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未定  作者: 青背康庚
第一部
6/10

006

 一般に、キャタピラという物は遅い物だという認識がある。決して間違いではないが、正しくもない。確かにキャタピラよりも速く移動できるムーブメントは沢山存在する。ホイール装備の物は大抵安価で速い。

 しかし、それは整地路面上であれば、の話。荒れた路面で競う四輪のレースなどは存在するが、それらは事前のコースの下見などがあって成立している。荒事に巻き込まれがちなギルドの依頼をこなす以上、仮に下見ができたところで意味が無い。


「前回の依頼の時も知らぬ間に大いに助けられているでしょうなあ。他のムーブメントでは移動できないようなポイントも強引に通る事ができ、回避行動の為に路面を気にする必要があまりない。実に素晴らしい」

「あの時はゲオルグさんの指示のおかげで助かりました!」

「あの出会いも、その後の戦闘で上手くいったのもキャタピラのおかげ、という訳ですなあ」

「イイコイイコ、ですね!」

 キャタピラの有用性を解説するベテランギルド員ゲオルグ。それを楽しそうに聞く新人ギルド員ジモーネ。二人の声が荒野に響き渡っていた。

 鳥の脚のような細い脚、小さいコクピット、そしてお粗末なアームユニットをつけた黄色い機体がゲオルグのジャンク回収用機体だ。対してジモーネの機体は、箱にタイヤを付けたような車を曳き、ごついアームユニットと大砲のついたキャタピラだ。

 お喋りしながらも二人の機体は荒野に散らばるジャンク品を回収していた。

 各企業やギルドによって名称は異なるが、スカベンジャーや掃除屋などと呼ばれるジャンク漁り専門の部隊がある。始めに彼らが派遣され、高値で売れるパーツなどはいの一番に回収される。その後、戦闘に関する情報やジャンク情報が一般に出回り、掃除ボランティアという形でギルド員が残りを回収するという流れになっている。

 この際に得られるパーツ類は全て、ボランティアスタッフの物になる。実入りは少ないがほぼ確実に収入が得られる為、新人には比較的人気のある任務だった。


「ええーい」

 気合の抜ける声と共に、地面から飛び出た鉄塊を引き抜くジモーネ。彼女の機体は、サブウェポン類は外され、そこにアームユニットが取り付けられている。武装となる物は巨大な榴弾砲と機銃のみだ。どちらも簡単には取り外しできない設計になっている。

「素晴らしいパワーですなあ」

 のんびりと語りかけるゲオルグだったが、彼の黄色い鳥脚も慌ただしく歩き回っては細かい部品を袋へと放り込んでいた。外部カメラからジモーネを眺めながらも、レーダーの反応から周囲の鉄を探っている。勿論、敵への警戒や地形の把握も同時に行っていた。


 平和である。このところ度々戦闘を行っていたゲオルグだが、このように平和である事の方が多かった。彼は危険な任務を徹底して避けるからだ。今回のジャンク拾いに関しても、各勢力の兵の動きや各地域の戦闘状況から算出した安全なポイントを選んでいる。ならば何故ジモーネの戦闘に駆け付けられたのかと言うと、一段上のランクの脚を買う為、少し危険なポイントを選んだ為だ。

 もう一つ理由を上げるなら、ジモーネが長期間の戦闘に耐えてゲオルグの元まで逃げて来れたからだった。いずれかが欠けていればジモーネは既にこの世に居ない。彼がキャタピラを殊更に評価してみせているのも、そういう奇跡的な出会いをジモーネに分からせる理由があった。


 そんなゲオルグの老婆心を全く理解できていないジモーネは、ゲオルグが置いたジャンクの詰まった袋を自走式牽引車に乗せて、楽しそうにはしゃいでいる。

 自走式牽引車は、搭乗者が居ない場合は自走しない。が、動力アシスト機能はある。動力アシストをしないと扱える機体が限られる上、強力な機体に強引に引っ張られた際に壊れてしまいやすくなる為だ。ボタンやロボットのマニュピレーターでも外せるようになっており、大人気商品となっている。が、ゲオルグはこれを使用しない。ゲオルグの機体との移動速度に差が有り過ぎる為だ。今回はジモーネのキャタピラと相性が良いという事でアンネリーゼのツテを辿って借りている。


「そろそろ満タンですね!」

「成果は上々。そろそろ帰ると致しましょう」

 ゲオルグの試算では、次のポイントのジャンクは全て拾いきれない。途中まで拾っても良いのだが、そういう中途半端な拾い方をすると、次にこの依頼を受ける人が嫌な思いをする。場合によっては途中まで回収したポイントを通らない可能性がある。そうすると野良機体の餌がその場に残ってしまう。お金に困っている新人の間ではそういうトラブルが多い。

 そういった事情を除いても、そろそろ日が地平線に隠れ始めていたので、帰る時間としては丁度良かった。暗い中でも作業はできるが、無理をする理由も無い。

「ふああ~なるほど~」

 説明を受けたジモーネは気の抜ける声を上げた。ゲオルグはジモーネと少しの間とはいえ行動を共にして、彼女の地頭が悪くない事に気付き始めていた。今も理解できているか怪しく見えるが、理解しているとゲオルグは見た。

 そもそも機体の操縦というのは簡単な事ではない。特にアームユニットの操縦ともなれば、ギルドの依頼に慣れ始めた者でも苦労する。それを彼女はさほど苦労せずに動かした。それに、ジャンク集めの効率も悪くは無かった。下手な経験者よりも遥かに上手くやってのけている。

 ゲオルグから見て、彼女が経験者という事は無かった。が、なんらかの厳しい訓練は積んでいる、と予想した。であるならば、何故新人として活動しているのか。そうした訓練を受けたのなら、何故、新人時代を順当に走り抜けられなかったのか。


 思索を巡らせながらもゲオルグは帰り支度を始める。ジモーネも鼻歌混じりにジャンク漁りに使用した道具などを自走式牽引車に収めていく。

「――――静かに」

 声もなく、僅かな吐息を漏らして、ジモーネはそれに応える。疑問を口にする事はしない。静かに、と言われたのだから。ジモーネの機体は完全に止まり、エンジンも切られた。自走式牽引車も僅かに遅れて止まる。

「――野良、ですかな? 牽引を外してポイントFへ回頭」

「は、はい!」

「こちら無所属。応答しなければ撃つ。……5秒後に撃つ。FCSリンク、グリーン。2、1、0。ジモ――」

 ゲオルグがジモーネに語りかけようとした瞬間、榴弾が地平線の向こうまですっ飛んでいった。

「素晴らしい」

「えへへぇ」

 予め述べておくと、これらの対応は実に非常識なものである。相手が野良であるかをきちんと確認していない事。打ち合わせなどもしていないのに、撃てという指示も無しにジモーネが発射した事。軍隊でなくとも、これが普通の部隊であったなら厳罰を受けるところだ。

 が、ゲオルグは手放しで褒めた。常識などかなぐり捨てたくもなる状況が迫っている予感がしたからである。そしてそれは、ゲオルグの想像を越えていた。





「このままの姿勢を保って後退。宜しいですかな?」

「はい」

 五度目の射撃後、ゲオルグは後退を指示した。既にジモーネの地対地レーダーにも敵影が映っている。レーダーに映る影はそれほど多くない。が、それは表面を映しているだけだからだ。その奥に何体控えているかは、レーダーの構造上、知る事はできない。それはゲオルグの持つ高性能なレーダーでも同様だった。ゲオルグが危機を感じて早期に射撃を行ったのも、ただ影が二重に重なって見えているように見えたからで、殆ど偶然のようなものだった。それが、今でははっきりと、複数の敵影が見えている。大口径の榴弾を既に五発も打ち込んでいるのに、影は薄れるどころか濃くなっていっている。

 これが討伐任務であったなら大喜びするギルド員も居ただろう。敵を遠距離から撃ち放題なのだから。しかしゲオルグは勿論、ジモーネも楽観視していなかった。爆発と散弾だけで鉄の塊をぶち壊す大口径榴弾砲をこれだけ撃って消えない敵影は、素人のジモーネから見ても異常な事だったからだ。尤も、ジモーネが緊張感を高めているのは、他でもないゲオルグの空気が変わった為だからだ。この異常に気付かない者は、遅かれ早かれ死ぬ。故に新人は、こういう突発的な出来事に巻き込まれて、あっけなく死んでいく。


「……こんな事が、あるのか……?」

 思わずゲオルグは弱音を漏らした。確かにこれ以上無い程に最良の判断を下した。それは客観的に見ても明らかだった。ゲオルグ以上に早く気付き、即座に攻撃できる者は居ないだろう。だが、そんな事で打ち消せない程の脅威が迫っていた。

 遥か遠くに見える地平線にバカでかい蟹の脚が見えていた。その手前からは大量の砂埃が湧き上がっている。その砂煙を上げているのは敵の数は百や二百なんてものではない。

「全速後退だ! 砲身が冷え次第、ヤツラの頭の上にぶっ放してくれ!」

「はい!」

 がむしゃらになって通信を飛ばす。送り先は近場の人の集まる場所だ。つまる無差別かつ最高出力の通信だ。届くか届かないかなど関係は無かった。かつてジモーネがそうしていたようにあらゆる方式で通信を試みる。が、応答は無い。

「ジャミング、だと? ステルスにジャミング、野良の装備じゃねぇぞ」

 巨大な蟹は、ついにその姿を薄暗い夜空に浮かび上がらせた。しかし、レーダーには影も形も無い。映るのは足元にワラワラと集る小物だけだった。

「あの蟹は無視だ! あんなもん撃ってもやれる訳ねぇ! 手前の小物を散らせ! 近付けさせるな!」

「はい!」


 途中から加速し始めた小型機体が近付き始めていた。その移動速度はゲオルグの鳥脚よりも場合によっては速い。中に人を乗せていないので無茶をできるからだ。ジモーネのキャタピラよりも二倍以上速い野良の鳥脚はグングンと近付いてくる。

「来やがったなあ!? ふざけやがって! ジモーネ! 近くは俺がやる。お前は距離1000より遠くを撃て。俺が前に居る時は絶対に撃つなよ。離れれば通信は効かねぇからな。狙いは変えず、都市までまっすぐ走れ。そうすりゃ、俺がなんとかしてやる」

「はい! 信じてます!」

「よし、良い返事だ!」




 ゲオルグの機体がくるりと転回し横へ横へと駆けていく。野良はそれに一目もくれず、ジモーネの機体へとまっすぐ向かっていく。それを確認した後、再び転回して野良との距離を詰める。

「……榴弾砲のせいか? いや、完全に俺を無視するってのはおかしいだろ」

 既に野良の射程範囲に入っている。精々、鉄板を歪ませる程度の豆鉄砲しか積んでいない野良の鳥脚だが、相手によって撃ったり撃たなかったりという事は無い。どんなに頑丈なヤツにでも条件を満たせば撃つ。

「って事は、俺には撃たないって事だよなあ!?」

 駆け寄って、アームユニットに握らせたナイフで突く。このアームユニットは前後と上下しかできない。上下の動きではパワーが出ないので、突くしかない。体当たりするようにして突くと、野良は盛大にコケて他の野良機体に踏まれながら飲み込まれていった。

「……撃ってこない」

 それは異常事態だ。今までは何度も撃たれてきた。ジモーネと出会った時にだって、当たりこそはしなかったがゲオルグの機体は狙われた。しかし今は完全に無視されている。

「へっ、都合が良いじゃねーか」

 逃げるように距離を取っていたが、再び近付いて一閃。脚部の関節部に露出した重要部分を直接突いてやると、野良はごろんごろんと地面を転げ回りながら後ろの波に飲まれていく。今度は距離を取らずにすぐ隣の野良の脚をすぐに突く。


「おらおら! やられっぱなしで良いのかよぉ!? お前ら!!」

 外部スピーカーで煽るも、全く無反応だった。が、やがて先頭集団が射撃を開始する。狙いはジモーネだ。

 それを見てゲオルグは即座にスピードを下げた。そして後列の野良を狙う。見捨てたという訳ではない。ジモーネのキャタピラ機体は厚い複合装甲で覆われている。豆鉄砲では表面を削る程度しかできない。だが、ゲオルグの機体はそうではない。野良を倒している最中に流れ弾が当たりでもすれば、簡単に動けなくなってしまう。なので、後ろから撃たれないように後ろから倒しているのだ。

 加えて、火力のある武装を持つ野良は、大抵が遅い。二列目以降の野良がジモーネの機体に追いつかない限りは、大きな問題にはならない。

 そして今まさに、ロケットを発射しそうになった野良をゲオルグは転倒させる。ロケット弾は運良くゲオルグから遠ざかるように飛び、近くの野良を吹き飛ばした。爆発が連鎖して付近の野良が態勢を崩すが、再び姿勢を整えて走り出す。


 一方でジモーネも奮戦していた。豆鉄砲を撃つに飽き足らず、飛びかかってきたり乗ろうとしたりする野良を、殴ったり機銃で撃ち抜いたりと応戦する。砲身が冷え次第、遠距離に砲を撃つ事も忘れない。その衝撃で近くによってきていた野良が転倒する。

 この状況にあって、ジモーネはゲオルグに言われた事を守っていた。ゲオルグが射線に居る時には撃たない。狙いも1000付近から変えていない。

 ジリジリと敵は迫ってきていた。焦りは勿論ある。大型の敵影も迫ってきていた。キャタピラが不整地で速いとは言っても、それは工場生産品かつ安価の商品で、という話である。高価なキャタピラ、あるいは天然物の脚や多脚、あるい野良のタイヤのオバケなど、キャタピラより速い機体など山程ある。それらに照準を変えたいとも思った。だがジモーネはその気持ちを抑え込んだ。

「信じてるから……!」

 眼の前ではチラリチラリとゲオルグの黄色い機体が見えていた。ゲオルグの機体が飛びかかる度に野良の機体が転倒しては、波へと飲まれていく。




 それから数分、ジリジリと迫られる中、あまりにも長く感じた乱戦は呆気なく終わりを告げた。

「――らはシティー――――属は――――――」

 ゲオルグの機体に酷いノイズ混じりの通信が入ると共に、投光機から光が放たれ小さなビル程もある蟹の巨体がはっきりと姿を表す。

「――えす――――――の所属――――」

 投光機の直下から、およそ400機のシティーガードの影がずらりと地表に伸びている。すぐにけたたましく砲撃を開始し、砲火によって地面に伸びた影が消えた。

「はっはっは! 聞こえませんなあ! どうやらあの蟹は仲良しが嫌いなようで。お喋りの邪魔をしてくる。私は蟹を見た事も無いのでね。後は調理法を知っているあなた方に譲るとしましょう」

 強化された外部スピーカーによって、ゲオルグの声だけが激しい砲撃音を物ともせずに鳴り響く。

「――ける――! ――――を言――!」

 ゲオルグは機体を加速させ、ジモーネへと接近しながら近くの敵をなぎ倒す。減速さえさせればシティーガードがトドメを刺してくれる状況であった為、先程までよりもかなり楽な状況だった。

「はっはっはっは! いやぁー! 命拾いしましたなあ!」

「はい!」

 相変わらず砲声は絶えず一帯に鳴り響いているが、距離を詰めた二人は外部スピーカーで辛うじて言葉を交わす。

「距離600へ砲撃しつつ、このまま帰るとしましょう。野良犬――いや、野良蟹の相手はくたびれますなあ」

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