五話
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!???????
っざっけんなお前!!!っざっけんなお前!!!!!!っざっっっっけんなお前!!!!???
ワンちゃんの歯が頭に食い込む。ものすごい力で噛まれているのがとてもよくわかる。
中学生くらいの頃、手持ち無沙汰に技術室の万力を弄っていたら先生にこっぴどく叱られた覚えがある。あの時は怒られる意味が全くわからなかったが、実際に体験してみるとよくわかる。
こりゃやばいわ。何かに潰されるってこんにしんどいのね。どうやら先生は正しかったようだ。
あー痛い。めちゃくちゃ痛い。こらこら振り回すな。首を体から引きちぎろうとしないでください。まだ首が座っていないんです。あなたの運動に抵抗できないんです。ほらほら、体がものすごい速度で回転しているよ。初めての感覚に少し楽しさを覚えてしまう。
…まぁ、こんなに攻撃されていたらいやでもわかるね。「死なない」の意味。
攻撃されたら痛い。めちゃくちゃ痛い。正常に危険信号を感知することはできるということだ、
けれど体は怪我を負わない。出血すらしないのだろう。擦過傷は負うのだろうか。とにかく体がめちゃくちゃ頑丈になっていることは分かる。
だって今の状態すごいもん。頭をワンちゃんに咥えられて、そこを支点に体がブンブン振り回されている状態よ。人間扇風機状態。普通ならすでに死んでるよ。頭と胴体が綺麗さっぱり分離している筈。
最初はめちゃくちゃ痛かったし凄く怖かったんだけどね。慣れるとこんなもんかと思ってしまう。ちょっと風変わりな絶叫マシンに乗っている感覚。痛みは相変わらずあるけれどもう慣れた。注射に慣れた頃もこんな感じだったのだろうか。
しかしいつまで続ける気なんだろうね、この子達。意地でも私を食べたいらしい。あの手この手で私の肉を食いちぎろうとする。
そりゃそうか。赤ん坊とはいえ3000g前後はあるだろうこの体。無抵抗で横たわっている新鮮なお肉。野生の動物からしたら逃すことなどできないご馳走なのだろう。
不満点はいくつかあるが、とにかく一番気になる点はあれだ。
君たち、よだれが臭い。腐った肉とか卵とか、不快極まりない臭いが強烈に私を襲っている。私、身体中君たちのよだれでベトベトなんだけれどもどうしてくれるの、これ。乙女にとって体臭は大敵なのだけれど。
あ゛ー、いつまで続くんだよこの地獄。無理なものは無理なんだからさっさと解放してほしいものだ。
痛みに耐えるのも辛いこの頃である。気を紛らわせるために歌でも歌おう。
いやだー いやだー もういやだー
寝れず 歩けず 座れもしねぇ
異世界生活 初日というが
ハーレム チートも ありゃしねぇ
ーーブォン!
「ぉ…?」
突如体が空中浮遊を開始した。
無重力状態にお腹の下がフワッとなる。
どうやらワンちゃんに思い切りぶん投げられたらしい。
ははぁ…。なるほど。分が悪いと判断してようやく諦めてくれたというわけか。
はん、所詮は犬っころ。人間様に楯突こうなどウン万年早いわ。
こちとら神様がバックについてんだ!恐れをなせ犬畜生が!
ざまぁみろ!おとといきやがれ!バーカ!バーカ!
バーーーーーーッッカ!!!!!!!!
「ぎゃふぅっ…!?」
地面に激突。綺麗に顔面から着地した。
…フゥ。とんだ災難だ。まさか転生初日からこんな目に合うとは思わなかった。
本当これ、マルなんたらのおっさんの加護が無かったらマジのガチで死んでいたよね。
お陰で助かったというか。そもそも森の中に放置するなというか。
ーー……ルル…
まぁなんでも良い。いずれにせよ助かったことは確かだ。よかったよかった。
それに自分の中にあった疑問も一つ解消できた。マルなんたらのおっさんの加護の効果についてだ。どうやら生首だけで5年間放置とかいうことにはならないらしい。安心した。
とかく結果オーライである。最高の釣果と言って良いのではないだろうか。
…身体中ワン公のよだれでベトベトなことを除けば、だけれど。
ーー…グルル……
しかしさて、一歩進みはしたものの話は振り出しに戻った。
また起きれず座れず歩き回れずの状態が始まった。
正直これで数週間過ごすと言うのも辛いものがある。
考える作業もそんなにずっとやっていられるものじゃないし。
確か、人生において最も苦痛なものは労働ではなく余暇であると言っていた人がいたようないないような。
全く同じ景色の中硬い地面に延々と横たわり続ける。想像しただけで廃人になってしまいそうだ。
一体どうしたものか。
ーーグルルル…
私は今うつぶせの状態である。地面に顔面着地した後から体勢を変えていない。
だから周囲に一体何があるのかなんて全くわからない。
分かりたくもない。
ちょっと湿り気を含んだ生暖かい風。
酸っぱさと甘さが6:4の割合くらいで感じる空気の臭い。
耳を刺激し背筋を震わすほどの、重く響く唸り声。
極め付けは存在感。
さっきのワン公達とは比較にならないほどの、底を知らぬ強烈な存在感。
ーーグルルルル…
恐る恐るそいつの方へ視線を遣る。
首は動かせないから、体ごとゴロリと横を向く。
月光に輝く銀の毛並みに黄金の瞳。
むき出した牙は大きく鋭い。けれど汚らしさは微塵もない。
ピンと立った耳と尻尾はふさふさで、佇まいと共に品の良さすら感じさせる。
獣にそぐわぬ精悍な容貌は、そいつが生物的に上位の存在だと嫌が応にも知らしめている。
体長10mはあろうかという巨大な狼が、じぃ…っと私を見つめていた。
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名前:グレイス・フォン・エンヴァレンス
性:男
種族:シルバーウルフ
身体能力
戦闘力:1,022,014
100m走:約1.12秒
咬合力:約12,600t
固有スキル:
意思疎通
進化の奇跡
キル数:
人間種:120
亜人種:256
称号:アプリシアの死神
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…はい。死にましたね。これは死にました。
戦闘力100万ってなんやねん。チートか。
さっきのワンちゃん20万匹分て。20万匹分て!
あと噛む力強すぎな、あなた。多分鋼鉄も噛み砕けるよね。地球上の何もかもが豆腐と大差ないよね。怖っ!
こんなもんもうあれやん。プチっといくやん。触即潰やん。死ぬって!死なんわけないって!死ぬって!
しかもまぁ。ご丁寧に人間も殺しちゃっててアラアラ。もしかして人食い狼様でございます?
終わりだよこれ。もう完全に終わりだよ!丸呑みにされて胃の中で5年間過ごして人生終了だよ!
ふざけんなコラ!まじでもうコラ!ほんともうバカ狼!!!オラゴラ!!!!
…ふぅ。吐くだけ吐いたぞ。スッキリした。
良し!
短い間でしたが、皆様ご愛顧ありがとうございましたー!!!
……
……
……
…ん?
固有スキル…?
意思疎通…??
んん?
目を見遣ると大狼も綺麗な黄金の瞳で見つめ返してきた。
そのまま数瞬が過ぎただろうか。
突如、頭に「声」が響いた。
『…お前、ただの赤子ではないな?』
…わぁーお。