002ボツ
ボツ稿内の設定や出来事は本編と一切関係ありません。
例・ゲオルグに妹が居ると書かれていたとしても、本編では天涯孤独かも知れません。
「あんた、また戦った訳?」
女の声が薄暗いガレージに響く。ガレージ内には雑多なジャンク品が転がっており、それはガレージの端に大きな山を作っている。管理状況は極めて劣悪だった。
「どういう訳か、挨拶すると返事が砲弾で返って来る」
男が憮然とした表情で言う。が、これは勿論ポーズである。男の主な任務は宣戦布告する事だ。宣戦布告をしてはいそうですかと帰ってこれるとは思っていない。
「敵の目の前に出て行かなきゃ良いだけでしょ。迷彩色の意味無いじゃない」
ガレージの中央で、黄色い機体が吊るされて固定されている。足と胴体はそれぞれ独立したハンガーにかけられ、すぐにでも分離作業に取り掛かれる。
「いや、こいつのおかげでアイアンシティの目の前まで行けたぜ。無駄にな」
長髪をうっとおしそうに顔の前から除け、男が吐き捨てるように言う。
その言葉に呆れ、女がため息をついた。そんな無謀な事をせずとも、音で敵をおびき出すなどやりようはいくらでもあるのに、と。当然それは男も知っている。直接声を届けた方が報酬が多いという事も。
「報酬の上乗せは無かった訳?」
「ハッキングもしろとよ。良いじゃねーか、どうせハッキングしてもすぐ遮断されるんだからよ」
「市民の被害を減らす為には遮断したという事実も必要になるのよ。良い勉強になったじゃない」
「授業料が六万クレジットか? お勉強するよかその金で飯食った方が遥かに有益だぜ」
六万クレジットの内訳は修理費用約一万に特別報酬三万。それに加えて燃料費や細かいメンテナンス費用だ。仮に報酬が出たとしても黒字になるか怪しい。男が文句を言うのも無理は無かった。
「この足、まだ使う訳?」
「安いだろ」
「装甲が無いからこうなんのよ? モーターが焼き付いて出力が低下してたわ。太陽にトドメ刺されて干物になりたいの?」
「装甲固めて、自重でぶっ壊れて、干物になった奴なら知ってるぜ」
「整備不良よ、それは。大体、壊れなければ修理費用だってかからないんだから」
「当たらなきゃ良いんだよ。どうという事は無いから当たってないって言葉もあるだろ。あん? 当たってないからどうという事はない、だったか?」
「当たらなければどうという事はない、でしょ。というかっ『当たってるからどうという事ある』んじゃないのさっ、全く」
そう言って女が壊れた足を強く叩く。むき出しになった油冷システムから油が滴り落ちた。
「……やれやれ」
実際、男の機体は最後の一撃を除いて全てを回避している。最後の一撃にしたって爆発した榴弾の破片が運悪く当たっただけで、普通に考えれば被害が生じる事は無かったのだ。
「要所だけ、装甲を配する事はできんのか?」
「無理ね。この足にジョイントは無いし、後付できる程の余裕も無いわ。元の重量が軽い分、多少の重量増加でバランスが狂うし、どんな天才メカニックでも不可能でしょうね。私にも無理だわ」
「そうかよ」
天才メカニック気取りの女は放って、男はガシガシとアゴヒゲを掻いた。そうして暫く考えた後、再び男は口を開いた。
「天才メカニックさんよ。装甲のある足を付けて、今の機動力を持たせられるか?」
「無理ね。最高速度を保つにはジェネレーターとラジエーターの拡張と脚部の出力強化が必要になるけど、そうすれば加速力が犠牲になるわ」
「は~……天才メカニックさんは使えねぇなあ」
男の呟きに女が威嚇するように片眉を上げた。何を言っているんだこいつは、という驚愕と怒りの混じった表情である。
「ゲロ吐く覚悟は?」
「は?」
唐突な言葉に男はチラっと視線をやり、すぐさま損傷部位へと視線を戻す。が、ぎょっとして女の顔を二度見する。女は目の笑っていない引き攣った笑みを浮かべ、男を睨んでいた。
「ゲロ吐く覚悟は?」
「いや、落ち着け。暴力はいけねぇ」
男が焦りを見せると多少は溜飲が下がったのか、女は視線を反らして表情を戻す。が、口元は引き絞られており未だに不快に思っている事を示していた。
「……機動力を保つ方法があるって言ってんのよ。ただ、今みたいな快適な移動はできなくなる」
「ほう。それは80mm榴弾砲の直撃にも耐えられるのか?」
「そんな訳無いでしょ! あんた、話の大前提をひっくり返さないでよ! 足見りゃ分かるわよ。これは小口径弾かなんかが当たった痕でしょ。その程度を防げる装甲よ」
「豆鉄砲程度ならそのままでも耐えられるだろ」
「豆鉄砲でも徹甲弾なら場合によっては貫かれるわよ。それを防げる程度の装甲よ。おまけ程度ね」
「なるほど。どっちにしろ金は無いからな、可能な改造なのか話を細かく聞かせてくれ」
商談に一歩近付いたと見た女は、口元に軽く笑みを浮かべた。
黄色い機体が破壊された機械群の前にしゃがみ込み、その短いアームを動かしていた。細い足よりも更に細いアームは、遠隔操作のできないシステムにアクセスする用途で仕方なくつけた半端なアームだ。
男は改造の準備が済むまで、こうしてジャンク漁りをしていた。ジャンク漁りであれば足を酷使することはなく、応急処置しかしていない足パーツでも問題はない。
パワーの無いアームでグイグイと引っ張り、コードやらをハサミで千切って籠へ放り入れる。パワーのあるアームなら強引に引きちぎる事もできたが、何をするにも一手間かかるアームであった。しかも脆い。
「……もう歪んできやがった」
強引に足の力を併用して引っ張った為、規定の荷重負荷を越え、歪み始めていた。
「使えねぇなあ……」
このアームの利点は大量生産品なので安価であるという事だ。百クレジットもかからずに取り替えられる。ちなみに百クレジットは男の一月の食費程度だ。
文句を言いながらも男はせっせと機体を動かし、ジャンク部品を剥いでいく。その動きを外から見る分には、可愛らしくも見えた。動きだけを見るなら頑張り屋さんにしか見えないからだ。だが中では男が悪態をつきながら操縦している。
アームを取っ替えてはジャンク部品を取りに行く日々を三日程繰り返した。その間、使えるアームを購入しようとはしなかった。どうせジャンク漁りをやめる時に外す事になるからだ。中古品では元の値の五分の一もつかないのだから、多少手間でも安物アームで作業を続けた。アームの取替くらいなら男も自分でできるので、工賃もかからないというのもある。