王子の網にかかったのは。
おはよう御座います。
(side ハーレリッタ)
こんにちは。僕はイストワール王国の第三王子、ハーレリッタだよ。
遥か西の空に星が落ちたと噂になってから、数日がたった。イストワール王家でも話題になったのだが、クラバン王はじっくり情報を整理しているところで、嫡男の第一王子マーギト、次いで第二王子カンポスもあまり興味を持っていない様子。馬鹿ではない二人だが、暇でもない。
まあ三人とも王家の人間なのでスパイの1チームや2チーム持ってるだろうし、そのうち掴めると思っているんだろう。でもこの中で一番耳が速いのは第三王子と身軽な、ハーレリッタ、自分だと思っている。
あの空から落ちてきた星は主たる神様の上の神様が遣わせた御使いである可能性が非常に高い。主たる神様にも匹敵する高貴な存在……の、はずだ。御使いにはおかしな人が多かったと記録にあるので少し心配なのだが、可愛い女の子だったこともあると伝説には残っている。地上にいる神様の何人かも元は御使い様だったという。
なんとしても僕が見つけ出さないと駄目だろう。だって一番自由が利くのは僕なんだから。可愛い女の子だったらいいなとかは……多少思っている。御使い様なら僕の地位でも結婚できるしね。
身分を隠してやってる冒険者業を活かして、すぐにも情報を掴んでみせる。
まず最初に手に入った情報は、あの星が落ちた場所が小角湿原であるということだった。あそこには穏和な種族である小角族が住んでいるんだったな。その角から傷を癒し、軽い病なら治してしまう薬が作れるからと、かつて王家が小角狩りをしたことがある。何百年も前の話らしいけど。
小角族の抵抗は激しく、また小角湿原の足場の悪さ、簡単に水害が起こる環境の悪さからすぐに侵攻は取り止められたらしい。
小角族は寿命が長い種族だし、百年ほど前にもラグラ男爵家が小角狩りをしようとしたことがあるし、彼らは僕らイストワール人にはいい感情を持っていないんだろうな。
一部の冒険者やリート子爵は小角族との取引を成功させたという。そこを当てにするべきだろう。しかしラグラ男爵家がまた小角族狩りを考えているとか。うーん、早めに動くのが良さそうだ。
影武者を立てて僕は冒険者リッタとしてリート子爵領を目指すことにした。さて、御使い様に辿り着けるだろうか。
そう言えばリート子爵はSランク冒険者のリンヤさんと契約していたはずだ。Sランクともなると街の一つや二つ破壊できるため、王族でも気を使う相手だ。ましてや僕は三男でほとんど権限ないしね。交渉には気を使わないと。
エルフの彼女だからお酒より甘い物がいいんだろうか? まあ高級なチョコレートでも買っていこう。
街はあまり活気がないな。王都や海際の領地はまだマシなんだけど、今は長寒期。どこも食糧難で酷い状況らしい。国境の辺境伯領では毎日のように領民同士の略奪が起こっている。取り締まろうにも国境でそう易々と兵を動かせるはずがない。
結果として辺境伯はかなり厳しい状況に立たされているし、実際に小競り合いも何度も起こっているという。
王家はね……。メンツだなんだで戦争をする気満々なんだ。だからラグラ男爵もこのタイミングで小角狩りなんだろう。嫌になるね。
御使い様に何とかしてもらえないものかな。まあそんな風に頼っては駄目だよね。むしろ助けるつもりで行こう。いざとなったら僕だけ逃げるし。……イストワールに忠誠を? いや、無いから。こんな戦争ばっかりの国、もし継げても嫌だし、止められるかと言えば無理なんだから。
皆飢えてるからね。冒険者や貴族以外はだけど。冒険者はお肉たくさん食べてるよ。王族より食べてるよ。
まあ実力も必要なんだけど。
命を奪うことに忌避感はあんまりないな。僕も冒険者だし、お肉を食べたいしね。魚もいいなあ。色々片付いたら釣りしようかな。ぼんやりと魚が釣れるのを待つのも楽しいよね。
数日かけてリートに着いた。馴染みの冒険者たちと連絡を取り合う。しばらくは冒険者を楽しもう。
僕は一応騎士とヒーラーを付けて冒険者をしている。まあ騎士の方は斥候にしか見えないし、ヒーラーもほとんどタンクだ。殴りヒーラーというらしい。
主神様は良く僕たちに言葉を残したり御使いを遣わせてくれたりするので、直接お祈りする人は居ない。むしろ神様自身に祈るなと言われているんだ。とても身近な神様だけに頼りたくなるけど、逆に個人だとしたら世界中の人にお祈りされるのはゾッとする。僕はそんな存在になりたくないね。邪神になってしまいそう。
実際に邪神になった半神が封印されてたりするんだよなあ。まあ主神様に勝つのは不可能なんだろうけど、人間からしたら神様は神様だからね。黙ってじっとしていてもらいたい。なので神に祈らないというのは実は正しいのかも知れない。
ダンジョンも神様が用意しているという話があるな。御使い様の中にはダンジョンを作って引きこもりたいと考える人が多いのだとか。なので王家やリート子爵家もそうだけど、何人ものダンジョンマスターと契約をしていたりするんだよね。
まあ冒険者を派遣するとかダンジョンを潰さないとか、代わりに資源をもらうとか。食糧難の今の時代、ダンジョンは頼れる存在だ。
純粋に楽しいしね。何で兄さんたちはやらないのかなー。まあ王族でも嫡男次男となるとね。自由なんか無いよね。実はマーギト兄さんもカンポス兄さんも影武者を使って王都で遊んでるんだけどね。知ってる。
さて、商店街の人たちやギルドに話を付けに行こう。彼ら彼女らは僕の大切な情報源だ。星が降った話やその後の話を集めないとね。
数日すると、どうやらお目当てのリンヤさんが帰ってきたらしい。早速冒険者ギルドに見に行った。
……リンヤさん、そのイケメンは誰ですか? いや、女の子みたいだ。ヤバイ、見た目イケメンなのにちょっとドキンとした。女の子だけど。女の子と男の僕だから問題ないはずだけど。
なんかその女の子は登録して直後に真偽判定官のスルメさんにレジェンドランクの魚を釣り上げた報告をしてすぐにAランクに、正確に言えばBになってから他の提出物でAになったらしい。ビックリだよ。この子が御使い様……だろうな。リンヤさんと一緒に小角湿原から来たらしいし。いきなりレジェンドとか間違いないでしょ。
それで皆にお酒を奢るとか派手なことを始めた。……御使い様って目立ちたがらない人が多いと聞くのにな。何だろう、誘われてる気がする。これはすぐに引っ掛かっちゃ駄目な奴だ。
僕の王族の勘が言ってる。彼女には慎重に接しないと駄目だと。リンヤさんはちらりと僕を見たけど、何も言わなかった。リンヤさんにはもちろん僕の正体は知られている。
その日はそのイケメン女子のユーミさんの奢りを受けて仲間たちと普通にお酒を飲んだ。冒険者の醍醐味だ。
次の日の午後には、もうユーミさんの話題で町全体が盛り上がっていた。うん、何を考えてるのかは分からないけど、もう木槍の女帝とかいわれてるよ。接触しづらくて仕方ないよ。
せっかく王家では僕が一番に彼女を見つけたんだから、取り入るにしろ何にしろ彼女の目的を探らないと駄目だろう。少しみんなに頑張ってもらおうかな。リート子爵にも連絡しておかないとね。
さてさて、イケメンな女の子の御使い様、貴女はどんな人ですか?
ユーミ「ん? イストワール菓子王都店特選チョコレート? なんでこんなデータが?」
インフォ『……』
ユーミ「五つくらい作っておく?」
インフォ『よろしくお願いします』