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魔王インヘリテンス  作者: Moscow mule
第4章 【全魔冥宴一夜目】
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第4章 【全魔冥宴一夜目】②


 ゼラは、満足げに円卓の状況を眺めていた。


 明らかに自身に劣る魔将ディースはもちろん、古豪スレイマンも、策士ガゼルも顔に驚きを浮かべている。今この場を支配しているのは・・・自分だ。


(ククク・・・長年の努力の甲斐がありましたね)


 ゼラは内心ほくそ笑んだ。

 それはそうだろう、この時、この場のときのために、彼は何百年もかけて準備をしてきたのだ。


 かつて・・・・ゼラが魔王軍に入った時、自身より明らかに力が上と言える魔人が2人いた。


 魔王ヴォルザードと、戦神ボレアスだ。


 最強の吸血鬼として、自身の力には自信のあったゼラも、この2名との絶対的な力の差は埋めがたいと感じていた。


 特に魔王ヴォルザードは、戦闘能力だけではなく、頭も切れる男だった。

 自分が死ねば魔王軍が瓦解するとわかっているのか、どんな権謀術中も彼には意味がなかった。


 それを悟った時のゼラの心中はまさに絶望であっただろう。


 しかし、ゼラは諦めなかった。


 《魔王》という何より強く、気高く、美しい地位は、ゼラにとって諦めるには魅力的過ぎたのだ。

 ヴォルザード自体がなによりもゼラの理想を体現していたことも大きかっただろう。


(何百年、何千年後、ヴォルザードが死ねば、きっとチャンスは訪れる)


 ゼラはそう信じた。


 幸い、自身より強いといえるもう一人の魔人・ボレアスは、ヴォルザードほど用心深い男ではなかった。

 戦いしか脳のない戦神は、ゼラからするとちょうどいいカモだ。


 物理魔法や攻撃魔法には強い耐性を持つボレアスであったが、呪術などの搦手への耐性はそれほど高くなかったのだ。

 もちろん高くないとはいっても、ボレアスの数ある耐性の中ではという話で、一般的な魔人と比べれば破格の耐性力だったが―――。


 ゼラはひたすら時間をかけてボレアスを篭絡した。


 ある時は、戦闘力を高めるための秘薬があると言い呪薬を飲ませ、ある時は伝説の防具だと言い呪いの防具を渡した。


 そして数百年かけて、ようやく一つの呪術をかけることに成功したのだ。


 もちろん、完全に傀儡と化すような高等呪術はとてもではないがかけれなかった。

 しかし・・・ゼラの長い年月の努力か、ボレアスの《意思》を一つだけ変化させることができたのだ。


 すなわち、ボレアスの中の『魔王にふさわしき強者』という人物像を、『ゼラ』という人物単体に書き換えたのだ。

 これによって、もしも次期魔王を決める話が出た際、ボレアスはゼラを支持することになるだろう。


 そんな長年の工作が、ヴォルザードの死という思わぬ形で効力を発揮するとは、ゼラにとっては行幸であったに違いない。


 ゼラの読みでは、王弟スレイマンに魔王への野心はないと思っていた。

 実際、先ほどスレイマンはそう明言した。

 そして、ゼラにとって最も高い障壁となりうるボレアスは、すでにゼラの掌の上だ。

 残ったのは明らかに自分よりも下の立場であるディースとガゼルだ。


「そういうことなら・・・私もゼラを支持するわ」


 驚愕の表情を浮かべていたディースだったが、流石に何かゼラが工作を働いたことを見抜いたのだろう。

 立場の弱い彼女からすると、ゼラとボレアスを有する明らかな勝ち馬に乗ろうと思うのは当然のことだ。


(勝った・・・・)


 魔王のいない今、全魔冥宴の決議は魔王軍最高の決定となる。

 つまりは、ディースがゼラを支持したこの瞬間、全魔冥宴の過半数票を集めたゼラは、魔王の後継者としての大義名分を得たのだ。


 明らかに以前とは意見の違うボレアスに流石に円卓は騒然となったが、しかし文句を言う者はいない。

 洗脳だろうと工作だろうと、本人の実力のうちだ。

 洗脳にかかった方の実力不足であるし、逆に言えば、それを阻止できなかったものに何かを言う資格はない。

 それが魔族の流儀だ。

 ガゼルは特に反対意見が出ないことを確認したうえで、声を発する。


「・・・・・では―――この場の三名の支持を得たということで・・・ゼラ殿を次期魔王に就け――――」


「――――失礼します!」


 ガゼルがひとまずこの場をまとめようとしたとき、フロアの中心の円卓からは遠く離れた扉から、声が響いた。


「貴様、この場所がどこかわかっているのか?」


 スレイマンが低い声で、このフロアに侵入した者に唸る。

 仮にも魔王軍の最高決議である全魔冥宴だ。

 途中で入室し、さらには会議を中断させるなど、無礼にもほどがあった。


「は! しかし、これはどうしても将軍方にすぐさまお持ちしなければならないと思い・・・」


 冷や汗をかきながら会議場に入室したのは、一人の伝令兵だ。

 青ざめた顔をしながらも、兵は円卓まで素早く移動し、一つの書簡をスレイマンに手渡す。


「・・・・・・ほう。これは―――」


 書簡を一目見るなり、スレイマンは顔をしかめる。


「スレイマン殿、いったい何だったのですか?」


 ガゼルが尋ねる。


「――ヴォルザード陛下の遺書だ」


「――――!?」


 にやりとしながらそうつぶやくスレイマンの言葉に、再び場が凍り付いた。

 確かに、その封書を留めているのは、王家――魔王という地位の者しか使えない印だ。


 王弟ということで、スレイマンが代表してその書簡を読み上げることになった。


 そして―――スレイマンの読み上げるその遺書の内容に、次期魔王継承問題はさらなる泥沼に突入することになる。


 内容は以下の通りだ。


『魔王ヴォルザード・サイアー・ハドリアヌスは、魔王としての地位、並びに全ての権力と財産を、長女ティア・メリル・ハドリアヌスに相続する』


 全魔冥宴一日目はこの遺書の登場を持って幕を閉じた。

 その場の誰もが、考えをまとめることができなかったのだ。

 全ては当事者、ティアを加えた二日目に持ち越されることになった。



 

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