一話
「ほれ、起きよ。世話の焼ける子じゃ、まったく」
目を覚ますと、何もない空間にいた。
真っ白な空間。まさに余白そのものと言っても良いような。
いや、何もないというのは適当ではない。
私の目の前には、なんか、変なおっさんが立っていた。
身長は30cmくらいの、ボールみたいにまん丸なおっさん。
一丁前に高級そうな袈裟?みたいなやつを身にまとっている。
「お?その顔あれか?何がなんだかわかりませんと、そう言いたげじゃの」
…まぁ、そりゃその通りなのだが。
説明でもしてくれるのだろうか。
「よいよい、何も言わずともわかるわい。ちゃんと説明をしてやるからの。そんなに不安がらんでも良い良い」
あ、割といい人そう。
おっさんは宙に手をかざすと、「フラヤムゲルン・ルンバ」とかなんとか言い出した。
…あ、やばい人だこれ。
「誰がやばい人じゃ。失敬な」
…え?
「ほれ。この図を見るが良いぞ」
そう言っておっさんは、いつの間にか空中に映し出されていた大きな地図を指差した。
世界地図?のような見た目だが、よく見ると大陸が私の見覚えある形をしていない。
どこかの小説とかアニメの地図だろうか。
「この地図、お前さん見覚えあるかいの?」
「…?いや、ないです」
「まぁ、そうじゃろうの。お前さんはもうすぐこの世界に転生することになる。まあ転生言うても赤ん坊になってそこら辺土の森に転がすだけじゃけどな。じゃから少々世界の常識について解説しようと思うとるわけじゃ」
「へぇ…」
「…なんじゃ。反応が薄いのう。もっと驚くところじゃぞ、ここは」
驚くところったって…。
「あの、ごめんなさい。ええと…お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「名前?無いわ。気軽にマルシャとでも呼ぶが良い」
「マルシャさん。失礼を承知で申しますが、あの、マルシャさんのおっしゃっている言葉の意味がよく理解できず、正直、どう反応すれば良いのか困っているのです」
「ふむ」
「あの、もう少し詳しく教えていただくことはできませんか?」
ふむと頷くと、おっさんはとうとうと話し始めた。
それらを要約するとこんな感じである。
私は死んだ。だから転生した。
転生というのは世界の条理らしい。意思ある者ならば誰もが転生するという。
転生したあとは、どこかの世界に送り込まれ、再び生を全うすることになる。
その際、前世の記憶は抹消されることもされないこともあるらしい。今の私の場合は後者。記憶の抹消がされないまま転生するケース。
このケースでは転生者は人から生まれない。どこか適当な場所に未熟体で放置される。
そうなると転生者に教育をする者がいないこととなり、とても不便である。
そこで転生する際、事前に転生先の世界の神様が世界の常識について一通り説明をする。
説明を終えたら晴れてその世界に放り込まれることになるという。
「と、そういうわけじゃ」
「ははぁ…。なるほど」
ということはあれか。私は今からどっか適当な森に放り込まれるわけか。
「…それ、私すぐ死んじゃいません?」
「安心せい。転生して5年程度は絶対に死なない加護っちゅうもんをつけちゃる。じゃから少なくとも5年は死なん」
「はぁ…さいですか」
つまり5年間独りで生活して、生きる術を身につけろと、そいういうことだ。
「まぁ…頑張ってみます」
独りの生活というのは寂しそうだが仕方ない。そういうものだというのなら何を言っても始まらなさそうだ。
「わかりました。では説明というのはそれだけですか?まだ何かあります?」
「いや、しろと言われとる説明はこれくらいじゃな」
へぇ、本当に最低限なんだな。もうちょっと親切にしてくれても良さそうなものを。
「じゃあわかりました。良いですよ、転生を始めてください。頑張ってみます」
まあいいや。やってみるだけやってみよう。話はそれからだ。
「……」
「……?どうしたんですか?まだ聞かないといけないお話が?」
「…いや、せなならんことは話したんじゃがな」
「はぁ…。では、何か?」
「んー…。お主、なんか疑問点とか無いんかいの?今の話を聞いてすごく不安に思ったこととか」
「疑問点?…いえ、特に思い当たらないです」
「んー、そうか…」
一体なんなのだろうか。もうちょっとお話をしたかったのだろうか。やはり神とは言っても、この何も無い空間で独りというのはさみしいものなのだろうか。
「いや、そういうわけではないんじゃけどの」
あ、やっぱりこのおっさん私の心を読んでいる。どうやらここで目覚めた時から私の心は丸裸だったらしい。
おっさんに丸裸にされる女子とか、ひどい字面ではないだろうか。
「あー…もうよい。ではさっさと転生させるぞい」
あ、呆れてる。そっち系のネタはお嫌いらしい。
「…一つだけ、言っておくぞい」
ん?
「これはただの年寄りの助言とか、そういうものなんじゃがな。まあ聞き流してくれても構わん」
はぁ。
「もうちょい広い世界で生きた方が良いのではないかの、お主は」
「…?…善処します」
「では、良き異世界ライフを祈っておるぞい。''マシャラララフラフレライラ''」
視界が光に包まれた。