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魔王インヘリテンス  作者: Moscow mule
第3章 【ティア王女】
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第3章 【ティア王女】③


 この日の出会いはティアにとって大きな意味を持つものとなる。

 生まれて初めて他人と真摯に向き合う経験をしたのだ。

 本来なら聡明な才覚を持つ彼女にとって、これは大きな転換期となった。


 次の日から、ティアはいたずらをやめた。

 もともといたずらをしても、何の意味もないことはわかっていた。

 でもティアは、些細なことでもいいから人と関わりを持ちたかったのだ。

 いたずらをすることで、父の気を引きたかった。

 たとえ叱られることになっても、その中で家族とコミュニケーションをとりたかったのだ。

 

 でも。


 ―――まず自分から変わらなければならない。


 昨日青年に言われた言葉は、ティアにとってしっくりとくるものがあった。


「ねえジェシカ。礼儀作法を学びたいのだけれど」


 そして、ティアは新しい目標を持つことにした。


「え・・・・礼儀作法でございますか?」


 ジェシカはまたいたずらだろうかと半信半疑になりながらも、断れるわけもなくティアに作法を教えた。


 作法以外にも、今までさぼってきた勉学にも励んだ。

 ポドルスキーも最初はジェシカと同じく疑惑の顔をしつつも、物事を教えるようになった。


 ―――父が必要とするような娘になる。


 それが新しいティアの目標だ。

 いくらいたずらをしても、きっと父はティアに興味を持つことはないだろう。

 度が過ぎてヴォルザードも見過ごせなくなったら、叱ってはくれるかもしれないが、真剣に向き合っているかと言われればそれは違うだろう。


 だったらアプローチの仕方は変えなければならない。

 もちろん薄々わかってはいた。

 でも怖かったのだ。

 今まで魔王の娘というだけで自分を恐れ、腫物のように扱った周りの大人たちに近づくことが。


 ―――まずは自分から変わらなければならない。


 青年の言葉を繰り返し頭の中で反響させながら、ティアは新しい一歩を踏み出した。


 最初のうち使用人たちは、いまいちさえない顔でティアを指導した。

 今までずっと悪さばかりしていた少女が、人が変わったように真っ当なことをしだしたのだ。

 戸惑いは隠せなかったのだろう。また新手のいたずらかと警戒されていたのかもしれない。

 時には指導中、気まずくなるようなこともあった。


 だが、ティアは気にしなかった。

 もう自分は生まれ変わると決めたのだ。


 数年たつと使用人たちは次第に態度を改め始めた。


 ―――どういうことだか、あのおてんばなお嬢様は改心したらしい。


 そうなると話は早かった。

 もともとは魔王の子供を育てるために集められた教育のエキスパートたちだ。

 ティアという優秀なダイヤの原石に対して、その実力をみるみる発揮しだした。


 もちろん、魔王の娘に対する一歩引いた態度は変わらなかった。

 しかし、今のティアにとって、それはむしろ誇らしいことに思えた。


 愛情や、他者との関わりを求めていた幼少期は、意味もなく媚びへつらう使用人たちに憤りを覚えていたものだが、今は違う。

 彼らの態度は《魔王》という偉大な存在への敬意だとわかったからだ。

 こんな何の力も持たない娘に対してまで畏怖を及ぼす《魔王》という存在。

 それが自分の父だと思うと胸の中がむずかゆくなった。


(早く父に認めてもらうのよ)


 自分に対してかしこまる使用人たちを見るたびに、ティアは決意を固くするのだった。


 ティアの覚えは早かった。

 話術や算術、礼儀作法や、経済学、魔法など、普通の魔族ではとても手が出ないような高尚な学問も、つつがなく理解していた。


「いやはや、お嬢様は優秀なことで。さすがは陛下のご息女ですな」


 こんなお世辞がお世辞ではなくなるのはあっという間だった。


 ティアの変貌は街の人にまで伝わった。

 ティアは一軒一軒今までいたずらをした商店や家をめぐり、謝罪とともにダメにした商品を弁償したのだ。

 彼らのティアに対する評価は変わった。

 今までは商人からすれば《歩く災害》のようだったティアのイメ―ジは次第に払拭されていった。

 頻繁に街に出向いては民の意見を聞き、時には相談を受けることもあった。

 いい意味で、ティアのことを知らぬ人はいなくなった。


(あの人にもお礼を言いたかったのだけど)


 そんな中で、ティアはかつて出会った青年のことを思い出す。

 かつてあの家具屋で自分を叱り、話をしてくれた青年。


(名前も聞かずに別れてしまったけれど、今頃どうしているいるのかしら)


 ここ暫くのティアの環境の変化は、間違いなくあの時出会った青年のおかげだ。

 思い返すとなかなかにハンサムで、ティア好みの青年だった気がする。


(魔王軍にいるというし、いずれは会えるかもしれない)


 間違いなくティアの環境は変化していたのだが、ティアの《孤独》というのは相変わらず解消されていなかった。

 魔王の娘という肩書はやはり伊達ではないのだ。

 もはやそれほど気にするティアではなかったが、かつて出会った青年に感じた親近感はやはり忘れられないものだった。


 100年ほどたった頃だろうか。

 珍しくヴォルザードが屋敷に帰宅し、ティアと共に夕食の席に着いた。

 珍しいことではあったが、特に進展があることは少ない。


「最近はどうだ?」


 と、ティアには目もくれず食事をしながら端的に言う父に対して、


「はいお父様。特にいつもと変わりません」


 とこれまた端的に返事をするだけの夕食だ。

 かつては何か会話をしようと励んだ時期もあったが、父にとっては興味のない話題だったのだろう。

 話が弾んだことはなかった。

 そんな居心地の悪い思いをするだけなら会話なんてする必要はないのだ。


 しかし、この日はいつもと違った。


「最近はどうだ?」


 父の最初の質問は、普段と変わらないものだった。目線は料理に行き、端的に述べられる言葉。


「はいお父様。私は特にいつもとかわりませんが―――」


 しかし今日のティアはいつもとは少し違った答えをした。


「町民は少し飢えに苦しんでいるようですね」 


 なぜかはわからない。

 最近はどうだといわれて、先日相談に来た街の人の話を思い出してしまったのだ。


(いらぬ失言をしてしまった)


 そう思ったが、ヴォルザードの反応は予想と違った。


「ほう・・・」


 食事の手を止め、こちらに目を向けたのだ。


「そんな報告は受けていないな。確かか?」


 ヴォルザードはフォークを置き、あごに手を当て思案しながら言う。


「え、ええ。先日街の人から直接相談を受けました。それに、飲食店の商品も以前より少し質素になっているかと」


(父がこちらを向いている・・・!)


 予想外の反応に戸惑いながらも、ティアは記憶をたどりながら答える。


「なるほど・・・原因はわかるか?」


 さらに尋ねてくるヴォルザード。


「え、ええと・・・。恐らく人口増加が原因だと思います」


 ヴォルザードの視線に緊張しながら、ティアは頭をフル回転させながら考えを述べた。


「ここ一帯はすでに人間軍の脅威がありませんから、人口が増えています。しかし、それをまかなうほどの畑や家畜が間に合っていないのです。元々魔族は農耕に疎いですから」

 

 間違ったことを言っていないかと不安になりながらも、なるべく簡潔に話す。少し声は震えていたかも知れない。


「ふむ・・・解決策はあるか?」


 ヴォルザードは続けて投げかける。

 表情はいつもと変わらないが、視線は相変わらず料理ではなくティアを向いていた。


「・・・・早期的な解決は難しいでしょう。農耕事業に力を入れつつ、暫くの間は平等に食料を分け合う決まりを作るか、他の土地から輸入して耐えるしかないでしょう」


 ティアは一瞬考えてから答える。

 変なことを言ってはいけない。


「なるほど。私も同意見だ」


 満足げに目を細めるヴォルザードの言葉に、少しほっとしたのも束の間、次の質問が飛んできた。


「では・・・近年、わが軍は大魔境の多くの都市を人間から取り戻しているが、その統治に人手が足りていない。どうするべきか」


「へ? え、ええと―――」


 これはまた難しい問題だ。

 ティアは持てる知識と思考を加速させて何とか答えを探り出す。

 たしか、ポドルスキーに国家統治論について聞いたことがある。

 なぜこんな質問をするのだろうかと考える余裕はない。


「完全な統治は不可能です」


「なぜだ?」


「元来、魔族に、都市の統治という能力が備わっている者が稀だからです。そんな貴重な人材を、わざわざ軍から引き抜けば、軍の弱体化に繋がります」


「ではどうすればいい?」


「『その地で一番強い者を長とする』という命令を出して放置するのはいかがでしょうか。魔族というのは本能的に強い者に従いますから、文句は言いません。しかる後、問題が出た都市だけ対処すればいいかと思います」


 魔人族には比較的知力の高い者は多いが、やはり魔族というのは小難しいことをするのが苦手だ。

 都市の統治など簡単にはできない。

 実際、人間軍が占領する前は強い者が勝手に成り上がり、その地域を支配していた。

 統治というほど優れたものではないが、まとまってはいた。

 こちらから何かをする必要はない。


「ふむ・・・一理あるな。では次だ。―――近々行われる魔王城奪還作戦。あの城はもはや大魔境においての人間軍前線基地だ。どのようにして攻め落とす?」


 目を細めたまま表情を変えず、ティアの答えに納得すると、ヴォルザードは質問を変えた。


 ――魔王城奪還作戦。

 ティアも噂は聞いたことがあったが、本当に行われるとは思っていなかった。

 ティアからすると無謀な作戦なのだ。


 しかし、そのことを言っていいのだろうか。

 魔王軍の方針――つまりは父の考えに背くようなことではないのだろうか。


「私は軍事には疎いですが・・・。恐らく攻略は難しいと思います」


 しかしこの日のティアは物怖じしなかった。

 もはやどうにでもなれという気持ちだったのかもしれない。

 少なくとも、その場で新しく作戦に賛成の意見を考えれるほどの余裕はティアにはなかった。


「なぜだ?」


 自身の軍の指針を反対されたにもかかわらず、ヴォルザードはにやにやと笑いながら理由を尋ねる。

 そんな表情をみると、ティアの舌はさらに回りだした。


「魔王城を落とすには、そこにいる《勇者》3名を相手どらなければなりません。そうなるとこちらも《四天魔将》をぶつけなければなりませんが、彼らは各方面軍の指揮をしています。魔王城攻略のために呼び寄せると他の戦線の崩壊につながります。呼び寄せれて2名といったところでしょう」


「―――私が戦力に含まれていないが」


 ヴォルザードは用意していたかのように相槌を打つ。


「お父様は確かに大きな戦力ではありますが、基本的に前線に出てはなりません。もしもお父様を失うようなことになれば魔王城奪還作戦の失敗だけではなく、魔王軍全体の敗北となります。1%でもその可能性がある以上、勇者王が出てきたときのような、本当にいざというときでない限りは出陣しないことが賢明です」


 これは間違っていないはずだ。今でもヴォルザードが最前線に赴くことはほとんどない。

 実際魔王自身の屋敷はこんな奥まった安全地にあるのだ。

 ヴォルザード自身が重々にわかっていることなのだろう。


「ふむ。そして四天魔将2人では魔王城攻略はきびしいと」


 満足げにティアの言いたかったことを補填するヴォルザード。


「はい。もとより戦というのは攻める側よりも守る側のほうが消耗が少なく済みます。その上、向こうのほうが戦力が上となれば、消耗戦の結果我が軍の敗北。運が悪ければ四天魔将を失うことになります」


「なるほど。正しい推察だと思う」


 ヴォルザードが首を縦に振った。


 ティアは自身の考えが肯定されたことにより安堵を覚えるが、しかしそうであるならばなぜ魔王城奪還作戦は決行されるのだろうか。


 ティアの疑問などかき消すように、その後もヴォルザードの質問は続いた。


 人間の捕虜の処分の不可避や、兵站が長くなることの問題点。

 ドワーフ族との同盟について、など、どれも頭を悩ませる問題ばかりで、答えるのには苦労した。

 ポドルスキ―から学んでないような分野も多かったが、それは自分の考えを述べた。

 間違っているかもしれないが、今日のティアは冴えていた。

 これだ、と思う回答が瞬時に導き出せたのだ。


「では最後の質問だ」


 食事もせず、ティアの言葉を聞いていたヴォルザードだったが、最後ににやりと笑いながら言った。


「事務処理は得意か?」


 ティアは無言で頷いた。


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