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女性、生きる、異世界、何で?  作者: かっちゃん
第一章 転生
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七話

『…なるほど。前世で死んで、転生した。神に適当に放り込まれた地が偶々この森だったと』

『そう!その通りです!』


あれからしばらく、私は狼さんに事の顛末を説明した。

前世があり、死んだ事。その記憶があること。マルシャという神と会ったこと。適当な森に育児放棄されたこと。


『つまり、お前は神の子というわけか?』

『いやー、そういうわけではないんですけどね』


あのおっさんの子供などやめてほしい。心外にもほどがある。


『違うのか。そうなれば一層お前の存在は奇妙なのだが…』


それは否めない。私だっていきなり前世だの神だの言われたら、話者は何か神格の存在だと思ってしまうだろう。だが残念。私は全くこれっぽっちもそんな高尚な存在ではない。ただの元OLのゴミクソ赤ちゃんだ。

そもそもそんな高位な者であれば、もっと丁重に扱われてしかるべきであろう。しかし現実は非情である。森中に放置される神などあって良いはずがなかろうて。


『正直、お前の話は全く信用できないな。現実味の欠片もない』


ですよねー。


『しかし赤子の癖に小うるさいのは事実。耳障りだから黙らせに来たのだが、先程の様子を見る限りでは息の根を止めるというのも難しいらしい。困ったものだな』


あ、この狼私を殺すために来てたんだ。ひぇっ…。


『まぁ良い。俺はこの近くで眠っている。静かに眠ることが俺の望みだ。あまりぎゃーぎゃー喚き立ててくれるな。平穏でありたければな』


わかりましたー!至極静謐に、物音一つ立てないように日々を過ごしてまいります!!


『それで良い。ではな、奇妙な赤子よ』


はーい!バイバーイ!!

また会う日まで!さようならー!!

さーよーおーなーらー!!!!


……


……


…ふぅ。寿命が2、3年は縮んだぜ。

まさかこの近くにあんな化け物が住み着いていたとは。ホント驚いた。


しかし悦ばしきかな。人生最大の危機は去った。齢1日だけれど。危機は危機だ。

これでようやく平穏なベイビーライフが再開するってもんだぜ!


ふと、何かが聞こえた気がした。

声…?いや違う。これはそんな可愛いものじゃない。

もっと獰猛で凶暴な……。例えばそう、犬の唸り声のような……


「グルルルル……」


見覚えのある犬っころが3匹、よだれを垂らしながらこちらを睨んでいた。


『ちょちょちょっっっと待ってくだひゃい!!??狼さん!ねぇ狼さん!!??』


家路を歩いていた狼さんが怪訝そうにこちらを振り向いた。


『…何だ赤子。穏やかでありたければ黙っていろと、そう言った筈だが』


とんでもない威圧が私を襲った。怖ひ。おしっこ漏れそう。あ、漏れた。

けれど私も負けてはいられない。私は悟ったのだ。もはや私に穏やかな日々など過ごせよう筈がない。前門の狼後門の犬っころである。ならば私は狼を選ぶ。どちらも死にそうなほどしんどい相手だが、言葉が通じると言うだけでまだ救いがあるというものだ。それにこの狼さんの近くにいれば他の雑魚に襲われる心配はないのだ。こんな格好のパトロン、逃さない手があろうてか。


『いや、あの!なんていうかですね!もしかしたら、あの、私をあなたの巣に連れて行ってほしいなぁ!…なんて!』

『……去ね』


狼さんが再び歩を進めた。


『ちょまっ!!ほんの少し!ほんの2、3ヶ月程度で良いんです!!それを過ぎたらさっさと出て行きますから!!』

『なぜ俺が3ヶ月もお前の面倒を見なければならんのだ。利がない』

『それは…確かに!否めませんけど…!ほら!一人というのはさみしいものでしょう!?話し相手がいれば退屈な日々に彩りが生まれるってもんですよ!』

『いらん。俺はただ眠りたいだけだ』

『そう言わずにどうか!そこをなんとか!!』

『いらん。黙れ』


狼さんが離れていく。

やべぇやべぇやべぇ!これじゃあこの先ワンちゃん専用おしゃぶりになってしまう!

毎日毎日よだれまみれでベトベトになって、腐った肉と卵の匂いに塗れて汚され、終には人間としての威厳すらも失ってしまう。二度と立ち上がることさえできなくなる。

それはいけない。私の晴れやかな異世界ライフがヨダレと腐臭の臭いに塗れた暗黒の世界へと堕とされてしまう。生きる生きないの話以前の問題だ。間違いなく私は死ぬ。人として。尊厳ある知的生命体として。


それはいけない。


『ちょっと待って!狼さん!ちょ、狼さ…お…!グレイスさん!!』


全身に寒気が走った。

明確な殺意が私を襲う。超重量の死の塊が私を貫く。


あ…これ、もしかしてアレか。

悪手か。


狼がゆっくりと振り向いた。


『なぜお前がその名を知っている……?』


黄金の瞳が見開かれ、私を睨む。

確信した。これだけで人を殺せる。


…まずい。非常にまずい。

これはもう挽回不可能なほどにまずい。

不味すぎて吐きそうになる程である。吐くものが何もないことが救いか。


だが私も負けてはいられないのだ。

怒らせたとはいえ、こちらに興味を向けたことは僥倖である。

ならばこれを利用するしかない…!!


『なん…で…だろうねぇ!それはもしかしたら、私が"あのこと"に関係しているからかもしれないねぇ!!』


あのことってなんだよ。ホラ吹くにももうちょっと工夫せぇよ。


『ほぉ…語る言葉は持たないと。中々殊勝な心がけだな。…何が望みだ?』


食いついた!!

しかし何だこの狼。名前がそんなに重要なのだろうか。

口をついて名前を読んでしまっただけでここまでお話できるとは。

正直そこまで効果があるとは思っていなかった。運が良い。


『話が早いね…!望みはさっきから言っている通り。私を3ヶ月庇護して下さいお願いします本当にお願いします足でも土でもお舐めしますから!』

『いらん、汚い。だが、3ヶ月お前を外敵から保護すれば、お前の知ることを話すというのだな』

『はい!はいそうです!!心から誓います!!』

『……そうか。わかった』


狼が視界から消えた。

ふぇ!?


上方向から風を感じた。

風は段々と強くなる。


耳元で、何かが落ちる音がした。大きく重い物体であるはずだが、音はとても軽く、まるで一切のエネルギーを感じさせなかった。


『巣に連れ帰るというのも嫌なのでな。疫病神を寝床に連れ込むなど問題外だ』


そう言うと狼さんは私を覆うように蹲った。


『今から1ヶ月で、お前に敵への対処法を教える。基礎の基礎に過ぎないが、全て体得できればあの犬程度なら何もせずして倒せる。それで納得しろ』

『は、はい!!』


願ったり叶ったりだ。正直、3ヶ月狼さんに守られるだけだったらその後が心配だった。首が座ったからといってハイハイもままならないような状態で森中に放り出されても、同じ悲劇が繰り返されるだけである。

戦える力をくれるというのなら、それ以上のことはない。


狼さんは面倒そうに私を見つめた。


『ゆめゆめ忘れるな。約束を違えば殺す』


マジだ。これは正真正銘マジでヤる目だ。

お腹の奥がヒュンとした。


『は…はヒィッ!』


声が裏返った。

心の中なのに。

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