▽野生の聖女が現れた!
おまけのお話。本編に関係ない上に頭がおかしいです。
正直ストックが減ってきた。
(side インフォメーション)
それは昔々のことじゃった。
少女ルーナはアーカス帝国と呼ばれる国の小さな村の農奴の娘じゃった。畑の野菜を盗んでは「ひょはー!」とか叫びつつかじる、少し頭の弱い娘じゃった。
十歳になったある日、ルーナは大怪我をした母親の傷をなでて「痛いの痛いの飛んでいけー」とやる。すると母親の傷が癒えた。
母親は驚き、おおいに焦った。
「このままではあなたは帝国の奴隷として戦争に送られてしまう」
「そりゃやばい。逃げないと!」
兵隊が追ってきたが母親が命がけで足止めして、ルーナは山に逃げ込み、それからも走り続けた。ちくしょう、いつか帝国をぶっ潰してやる! とか叫びながら。そして伝説は始まった。ちなみに母親はその兵隊を打ち倒して近隣の王国の騎士に取り立てられて英雄となったそうな。めでたしめでたし。
一方、山に入ったルーナはお腹が空いたので走り回る謎のキュウリにかじりついた。みずみずしくてうまい。残念なことにルーナの知性は猿並みじゃった。あんまり考えずに洗わずに生きたままかじりついた。毎日毎日かじりついた。お腹を壊しても回復魔法がある!
ルーナは生でまるかじりをやめなかった。生きたまま捕らえて食らうのがだんだん好きになってきた。このままでは人間を見たらかじりついてしまう。そこはなんとか理性が残っていた。
それからも五年ほど山の中で白菜やキャベツ、トマト、キノコと戦った。どうやら野菜が採れる山型ダンジョンに迷い混んでいたらしい。今日も野菜鍋だ。岩塩がうまい。着るものは子供の頃のままだが、魔法で治ったし、たいして成長しなかったのでなんとかなった。だがすっかりルーナは野生化してしまったようじゃ。もともと猿並みだし。
岩塩を知ったそのときもキャベツの魔物に奇襲で木の上から飛びかかりかじりついていた。塩気を取らないと病気になりそうじゃった。近くの岩塩をなめたらうまかったのでそれで石を削って作った鍋で寄せ鍋というか野菜だけの塩ちゃんこにするようになった。猿並みだが一応文化は知っていたのじゃ。
あるとき、怪我をしている人を見つけた。冒険者と呼ばれる人らしかった。治してから、あ、戦争に送られるんだった、と思い出してルーナは逃げた。猿並みの知性だから忘れていたのじゃな。
しかもルーナはすっかり脳筋になっていた。冒険者が倒れているのを見たら助けた。魔物を食らいまくって魔法だけは成長したルーナは、死んでいてもだいたい蘇生させられた。そのたびに戦争に送られるんだった、と思い出した。すでに猿より馬鹿かも知れない。
その頃、地元のイーノ王国の冒険者ギルドは「野生の聖女」の噂でもちきりであった。なんでもパプリカに襲われて大怪我を負った冒険者が助けられたとか、椎茸を撲殺して生でかじっていたとか、回復魔法で死者が蘇ったとか、尻をかじられた、とか。ルーナよ、理性を取り戻すのじゃ。
山狩りしよう! 助けられた冒険者たちは奮い立った。尻をかじられた冒険者も奮い立った。木の枝をそこらの低木に叩きつけながら探しまわった。中には「うえーい」とか言ってるやつもいるが、だいたいは「でておいでー」と優しい声。しかしルーナにしてみればひたすらに怖い。自分が人間なのはほとんど忘れている。尻をかじられた冒険者は「君の歯形にほれた!」とか意味がわからなかった。ルーナは怯えた。そりゃそうだ。
岩場に追い詰められたルーナはついに戦う覚悟を決めた。冒険者たちの前に飛び出すルーナ。「ひょはー!」と両手を構えて威嚇する。冒険者は思わず逃げ出した。ボサボサのくすんだ金髪に古い布地の貫頭衣が、猿型モンスターに見えたのだ。ルーナは尻に噛みつくのは反省していたので尻を蹴るにとどめた。
それからルーナは冒険者はおどかすと逃げると学習した。猿並の知性でも学習できたようだ。怪我をした冒険者たちを助けては「ひょはー!」と吠えた。尻を蹴った。治した。
なぜか冒険者たちはそれでよけいにルーナが気になったようじゃ。残念なことに王国の冒険者たちには変態が多かったのじゃ。
やがて野生の聖女ルーナは生け捕りで賞金をもらえることに決まった。ちなみにルーナは冒険者を追い払うまで戦争に送られることを忘れているので普通に挨拶していたので名前も知られていた。思い出したら「ひょはー!」と叫ぶ。猿に申し訳なくなるほど馬鹿になっているが、文明は知っているルーナじゃ。挨拶は大切だと知っていた。挨拶をすればだいたいなんとかなると母親に教わっていたのじゃ。
その頃母親は敵のアーカス帝国の大将首を血まみれで掲げて「うえーい」とか叫んでいた。母親も猿並みじゃった。めでたしめでたし。
ある日、勇者が聖女の噂を聞いてやってきた。山の中にいると聞いて「うえーい」とか言いながら茂みを棒で叩いてルーナを探した。勇者も猿並みじゃった。
そして、ルーナは今度は脅すことを忘れなかった。百回に一回くらいは忘れないのである。「ひょはー!」と叫びながら、野生の聖女が現れた!
勇者は突然現れたルーナに「う、うえーい?」とかビビりつつも斬りかかった。「うひょうえーい!?」とか言いながら攻撃をかわすルーナの動きは、すでに野生の猿を凌駕している!
勇者の攻撃「うえーい!」ルーナの反撃「ひょはー!」と、戦いが続いたが、案内役の冒険者がそれを見つけた。勇者は迷子になっていたのじゃ! このお話の方向性くらい迷子になっていたのじゃ!
二人を止めに入るオーガのようなむくつけき冒険者。聖女が死んだら大金をもらえなくなると焦っていた。「俺の金塊が!」とか叫んでいた。ルーナを生け捕りする気まんまんじゃった。
荒ぶっていた勇者はそのオーガのような冒険者に「うっえーい!」と叫びながら斬りかかった。ルーナは「ひょはー!」とか言いながら冒険者を回復。「うっえーい!」「ひょはー!」冒険者は泣いた。鼻水を流しながら泣いた。延々と痛めつけられ回復させられた。しまいには二人がかりでいじめているありさまだった。ルーナに尻を蹴られた冒険者はついに「お金はいりません」と土下座したので勇者とルーナは健闘を称えあった。
ようやく少し理性を取り戻したルーナ。冒険者を蹴って追い払った。蹴った尻に回復をかけるのは忘れない。冒険者はなにかに目覚めたのか幸せそうじゃた。
ようやく人里に戻るのかと思われたルーナに勇者はこう言った。「俺と戦争に行こう!」と。ルーナは勇者の尻を蹴りつけて逃げ出した。
それからもその山ではときおり野生の聖女が現れたという。ちなみに勇者は尻が痛くなるまで蹴られては回復されるのを繰り返すうちに山に通うようになったそうじゃ。めでたしめでたし。
◇
「どうしたのユーミ、真顔で絵本なんか読んで」
「リンヤ、この世界の絵本、頭がおかしい」
「そうだね。うえーいだね」
「ひょはー!」
挨拶は大切だと教える絵本らしい。頭が猿並みの人が書いたんだろう。めでたしめでたし。
マーベル「……陛下の部屋に変な絵本があったんだが……」
ルル「こ、これは……頭がおかしい!」
ネイコ「え、けっこう面白くない?」
セルト「俺けっこー好き」
バーリ「漬けもんが食いたくなるな」
メイレン「野菜ダンジョン住みたい」
ルル「……こいつらも変だわ」
マーベル「今さらじゃね?」