あの日と今と
三泊四日の卒業旅行で東京に遊びに行っていた娘が帰ってきた。
疲れた素振りを見せる事なく、土産話を聞きたがっていた夫にスマートホンの画像を一枚一枚見せながら友人たちと食べ歩きをしまくったと意気揚々に語っている。
これがレ・シャイナーって所で食べたレインボーソフトクリーム。サンドイッチとか色々あったんだけど全部虹色なの。ビックリしたよ。
でね、このユニコーンのデコレーションのやつが、エディーズアイスクリームってお店でインスタ映えするからみんなで食べたんだけど、これひとつ1,200円って滅茶苦茶高くない?
後ね、これが…
片仮名言葉ばかりでチンプンカンプンだろうに、夫は娘に嫌われまいと一生懸命相槌を打ちながら分かっている素振りを見せていた。
「お父さん、原宿は行った事ないんだけど、やっぱりアレかい? 奇抜な格好した若者が多かったのかい?」
その一言に、娘はますます目を爛々と輝かせながら「そう、それ!」と大声を上げた。
「奇妙とか奇抜とかって前にキモいの! あ、女の子は可愛かったんだけど、男が兎に角キモくてさ!」
そう息巻く娘を眺めながら私は、原宿は正直昔とそんなに変わっていないのかと一人で学生時代の事を思い出していた。
今から30年もの昔になるが、私は東京の大学に通っていた。
1980年代の東京、特に原宿といえば竹の子族のイメージが強かったが、私が代々木公園を散歩コースにしていた頃はどちらかといえばローラー族と呼ばれるパフォーマンス集団の方が多かった様な覚えがある。
私はどちらかといえば地味な方だったので普段着はTシャツにジーンズが基本で、彼等の事は羨ましいと思いつつも遠目で眺めては凄い衣装だなーと思うのが精一杯だった。
そんなある日、貴子という友人に呼び出されて原宿駅で待ち合わせをした時の事だった。
「ごめん、遅くなった」と後ろから声をかけられ振り返った先にいた貴子は、いつもと様相が違った、というか奇天烈な格好で目の前に立っていた。
右半分はストーンウォッシュのGジャン、左半分は紫色の着物を縫い合わせた衣装を着て現れた彼女を見た瞬間に思い浮かんだのは、前の週にザ・ベストテンでDESIREを熱唱していた中森明菜。
それを問おうとする前に貴子の方から、
「いやー、半年前から考えて製作したのに明菜に先越されたわ。真似したみたいで悔しいっすよ」
そう言いながらも完成した事が満足だったのか、彼女の表情は晴れやかなものだった。
「あ、もしかしてこういうのって気色悪いとか思う?」
「ううん、そんな事はないけど。ただ、建築学科の貴子が服飾系のデザインに興味を持つとは思ってなかったから」
「多分、箱物ってこれから先そんなに変わらないと思うわ。だったら、身近な物を徹底的にいじくろうかなって」
彼女が言うには、子供向け雑誌でよく見る様な未来的な建造物なんて今後建つ事はないだろう。仮に21世紀になったとて、町並みは今とそれ程変わり映えはしないんじゃなかろうか。
「それで服からきたと」
建築に携わるものだからこそのジレンマを別角度で解消したのだろう。貴子の発想の転換に、私は思わず感心してしまった。
「今は“これだ!”ってのが思い浮かばないけど、いずれは化粧を思い切りいじくり回したいっすねぇ。頭の天辺から足の爪先迄全部」
「だから、10本ともマニキュアの色違うんだ?」
左右の爪がカラフル、というか奇抜な色を放っている。私がそれに気付くと思わなかったのか、貴子は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに全ての爪を見せびらかして満面の笑みを浮かべた。
そこ迄堂々と自分のスタイルを見せている彼女に対して私の中に羨ましさと呆れと両方が入り混じって、それでも純粋に彼女が綺麗だと感じていた。
「そういえば、母さんは昔東京に住んでた事があったんだよな?」
突然夫に話を振られて、私は30年前の世界から現実へと戻された。
「もうかなり昔の話だから」
思い出にふけっていた事に気付かれまいと冷静に返すと、娘が残念そうな表情で私を見てきた。
「お母さん、東京にいたんだったらもっとオシャレでいなきゃだよ。地味なオバサンってイメージついてるもんなぁー」
娘の軽口は今更なのでハイハイといなしながら、ふと貴子の事を思い浮かべる。
大学を卒業してから貴子とは疎遠になってしまったが、彼女は今どんなスタイルを貫いているのだろうか。
あの時の綺麗だと感じた彼女に対する憧れは今でも若干くすぶってはいるが、私は今の私が一番私らしいと思えるので高望みをするつもりはない。そんな私を見たら彼女はどんな反応を見せるのだろうか?
と、30年前と何の変わり映えもないTシャツにジーンズ姿で私はネイルにいそしむ娘の事を眺めていた。
今回の鍵:ソフトクリーム、着物、ネイル