってもおかしくない。

「他にいい店あるかしら。どっか知ってる?」

「あ、私他に店を知りませんでした」

 王都の酒場事情には疎いメクチェートであった。

「何よそれ」

「申し訳ありません」

「……もっと客層がいい、静かに飲めるお店知ってるけど」

「あっはい」

「そこ、ゲートの内側なの」

 ゲートの内側。貴族街のことだ。

「そうですか……」

 身分の差か。メクチェートは心の中でつぶやき、薄暗い空を見上げた。

「まぁ、メクの家で飲んでもいいよね」

 そう言い、ローリエがメクチェートの肩に腕を回した。

「今度どこかいい感じの店探しときます」

「いや、探さなくていいわ。メクの家で、家飲みすればいいから」

「え~……」

 多分、今日これからも自分の家に寄っていくつもりなのだろう。下手をすればまた泊めることになりそうだ。

 酔った二人は、とりあえずメクチェートの宿がある宿場通りへ向けて歩いていった。


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