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三ツノ鍵  作者: 島田祥介
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遠くが近くて

「明日暇だったら、車出すからドライブ行かない?」

 大学からの帰り道、電車の中で突然彼女が質問してきた。

 車の免許を取ってからの彼女は行動力に磨きがかかって、付き合い始めの頃から振り回されてきている僕には既に拒否権というものはないも同じだった。

「別に予定はないけど、何処か行きたい場所でもあるの?」

 こう返すと、彼女は満面の笑みを浮かべる。恥ずかしくて言えないが、僕はこの笑顔が好きで毎回同じやり取りをするのが大好きだった。

「奈良の大仏見に行こうと思ってさ」

 所が、今回は満面の笑みから思いもしない返答があって僕は思わず面食らってしまった。

「…え、何処に行くって?」

「奈良の大仏」

 迷う事なく口にする彼女の顔を見ながら頭の中で距離の計算をする。

 仮に高速を使うとしても、千葉から奈良となれば片道7時間くらいは余裕でかかる筈だ。

「簡単に言うけど、日帰りはちょっと厳しくないか?」

 僕がそうやって困った顔をしながら計算するのは織り込み済みだったのだろうか、彼女は悪巧みを企てた様な笑顔を見せながら、

「まぁ、暇だったら明日私に付き合ってよ」


 翌日、アパート近くの信号前で待ち合わせをした僕等は、彼女の運転する軽自動車で内房沿いを南下していた。このコースならアクアラインを通って神奈川の方に抜けるのかと思えば彼女は「そっちになんか行かないよ?」と言い、だったらどうやって奈良に向かうのか混乱する僕を他所にどんどんと内陸地に車を走らせていく。

 それでも、彼女は当初の目的通りに奈良へと向かっていた。

 ──千葉県市原市奈良。

 待ち合わせの場所から一時間もかからずに、彼女は僕を本当に奈良公園へと連れてきたのだ。


「…これって、どう表現すればいいんだ…?」

 恐らくお目当ての仏像を見つけたであろう彼女は、目を爛々と輝かせながらそれに近付いていった。でも、目の前にはお世辞にも“大仏”には程遠いこじんまりとした立像が両手を併せて立っているだけだった。

「面白いと思わない? 2メートルもないのに大仏様なんだって」

「本物、って言い方が正しいのかわかんないけど、確か奈良県の方の大仏は15メートルくらいはあるんだよなぁ?」

 東大寺の大仏を想像していた僕からしてみると正直肩透かしを喰らっていたのだが、事前に色々と調べていたであろう彼女はいろいろな角度から眺めては興味深げに相槌を打っている。

「ってか、君って宗教とか歴史好きだったっけ?」

 余りにも学者よろしく立像を眺める彼女に思わず問いかけると「ううん、そんなでもないよ」とあっさりと返してきた。その割には随分と楽しんでいる様子なので少し追求すると、彼女は少し照れ臭そうにはにかみながら、

「この間お風呂に入ってる時に『牛久大仏と奈良の大仏がもし動き出したらどっちが勝つのかな~』ってふと気になってさ、大きさとか調べてたら市原に奈良の大仏があるって知ってね。『こりゃ、行くっきゃないっしょ!』って」

「…まぁ、気になる気持ちはわからなくもないけど、そこから行きたいって思う行動力が凄いよ」

「因みに、この近くに上野もあるんだって。千葉にいながら奈良と東京を味わえるって不思議だよね~」

 彼女の行動力には本当に驚かされる。

 いつだって気になる事は調べないと気がすまない、それが目の前で解決しそうなら必ずといっていい程僕を連れ出して実行する。

 でも、その先には必ず笑顔が待ち構えていて、その笑顔が見れるとどれだけ疲れようと「まぁ、いっかな」となってしまうのが不思議だ。

「せっかく貴重な体験もさせてもらったし、お礼に何かご馳走するよ」

「だったらメールシュパイゼかな」

「…今度は何処の国?」

 又新しい単語が飛び出してきて思わず身構えてしまう僕を見て、彼女は大笑いしながら「違う違う」と手をひらひらさせた。

「名前の意味は知らないけど、この近くにある洋菓子店のロールケーキが美味しいって評判らしいから帰りに寄るつもりだったんだ」

 そう言うと、僕の手を掴んで小走りに駆け出した。

 まるで待ちきれずに走り出す子供と親の情景かなと苦笑いしながら、次はどんな形で彼女に振り回されるんだろうなと大好きな笑顔を見つめながら一人心踊らせていた。


今回の鍵:ケーキ、信号、奈良の大仏

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