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未定  作者: 青背康庚
第一部
5/10

005

「とまあ、あげればキリが無いくらい、扱いやすい機体ですなあ」

「ありがとうございます!」

「値段に見合った性能よね」

 救出した新人ギルド員ジモーネの機体をゲオルグは褒めた。アンネリーゼが言うように値段相応の機体ではあるが、そもそも金をかければ良い機体になるというものではない。工房を持つほどの腕のメカニックが「値段に見合った性能」とくだした評価は、一般的にはとても良い評価だと言える。

「この機体なら――」

 そう続けて語るのはゲオルグだ。この機体でできる依頼を一通りあげ、効率の良い稼ぎ方を提供している。

 何故こんな勉強会が開かれているのか、話は少し遡る。




「ですから、絶対にすぐにでもお支払い致しますので!」

「いやいや、それには及びません。ひとまずは自身の機体のコンディションを整えた方が良いでしょう」

 と、このような会話があった。端的に言えば至近距離で榴弾を食らったのである。修理の段階は飛び越して、取り替えが妥当な程にボロボロになってしまった。幸いにして安価な旧鳥脚であったので金銭的な被害は小さい。

「まずは稼げる土台をしっかりさせなければ」

「そ、それならおじさんもそうしないとダメですよ!」

 ゲオルグは物思いに耽るように目を瞑ると、目元を指で揉む。考えるのはただ一つ、もうおじさんなんだなあ、という事である。格下相手に雑魚扱いされる事には慣れている為、新人ギルド員ジモーネの迂闊な発言にも何一つ思うところは無かった。ただただ自分の歳の事だけが気にかかる。


 中々復帰できないゲオルグに代わり、アンネリーゼが口を開いた。

「そもそもゲオルグは金なんて無くても問題ないわよ。このガレージにだって彼の機体のスペアは幾つもあるもの」

 ほら、と言って指し示す天井付近には、入荷されたばかりの鳥脚が吊るされていた。ちなみに金はまだ受け取っていない為、厳密にはゲオルグのパーツではない。更に言えば、ゲオルグも別に裕福な訳ではない。スペアも精々脚が二組取り揃えてある程度だ。

「あ、ホントですね! 私もああいう安い脚の方が良いのかなあ。こんな風に壊しちゃうんじゃ……」

 そう言ってジモーネは、被弾してそこら中が削れているキャタピラを眺め、自嘲気味に笑う。その笑顔に釣られるようにアンネリーゼも笑う。

「あの脚が安いと思うの?」

「え? だってあれ、野良機体の一番弱いヤツの脚ですよね?」

「一番弱い脚をつけた機体に助けられちゃったのね~」

「だ、だって、しょうがないじゃないですか! ゲオルグさんはすごいテクニックの持ち主なんですから!」

 とことん空気の読めないヤツだ、とアンネリーゼは深くため息をついた。皮肉が全く通じていない。

「あの脚、1万クレジットはするわよ。天然物は高いのよ」

「えぇ!?」

「ちなみにそのエイジス重工業のキャタピラは1万7千クレジットで買えるわ」

「えぇぇぇ!? これ、4万クレジットはかかってる筈ですよ!?」

 得意げな笑みを浮かべ、アンネリーゼは腰に手を当てた。全身でドヤを表現している。

「コネがあんのよ。で、どう? 分かった? あんたのキャタピラとゲオルグの脚、大して値段が違わないって」「は、はい……」

 アンネリーゼは嘘は言っていない。ただし幾つかの真実を伏せている。まず、ゲオルグの脚は安くなるような代物ではない事。そしてキャタピラは量産品の為、コネと状況次第で2万クレジットを切るというだけで、別に常にその安さで仕入れられる訳ではない事。つまりこれは、あまりにも露骨な印象操作だった。


「で? スペアを幾つも持ってるゲオルグに、今すぐ弁償するって話だったかしら?」

 繰り返すが、そのスペアの代金をまだゲオルグは支払っていないし、二つしかこの倉庫内に存在しない。

「うぅぅ……」

「何があったのか知らんが、アンネ、落ち着け」

「落ち着けって、何がよ」

 復活したゲオルグに窘められアンネリーゼは言い返すが、肩を竦めてゲオルグはいなした。一々あげていたらキリが無いくらいには、今のアンネリーゼは普段と違っている。スルーするのが最善であると判断したのである。

「まあ、金に困っていない事は事実。それよりもお嬢さんの方が、金を稼ぐ為の土台が必要な筈。違いますかな?」

 ゲオルグはそこまで裕福ではないが、多少の損失で困る程には不自由していない。一方で新人のパイロットは明日食べる物にも困る程に困窮している事が多い。機体のローンに燃料代にメンテ代に工賃に弾薬費にと、失われる機会は膨大にある。

「うぅ……仰る通りです」

「なあに、いずれ返していただければ良いのです」

「トイチでね」

 得意気に言うアンネリーゼの頭をペチンとゲオルグが叩く。

「何すんのよ」

「お前、本当にどうしたんだ。なんか悪いもんでも食ったか。敵対してる相手にだってそんなふっかけねーよ」

「ふん……」

 機嫌を害しました、というメッセージを全身で表現しながらクレーンを操作し始めるアンネリーゼ。しかし操作自体は的確かつ丁寧で、感情を一切挟まないものである辺り、地価の高い町中の工房主なだけはある。ゲオルグはアンネリーゼのメカニックとしての腕には、一切不安を感じていなかった。


「すまんね。今日はどうやら機嫌が悪いらしい」

「ああ、いえいえ、私も月に一度はあるので分かります! 大丈夫です!」

「……そうかね」

 自分の発言の危うさに気付いていないのだろうか、とゲオルグは軽く引いた。数々の時代を経てなお、未だに女性のそういった話題はデリケートな範疇にある。相手を選ばずに軽々しく語れる内容ではない。それはパイロットだろうと一般人だろうと同じだ。

「これをあげれば大丈夫です!」

 満面の笑みで新人ギルド員ジモーネがポケットから取り出したのは高カロリー携帯食だった。

 とんでもない物を取り出すのかと身構えていたゲオルグは、完全に思考がフリーズし、「ふむ」と反応を保留した。

「私、いつもこれを持ち歩いてるんです! ちょっとお腹がすくと、もうすごいイライラしますから。きっと今、あの方は私では想像もつかないくらいお腹が空いてるに違いないです」

「なるほど。確かに悪くない考えですな」

 悪くない考えかどうかで言えば、悪いに決まっていた。証拠にアンネリーゼはジモーネの背中を穴が開く程に睨んでいる。この私がそんな携帯食で懐柔されると思ってるのか、と言わんばかりだ。

 ゲオルグはアンネの視線から感じる意思を汲んでやろうと、僅かな間髪も入れずに再び口を開いた。

「しかし……アンネは優秀なメカニックで、地価の高い町中に工房を持つ程の存在、お腹が減ったなら何か食べているのでは?」

「そう思いますよね。でも、客商売って自分のペースで食べたりとかできないんですよ! きっと私達が突然来ちゃったから、ゴハンを食べられなくなっちゃったんです」

 トンチンカンな事を言っているかと思えば突然一理ある事を言われ、ゲオルグは鼻白んだ。

「という訳で――」

 携帯食を渡そうと振り返ろうとするジモーネの肩をとっさに掴み、ゲオルグは目線を合わせる。今のアンネの表情をジモーネに見せる訳にはいかない。

 突然肩を掴まれたジモーネは、目を丸くさせゲオルグへと視線を戻す。覗き込むようなゲオルグの顔が迫り、二人の視線が交差した。

「お待ちを、お嬢さん。彼女はプロのメカニックだ。一度作業に入ったのなら、どんなに空腹で苦しんでいようと作業を継続するだろう。それを邪魔してはいけない。それがプロのメカニックへの敬意の表し方というものですぞ」

「……は、はい……」

 頬を染めながら、やけにしおらしく携帯食のバーを胸元で握り締めるジモーネの背中を、アンネリーゼは射殺さんばかりに睨んでいた。




 携帯食の棒を次々にバリバリと食べるアンネリーゼ。それを嬉しそうに眺めるジモーネ。数歩離れたところからゲオルグは二人を見守っていた。

 気が気ではない。いつ爆発するか分からないアンネリーゼと、平然と地雷を踏み抜きそうなジモーネが近くに居るのだ。

「あんたの機体はねえ、背面から撃たれる事は想定してないのよ。中にあった電子戦装備も含めて、よーく分かったヤツが組んでる。典型的な遠距離ファイターね。大体、あんたの機体は純工場製の戦車よ。近距離戦はありえない。あんたの戦い方は何もかもチグハグなのよ」

「良い食べっぷりですねぇ。イチゴ味もあるんですよ~」

 次々に食らっていくアンネ。実際に空腹だったのか、この機会に食らいつくしてやろうとでも思っているのか、マシンガントークの合間に食らう、食らう。辺りには空き袋が大量に散乱していた。熟練の戦士ならばこれ一ケースで一日が過ごせるという商品を、既に六ケース以上食べ尽くしている。

 オススメのドリンクにオススメの割高高級携帯食、『その良さを理解してもらえてる』と思っているジモーネはただひたすらに嬉しそうだ。なお、話は殆ど聞いていない。

「さすが、天才パイロットのゲオルグさんが認める天才メカニックさんですね~」

 ろくに話の内容は頭には入っていないとは言え、話している内容が自分の機体に関する事なのは、ジモーネでも朧気ながら理解できていた。食べっぷりに関する事なのか、その知識に関する事なのか、自分でも理解できないままに称賛の言葉が口を突いて出てくる。

「わかってるじゃない」

 その言葉を聞き、自称天才メカニックのアンネリーゼが得意気に笑みを浮かべた。

「女ってだけでナメてかかるバカも多いけど、アンタは違うようね」

「そりゃあもう、ゲオルグさんは凄腕のパイロットですし、そのゲオルグさんが認めている方ですから、疑う余地も無いです」

「……あんた、ホント見る目あるわ。感動した」

「えへへぇ、そうですかぁ? あ、パフェ味の携帯食もありますけど」

「いや、もう良いわ。さすがに太るから」

「じゃあ後で食べてくださいね、また新作を見つけたら持ってきますから」

「悪いわね」

 ビニール袋に詰め始めるジモーネと、少し機嫌の戻ったアンネリーゼの間に、ここぞとばかりに入ったゲオルグは、何気ない風を装って話を振る。

「この機体は尖ったところは無いものの、できる事は幅広い。稼ぐには困らんでしょうな」

「まあ駆け出しには丁度良い機体ね」

 ――――そして冒頭の勉強会へと移る。




 結局勉強会は夕方までかかった。ジモーネは翌日以降、とりあえずゲオルグと同様のスクラップ回収をする事に決まった。戦闘の危険が少なく、激しい動きも不要なので消耗も少なく、移動力が高く積載量の多いキャタピラには最も向いている依頼だ。

 ついでという事でアンネリーゼは格安でジモーネの機体も整備した。簡単には傷まないような部品が劣化しているのを見て、ついでに部品交換まで行った。

「あんた、今、どこで整備してもらってんの?」

「トリフィド地区のガレージってトコです」

「……ふざけた名前の店よね。まあ、大体分かったわ」

 安い、荒い、早い、の三点を兼ね備えた初心者御用達のショップがトリフィド地区にはある。識字率の低い層を客に取り込むために、誰もが知っているようなガレージという単語を店名にしている。細かい気配りが行き届いているが、その全てはコストカットと面倒事の回避と客層拡大に向いている。その為、扱う物の品質は最悪だ。

「もうあそこに行くのやめなさい。うちでなくても良いけど、それなりの店に行かないとそのうち死ぬわよ」

「ええええ……でも、お金が……」

「あそこも頑張ってるみたいだけどね、ほら、サスペンションは歪んでるしゴム類もガッチガチ、いつ足回りが壊れてもおかしくないわよ。まあ、ここら辺は壊れてもただちに問題無いけれど」

 どの部品を取り出しても、明らかな中古品の寄せ集めという感は否めなかった。そのうち致命的な物をアンネリーゼは新品へと交換している。


「戦闘中に足回りが壊れれば、どんなに高性能なFCSを搭載していても……いや、高性能なFCSを搭載しているからこそ攻撃を外す事になりますからな」

 路面と車両の動きを読む機能が高性能FCSには搭載されている。仮にサスペンションが全く機能していない機体でも、ある程度の予測によって照準を合わせる。しかし、不規則に振動するような破損にまでは対応できない。もし高性能FCSがその不規則な振動まで予測しようとすれば、かえって狙いが狂う事にもなりかねない。

「じゃあ安い方が良いのですか?」

「そういう訳でも無いのですがね。まあ、場合によってはその方が当たる事もありましょうなあ。しかしFCSは戦闘で壊れるものでもなし、良い物を積んでおいた方が良い。となれば、FCSを十全に生かせるよう、足と砲の整備も欠かせない、という訳ですな」

 さすがに戦闘の事となればアンネリーゼは口を挟まない。彼女の言葉はあくまでも一般論であり、ゲオルグの言葉は実体験の蓄積から出てくるものだからだ。とは言え、ゲオルグは滅多に武器を装着する事は無いのだが。

「機体自体のバランスはすごく良いのよね、レーダーも砲も足回りもFCSも、全て距離を置いて戦う事を念頭に作られてる。だから、遠距離戦性能だけは損なわないように整備しなくちゃいけないのよ。『トリフィドの』はダメよ。あそこは1から10まで安くする事しかできないから」

 それがトリフィド地区のガレージが選んだ生存戦略だった。そういう機体でOKな任務ややり方もあるので、その戦略が間違っている訳ではない。が、ジモーネの機体との相性は良くない。


「うぅー……」

 ジモーネはここに至っても悩んでいる。というのも、件のショップがそう悪くないように思えるからだ。部品交換から工賃から何から何まで安い。騙されているなんていう事もなく、交換される部品が中古品であるのも事前に説明される。親切丁寧な良い店だとジモーネは気に入っていた。

「まあ、結論を急ぐ事は無いでしょうな。ただ、違いを知る為にしばらくここに通われてはどうですかな? 彼女も、よもや新人から貪りとろうとは――」

 ゲオルグが視線でアンネリーゼに話を振ると、それを察してすぐに口を開いた。

「思わないわよ。最低限は頂くけど、あなたが稼げるようになったら少しずつ返してもらうわ

「ほ、本当に良いんですか!?」

「良いわよ。それにあんたがエスコートするならすぐに稼げるようになるでしょ」

「さて、どうですかな? それはジモーネ嬢の頑張り次第、と言ったところでしょうな」

「がんばります!」

 アンネリーゼはじとーと呆れた様子でゲオルグを眺める。

「普通に話しなさいよ。声色変わり過ぎだし、妙に……ニマニマするし、気持ち悪いわよ」

「おおっと、これは手痛いですなあ」

「……はぁ」

 客観的に見てゲオルグのその喋りが気色悪いという事は無いし、浮かべる笑みも気取ってはいるが渋いものだ。アンネリーゼがそれを嫌がるのにはややこしい理由があるのだが、閑話休題。

 こうしてゲオルグとジモーネは暫くの間、行動を共にする事となった。

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