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三ツノ鍵  作者: 島田祥介
3/8

日課

 私は、仕事の前に必ずジョギングをする事にしている。

 適度の運動で体を温めるのも理由のひとつだが、玄関を出る時にスニーカーの靴紐を締める瞬間が一番気が引き締まるからだ。

 時間はその日によって違うが、目的地を決めてから大体30分から1時間程走るのが日課となっている。目的地も住宅街であったりオフィス街であったり、その日の気分で決める。

 ただ、同じ場所は走らないのが唯一のポリシーと言ったところか。


 今日はまだ薄暗い時間から自宅を出て、工業地帯を抜けた後一度河川敷へと足を運ばせた。

 昼間はこれでもかと言わんばかりに喧しい工場も怖いくらいに静かで、油と鉄の混じり合った匂いが掻き消され始める頃に澄んだ川水の匂いが漂ってくる。そこから土手へと登る頃に、綺麗な朝焼けが対岸のビルを照らし始めていくのが心地よかった。

 一旦足を止めて深呼吸をすると、何処からか朝露のツンとした空気が鼻をくすぐった。

 腕時計を見ると4時16分。

 早いに越した事はないが少しぐらいはゆとりを持っても問題はないだろう。

 そう思った私は、土手沿いのサイクリングロードをゆっくりと歩き30分程他愛もない散歩の時間を楽しむ事にした。

 つい先日迄蝉が五月蝿く鳴いていたかと思えばもうトンボが飛び始めている。そういえば、蒸し暑い日が続いたかと思っていたのに今日は何だか肌寒い方だ。そろそろ秋が近付いてきているのだろうか。


 そうこうしている内に、気が付けば今日の目的地としていた住宅街の近く迄きていた。

 この近隣は繁華街に店を構える在留外国人が多く住んでいるので、昼過ぎから夕方近く迄は日本語以外の言語が飛び交っている。ところが一転、深夜から朝にかけては驚く程静かでまるでゴーストタウンにでもなったかの様だ。

 そんな静寂な住宅街を眺めながら、自分は日頃騒音と共に生きているのだな…と少しばかりセンチメンタルな気分になっていた。

 これではいけない、と両手で頬をピシャリと叩く。仕事前に沈んだ様な気持ちになってどうするんだと。

 気持ちのスイッチを切り替え、周囲をぐるりと見渡す。

 二度三度色んな角度から周囲を見渡して、長年培ってきた感を働かせてその一点を見付ける。今回はいつもより時間がかかってしまったが、その分絶好なポイントを見出だせたので思わずほくそ笑んでしまった。

 帰宅時間は7時前後と考えて1時間半は余裕で仕事に時間が費やせるが、足をつかせない為には最大でも1時間が限度だろう。その時間を見誤ってお縄になった奴等を何人も知っている上での戒めだ。

 ウエストポーチの中に入っている仕事道具を改めて確認する。

 ピッキングツール、精密ドライバー、針金、ガムテープ…全て揃っているのを確認して、一度目を閉じる。

「──よし、行きますか」

 力強く目を見開いて、今回のターゲットへと一歩踏み込む。こうする事で一気に緊張感が高まって仕事がし易いと感じてしまっている自分は完全な職業病に侵されているんだろうな、といつもなら気にも止めなかった事に気付いてニヤリとしてしまった。


 それでも、この緊張感が快感になっているのだからつくづく空き巣業は辞められない。


今回の鍵:朝焼け、靴紐、精密ドライバー

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