チェス盤で熊を彫る。
さて、カリン女伯はどうするつもりかな。まあ私が「きたで」って言った時点でゲームの内容が変わるからね。私というクイーンを放り込んでチェスでもリッタ王子は負けてないだろうしその上私がチェス盤で熊を彫りはじめようというんだから手も足も出ないはず。
まあ出す必要もないんだけどね。私はマーティス領を食わせに来たんだから。鮭を食む木彫りの熊がイストワール西の玄関にできあがりだ。鮭を釣ってこないとね。貿易ルートの確保も必要か。どこを通したらいいんだろう?
北の辺境伯はノーゼリアだの山賊だのと拗れすぎてるから直接手を入れないと駄目だろうし東の公爵家は……おそらくカンポス王子が手を入れにいったんだね。大変なはずだ。
つまりリッタ様とカンポス王子が二人でうちに来てからすぐに、手を読んで策を練って動き始めてたってことか。……リッタ王子が黒すぎない? 見た目乙女ゲーのヒロインなのに。
おっと、女伯が帰ってきた。長かったね。マーベルとリンヤと話し合うにも子供やメイドがいるからね。ここはなにもしないのがいい手でしょ。さて、どこから切り出そうか。
「お待たせしましたわ。ゴミは銀糸で縛って川に流してきましたわ」
んん? つまりあの息子に銀を持たせて南に派遣した? なんで? なにかラグラにちょっかいをかけた? ただのリート領との取引? どちらでもいい?
「……リートまで流れそうですか?」
「ラグラの豚の屍に引っ掛かるかと」
うへえ。屍呼ばわり。マーティスではラグラを切り捨てる気持ち満々なのね。それで手を打ったのか。どうなるの?
「リンヤ、どうなるの?」
「屍に等しい死にかけの豚が暴れるんじゃないの」
臭そう。小角湿原に進出する向きが濃厚だね。こちらとしても思惑通りなんだけど、息子に手を出されたならマーティス領も黙ってなくていいのか。貴族汚い。貴族汚いなー。
「じゃあ山を切るのは臭くない北側かね、陛下は山歩きに行くかい」
「そうするつもりだけど、女伯は?」
「いい白ワインがあるんですの。いかが?」
山を掘るにしても争うにしてもそうせっつくなってことね。しかし手を打つのが早い人がここにも。ラグラを刺激して単独で小角を攻めさせるつもりだね。手は汚さないと。ラグラが勝てるとも思ってない風だね。それなら私に言わないだろうし。ラグラに溜まってる膿は吐き出しておきたいのか。リートと繋がろうというんだね。
それで私は北か。公爵じゃなくて辺境伯を刺激していくスタイルね。辺境伯領はたしか領民が山賊化しまくってるんだよね。それが南下してくる。マーティスにはその山賊を抑える手があるの?
おそらくは辺境伯と繋がって挟み打つ手なんだろうけど。なんだろ、チェスがリバーシになってるみたいだね。……腹黒王子の黒い笑顔がちらつくのは気のせいじゃないんだろうね。
「海老とか蟹とかシーサーペントとかお米、胡椒、塩、全部で二百トンくらい持ってきてるんでそれをつまみにしましょうか」
「……豪勢ですわね」
もちろん何回か来る予定の一回で二百トンだしネリンやメイレンの植物成長促進能力で生産量は上がるから小角湿原の余裕はさらに増えるし、こちらの伯爵領の食料も芋が中心とはいえなかなかの量だ。その上で銀をリートにでも回すか……公爵領から王都に回せばさらに食料を得られる。
伯爵領の人口って多くて五万人くらいかな。兵士は千五百人出せたら多い方か。そう考えると一族の半分から全部が兵士になってる小角族が異常なんだけど、そこは襲われる民族だから仕方ないね。王の直轄領でマーティスの、十倍くらい?
二百トンあれば一回戦争するなら十分な食料だ。それだけ提供したら喜ぶかな。自前の食料もあるし。まあこれ一回では済まないけど。伯爵領を食べさせれば山賊はこちらに嬉々としてなだれ込むだろう。だからいきなり東は開拓できない。辺境の安定を計ってから勝負をかけるしかないね。
……小角族の兵士を出すのは無理なんだろうか。できるとしたらまずはラグラを片付けしないと駄目だけど。ラグラに小角族が攻めいる?
あのちびっこが群れをなして豚を殴ってるのを想像してしまった。浦島太郎か。子供がすごい人数だから浦島太郎が殴られそう。百人からの子供に殴られる浦島太郎を想像してしまった。
まあそれなら私だけでも北向きに動けばいいかな。そう、資源確保と一緒にゴブリン退治くらいしても問題にはならないだろう。そのためには……。
「ふむ、北を開拓、銀を北回りで王都に送ってみるのは?」
「あら、面白そうね」
「んん 陛下、なんか黒いこと考えてない?」
「ゴブリン退治くらいしても問題ないよね? マーベル、あとで梅干し食べさせてあげるわ」
「勘弁してくれ」
「私はリッタ様みたいに黒くないしおへそも曲がってないからね!」
「黒いし曲がってると思うぜ」
「……北と南で同時に銀を運ぶんですの?」
「いや、南は小角族に任せるから北の山賊を釣りたい」
「釣り好きねえ」
「陛下に釣られるとは運がない」
「餌はなににする?」
「それならば食料品を北にたびたび運んでいますから大きな餌をつけて投げ入れればすぐに魚も動きますわ」
「ちょうど二百トンほどあるけど、これはここの領地で食べてほしいからね、もう一回くるとして……」
「やっぱり食料確保か」
「釣りできるわね、ユーミ」
「当然やる。期日と量は?」
「そうですわね……」
北に運ぶ食料としては夏が終わるまで百日で250トン、最大1000トンあればいいらしい。それだけあればマーティスでもご飯が食べられるし、山賊も南を向くということだ。別に銀を売ってリートから数千トン食料を確保すると、かなり豊かになるから多方面から目をつけられるだろう。芋もあるしね。
まずは北の山で銀を探そうか。採掘はまかせろー。バリバリーっと掘りますよ。
とりあえずカリンさんとシーサーペント焼きで白ワインを飲むことにした。焦っても仕方がないからね。
「シーサーペントなんて山領で食べたのは私が始めてかもしれませんわね」
「意外と美味しいでしょ?」
「魔力の強い魔物は美味しいですものね。……そういえば山を掘れるなら港は作れませんか?」
「作れるよ。海に接してたっけマーティス?」
「接してますわ! ちょ、港ができたら輸出入もできるしいろいろ問題解決ですわ!」
「あ、はい」
カリンさん、今日一番の大声である。いや、海に接してるならゆーてや。マーティス領意外とポテンシャル高くない? リートと摩擦が生まれないといいけど。そういえばダンジョンとかないのかな。
「ありますわよ。……野菜が採れるダンジョンとか」
「それで芋が多いとか?」
「美味しいですわよ」
さすが芋女伯だね。つか普通に芋好きなんじゃん。でもこれは予定変更かな。南に行って港を作るよー。
シロル「陛下はいつ帰ってくるのかな」
エハル「僕出番あるのかなあ」
シロル「陛下の心配しろや!」
モヒート「くあー?」
エハル「モヒートはもふってもいいんだよね……」
シロル「お、おう」
ルル「私ももふるわ」
ハーチア「……くっ、常時水浸しにしてやる鳥野郎!」
ユーミ帝国は今日も平和です。