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どちらが先かは誰にも分からなかった。人類からは既に正史と呼べるモノは失われ、カルト教団の神話のような、真偽を問うまでもない『物語』しか残っていない。しかし有力とされる一説はある。
人がヤツラを産み出したのだ、と。でなければヤツラに抗う術が無い。そしてその製造技術はなんらかの出来事により、正史と共に失われたのだ、と。
日々の生活に余裕のある自称有識者達は、今日もくだらない講釈を垂れ、舌戦を繰り広げる。人が作った機械が先だ。人が機械を真似たのだ、と。
薄暗いガレージの隅に据えられた椅子に腰掛けゲオルグはカタログを眺めている。カタログは大変便利な品ではあるが、ズブズブの利権まみれで他の電子デバイスでは利用できない。わざわざそんなモノを買うのも気が引けるゲオルグは、常にアンネリーゼのガレージでそれを眺める事にしていた。
「アンネ。AG-203はどうだ?」
「ん~? ……評判良くないわね。所詮工場産ね。確かな口コミ情報では、品質にばらつきあり、との事よ」
「それでこの値段か」
ゲオルグの持つ電子デバイスに映し出された画面には二本のアームユニットと美辞麗句が描かれている。他の同格品に比べて妙に安い上に、そこから更に半額で、しかも送料が無料になっている。だが新古品ながらジャンク品という扱いで返品不可との事。もはや不良品である事を隠す気など無いと言わんばかりである。
「アームが必要なら良いのがあるわよ?」
「いや、ジャンク漁りに使うだけだからな。ゴミみたいなので良いんだが」
「あんた、自分の機体の重さを考えなさいよね。ひっくり返されるわよ、ゴミみたいなアームに」
ゴミみたいなアームには自動でパワーを調節する機能も無ければ、どのような機体に接続されているかを判別する機能も無い。ゲオルグの機体は大人が乗る物としては最軽量と言っても過言では無い為、腕にバランスを崩される恐れがあった。
「……別に平気だろ。脚は天然物だからな」
対して、脚は非常に優秀なユニットを装着している。腕がバランスを崩そうとしても脚でバランスを補正できる、とゲオルグは考えている。
「別に良いけど。泣きついても工賃は払ってもらうわよ、二回分」
取付費用と取替費用の二回分、だ。
パーツには工場産と天然物がある。工場産は人の手によって工場で作られているパーツだ。安価で流通も安定しているが性能は低く、故障率も高い。
天然物は野良の機体群を無力化して得られるパーツを指す。その為、新品の天然物は存在しない。熟練パイロットの中には、それによる故障を嫌って工場産で機体を固めている者も居る。いつ故障するか分からないパーツに身を預けられないという事だ。
ゲオルグは天然物の愛用者だ。これは様々な理由で珍しい。
第一に、天然物を手にできるのは、優秀でバックにスポンサーを抱えたパイロットくらいである事。これは流通制限による。
第二に、価格が通常のパーツに比べて高価である事。需要との兼ね合いもあるが、50倍以上はするのが普通だった。
優秀なパーツを使えば被弾は減り、任務遂行は容易くなり、いい仕事が回ってくるようになり、好循環により良いパーツが買える――なんて事はない。どんなに優秀なパーツでも使えば摩耗していく。50倍以上もするパーツを維持し続ける事など、フリーのパイロットには到底不可能だ。
また、多くの天然パーツは自壊機能を備えている。修繕の為に開ける、という事が不可能なのである。例外はゲオルグの愛用する脚やコクピットだ。何故かと言えば、そこに盗むべき技術が無いからだ。恐ろしい程の精度かつ未知の合金で作られているが、そこしか見るべき点は無い――枯れた技術の集大成なのである。
またほぼ専用設計であり、重い物は詰めない脚部、頑丈な胴体、小口径の機銃、の三点セットを備えた野良機体がそこらを自由に歩き回っている。それは一言で言えば最小構成だ。何も足せず、引けもしない。パーツだけ使おうにも精々機銃が使える程度。それを改造して、ゲオルグは使用している。
各種センサーが詰まった胴体をくり抜いて人が搭乗できるようにし、対人にしか使えないような機銃を取り払った末にその周辺にレーダーやスピーカーなどを無理やり積み込んでいる。
子供の頃からこれに乗り、大人になってもこれに乗り、中年になった今でもこれに乗り続けている。今更これ以外は考えられないという程だ。
「天然物のアームはたけぇしなぁ……」
独りごちるゲオルグ。耳聡くそれを聞いたアンネリーゼは、メンテ中だった部品をカツンと置いて指を立てた。
「天然物なら操縦系統がスッキリするから機体も軽くなるわよ」
「ジャンク漁りだって言っただろ。それ以外やるつもりはねぇよ」
確かにゲオルグは機体の軽さに気を使う。新しい天然物の脚部パーツも重量という観点だけで却下しようとしていたくらいだ。だが、それは機動性が多くの依頼に必要だからであり、速さの不要なジャンク漁りにまで軽さを求めたりはしない。
「重心移動もアームでできるから転びづらくなるし、携帯型のハンドガンも積めるわよ?」
「重くなるじゃねぇか……」
「護身用の銃くらい、普通付けるものよ? 機体は高級品なんだから」
ゲオルグの機体は高価ではないが、決して安くもない。が、あまりに需要が無さすぎる。高く売れる時は子供のパイロットが増える時であり、安く売れる時は溶かす為の金属が足りていない時だ。それ以外の時に売れる事は無いので、相場はあってないようなものである。
天然物という理由だけで相場は高めに維持されている。買い叩こうと思えばお偉いさんの意向で鉄屑の値段まで下がるという事だ。
「あいつが高級品? ハンドガンの方がよっぽど高級だぜ」
「……どんなトラブルに巻き込まれるか分かんないじゃない」
「そんな時は脚で逃げるさ。いつもそうしてきたんでな」
「無茶はしないでよね。あんたの予備の脚、もう注文してるんだから」
「ここまで生き延びた老いぼれが今更無茶をして死に絶えると?」
「はぁ……老いぼれって歳でもないでしょ……」
微かにこぼしたアンネリーゼの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、得意げに語ったゲオルグはそのままカタログに視線を落とし、ページを送り始める。アンネリーゼもまたメンテを再開するべく、別のパーツを取りに向かった。
荒野にキャタピラの機体が走っていた。濡れた土を思わせる暗い茶色の機体が、砂っぽい荒野の黄色に浮かび上がる。迷彩効果は皆無に等しい。
隠れる事など全く考えていないその機体を4機の機体が追っている。野良機体だ。中に人は乗っておらず、行動理由も不明。ただ、こうして時折人を襲うという事だけ分かっている。
「誰か、助けて!」
キャタピラの機体に乗るのはまだ年若い女だった。機体からは無作為にSOSが飛ばされている。デジタル信号、アナログ信号、スピーカーからの音声に、暗号通信まで。そんな事ができる機体はそうない。自由度の高い高価格帯の商品くらいだ。大抵は一種類の信号を飛ばせれば十分だし、混線の可能性を考えれば同時に発信する事は無い。彼女がついているとすれば、その通信機器を載せていた事か、あるいはその通信に応える存在が居た事か。
『どうしたのかね、お嬢さん』
「助けて! 野良に追われてるの!」
『ふむ……救助を要請する事はできますがね』
「お願い! もうずっと追われてて……! きゃあっ!」
重い機体をも揺さぶる程の射撃を受け、キャタピラの機体は吹き飛びそうになる。重心が高い為に転倒しそうになりながらもキャタピラで地面を蹴り、前へ前へと走る。が、その勢いがどんどんと弱くなっていく。前面のモニターの一部が点滅し、排気異常を示した。
『もし?』
「エンジンのパワーが……! 早く助けを呼んで!」
『もし?』
「聞こえていないの!?」
野良機体の射撃を受けて通信が途絶していた。送信機が破損したのである。ダメージコントロールの為、それぞれの機能は分散されているので受信機は無事だった。が、それだけでは無意味だ。援軍を送ってもらうにはこちらの座標を相手に報せなければならない。
『まだ動いてる、か。聞こえているのなら十時方向へ』
藁にすがる思いで女は機体をそちらと向ける。偶然にも敵の射撃が逸れ、大きな砂埃を巻き上げた。
『聞こえてるか……そう、それで良い』
「こちらが見えているの?」
『エンジンのパワーが落ちているのか? 右へ切れ。ジグザグに走らないとまずい。合図に合わせろ。左に。よし、右に』
指示に従って機体を動かすと、面白いように弾は外れ、周囲の地面に穴ぼこを増やしていく。小銃弾は当てられているが、重装甲である為、それは全く問題ではなかった。
「すごい……」
『武器はあるか? あるなら旋回して敵を正面に。無いならまっすぐ逃げろ』
「はい!」
『はは、元気が良いお嬢さんだ』
音声が二重に聞こえた瞬間、砂煙を破って黄色い機体が横切っていった。慌てて旋回し、振り返った頃には野良機体が一体吹き飛ばされていた。砂埃と共に青色のアームパーツの残骸と塗料が撒き散らされている。ハラハラとそれが落ちる光景を見ながら、女は瞬間的にFCSをオンにする。
「いい反応ですな。では、こいつは任せるとしましょう」
黄色い機体がまだ故障していないアームユニットと脚で野良機体に立ち向かう。対する野良機体は黄色い機体を狙おうと身をよじるが、それすら利用して黄色い機体は野良機体を投げ飛ばした。
倒れ込んだ野良機体に女は照準を合わせる。女は逃げ回っては居たが、それは多勢に無勢だったからだ。戦う力は十分にあり、倒れている敵に照準をあわせる事くらいは簡単だった。かくして、辺り一帯に爆発の嵐が吹き荒れた。それは巨大榴弾砲による射撃だった。
「おい!? 馬鹿野郎! 死ぬかと思ったぞ! お前、もう撃つな!」
爆風だけで転倒した野良機体へもげたアームユニットを叩き付けて潰し、遅れてやってきた殆ど無傷の野良機体をもう一本のアームユニットを使い殴り倒すと、そのまま組み伏せて無力化した。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「……やれやれ、元気が良すぎるのも問題ですなあ」
「という訳でな」
「なにが、という訳、なのよ……無茶はしないって言ったばっかりじゃない」
「すみません、私が未熟だったせいで……」
アンネリーゼのガレージ内にボロボロになった二体と、キャタピラに牽かせてきたガラクタ四体分が集まっていた。敵は雑魚の部類ではあったが、武装の無い機体でどうにかできる相手ではない。アンネリーゼが小言を口にするのも当然の状況である。
「なあに、私が勝手に助けたまで。お嬢さんが気にする事はありませんとも」
「ありませんとも、じゃないっての。紳士ぶるのをやめなさいよゲオルグ。大体、映像であんた、普通に喋ってるじゃない」
事情説明の為に道中で送信した映像記録で、アンネリーゼは大体の状況を把握していた。交換用のパーツの準備なども万全ではあるが、とりあえずお小言タイムである。
「慣れてなくてな。誰かに通じてると確信できれば普段通り喋れるんだが」
「そこもそうだけど、榴弾で撃たれた直後も完全に素だったでしょ」
「あの状況で冷静で居られるヤツは居ないだろ」
「すみません……」