003
「さて、鳥脚。改めて今回の依頼の説明をする」
「えぇえぇ。確認は大事ですなあ」
依頼は多くの場合ギルドに集まる。各勢力が独自に設立したギルドに、である。各ギルドは表向きは連携しているが、重要な依頼である場合などは何故か他ギルドに拡散していかない時がある。特に何も気にせずに依頼をこなしている者も多いが、鳥脚と呼ばれた男――ゲオルグは、依頼周りの事には神経質だ。
不透明な部分があれば問い質し、記入漏れがあれば指摘し、嘘や欺瞞があれば糾弾した。当然、各ギルドに存在する秘密の依頼に関しても知悉している。
そんなゲオルグだが、それでもトラブルは絶えなかった。ゲオルグの見落としや依頼内容がデタラメだった訳ではない。依頼者側が依頼内容を把握していなかった為だ。
よって『確認は大事』なのである。
「という訳で、この度の新兵訓練に鳥脚を抜擢した訳だが……その足は大丈夫なのか? 見た目は似ているが型番が全く違うようだが」
「問題ありませんとも。以前よりも身軽な程です」
「ふむ……分かっているとは思うが、被弾が二十を越えた時点から報酬は減額させてもらう。ペイント弾とは言え故障のリスクも存在するが、依頼行動中の故障に関してこちらは一切責任を持たない。良いな?」
「いやはや、この脚ではペイント弾でも致命傷ですからなあ。気を付けるとしましょう」
楽しげにゲオルグは答える。当たり前の話ではあるが、ペイント弾程度で壊れるほど脆くも無い。これはただおどけて言っているだけである。
「では、始めよう。敷地内であれば自由に逃げてもらって構わない。遮蔽物を有効に活用してくれ」
「怖いですなあ。この弾幕では一瞬飛び出しただけでも蜂の巣でしょうな」
一列に並んだ敵機体が的確に弾幕を形成し、丁字路を奥へと進む。丁字路の片側は行き止まりとなっており、ゲオルグはそこへ追い込まれたのである。が、相手にかけた言葉とは裏腹にゲオルグは丁字路へと加速し、地面を強く蹴った。更に壁を追加で蹴り、盛大にコンクリートの破片を撒き散らしながら空を飛んだ。
「おっと、前言撤回。一瞬くらいなら問題無かったようで。ははっ」
放たれた弾丸は全てゲオルグの足元を通過していった。速やかに照準を上方に合わせた新兵達だったが、それが間に合う程、ゲオルグの機体は遅くない。
別方向から迫る二機の射撃をスライディングでくぐり抜け、正面からの射撃はジグザグに動く事でこれまた全てを避け切った。相手の照準が定まる前に狭い通路へと身を滑らせる。その狭さは普通の機体なら入ってはいけない場所だった。
「……冗談だろ? はや……いや、速くはない、筈だ……」
「FCSの指示通りなのに……」
新兵達がそれぞれ独りごちる。通信を繋いでいないので彼らの言葉は誰にも届かない。が、対峙した誰もが自分の見たものを信じられずにおり、口から出た言葉はまるで示し合わせたかのように驚愕の一色に染まっていた。
「さすが鳥脚だ。さて、ここからはFCSのサポートを最小にする。鳥脚にとっては更に退屈な依頼となるが付き合ってもらおう」
「いやいや、FCSありと違って読み切れませんからな。むしろここからが本番でしょう」
「その期待にこいつらでは応えられないだろうが、なるだけ退屈しないように必死で追い掛けさせよう」
「怖いですなあ。退路を塞がれちゃどうしようも無い。必死に逃げるとしましょう」
一帯に響いていた双方の声が途絶え、各機に通信が入る。
「さて、世の中の広さを思い知った事だろう。お前達はここまで散々意味のない訓練を積み、最も効率の良いクソのような戦い方を学んできた訳だが、それは実戦では通用しない。ここが実戦であったならお前達は武装も積んでない鳥脚にやられていた可能性すらある。ご丁寧にヤツは攻略法を教えてくれてる訳だが、お前達は一つもそれを実行できていない。最初に言っておいた通り、何をやっても構わん。馬鹿正直にペイント弾を撃ってないで体当たりでも壁を崩すんでもやれる事は全てやれ。最低限それができる程度の訓練はしてきただろう。さて、何か質問はあるか?」
「こちらα3」
「なんだ?」
「先程までだって退路を塞ぐ為に我々は動いていました。塞いでいた筈です。これ以上どのようにしたら良いのですか?」
「馬鹿かお前は。逃げられる場所は全て退路だ。射線を確保していたってそこを素通りされるのなら、塞いでいるとは言わん。散々ここで無駄な訓練を積んでいたお前らなら、先回りする事くらいはできるだろう。先回りして塞げ。それすらできないなら射撃で塞げ。その為にこれからクソほど役に立たないFCSを解除する。とんだ役立たずどもだが、機体を長時間機体を歩かせてきた意地くらいはあるだろう。それを見せろ」
「こちらβ1」
「……お前らのコードネームは要らん。で、なんだ?」
「FCS無しで当てる訓練を我々は積んでいないのですが――」
「意地を見せろと言ったばかりだろうが! くだらん質問をするな! 訓練を再開する。鳥脚が暇そうに止まってるんでな。相手をしてやれ。それとリーダー機はもっと指示を出せ。集まって敵を撃つだけならガキでもできる」
ほどなくして再びペイント弾が飛び交う状況になったが、状況は先程より悪く、一同は完全に鳥脚に弄ばれていた。
「こちらα1。α4へ、7・6ポイントから通路へ入れ。以上」
「おや? なるほど、こちらの通路を塞ぐつもり、と。では逆に行かせてもらいますかな」
「こちらα1。敵は通信を傍受している。臨機応変に動け。以上」
α2からα4までがそれに応える。指示への反応は実に速やかだ。体に染み付いた操縦技術が彼らを突き動かす。だが、黄色い鳥脚を彼らは追いきれない。射程内に収めても未だに的中弾は無かった。
「α5了解、っと。4機で1グループ、という事は向こう側はまた別グループという事ですな」
「こちらα1、チャンネルBに変更せよ」
「α5了解、っと。おや、少しフライングしてしまったようですな」
他の機体が応じるよりも早くゲオルグがチャンネルを変えて応える。実のところ、こうした情報戦こそが彼の戦場であり、戦闘行動はその為の一つの手段でしかない。その為だけに、高性能なスピーカー、アンテナ、コンピューターなどを狭い機内に詰め込んでいるのだ。勿論、多機能なコンピューターを十全に扱える判断力と技術があってこそであり、機械が高性能なだけではない。
「くそ……なめやがって! α2は7・8ポイント。α3、α4は8・8ポイント。自由に動け。退路を塞げ」
「個別のチーム毎の連携では無理がございましょう。どうせならそれぞれのチームを連携させた方が良いでしょうな」
ご丁寧にブツリと回線が切れる音を残して、ゲオルグの黄色い機体はα1の眼の前に躍り出て走り去っていく。
「くそ! 7・7へ行った! αチームは7・7に向かう。各チームに挟撃を求む」
「β1了解」
「θ1了解」
市街地を模した訓練場で、12機の正規兵専用機体と隊長機、そしてゲオルグの黄色い機体が並んでいる。12機は全く同一の機体であるにも関わらず、一切乱れも無く統一された間隔で並んでいるが、チーム毎に僅かに開いた間隔で四機ずつの組になっているのが分かる。それは高い練度の証左である。
「さすが鳥脚だ。まさか被弾無しとは恐れ入った」
「こちらこそ、FCS無しであそこまで追い込まれるとは驚きましたな。FCSありならば当たっていたかも知れません。もっとも、そうであったなら無理をして前に出ていったりしませんが」
「ふむ……こちらが知る鳥脚はもっと慎重な男だ。今回は訓練の為に積極的に前に出てきてくれたという事か。協力には感謝するが、報酬は増やせんぞ」
比較的スムーズな動きで旋回をして、隊長機に向き直るゲオルグの黄色い機体。いつぞやの脚部のような瑕疵は見当たらない。
「いやいや、礼には及びませんとも。実はこの脚にとってはこれが初陣でしてね。ペイント弾で壊されるのも怖いので隠れ続けるのも考えたのですが、せっかくですので、ね」
「フリーのギルド員が我らに肩入れする理由もないか。それで? 鳥脚の練習相手に彼らは役立てたか?」
「さて? 私は戦ったりするのが苦手でしてね。細かい事はわかりませんがね。ただ……もっと隠れたり逃げたりしながら試したかったというのが本音ですかね」
「隠れてしまえば脚の動作テストにもならない、か。うちの新兵も舐められたもんだな」
「舐めてなどいませんとも。戦っている最中も見る見るうちに上達していく彼らは中々愉快でした。次やれば当てられてしまうでしょうなあ」
「……隠れたり逃げたりしなければ、か?」
ゲオルグは応えず、旋回して訓練場の出入り口へと機体を向けた。
「中々有益な訓練だった。依頼料は既に振り込まれている。もう行っても良いぞ」
「危険の無い依頼ならいくらでも受けますんでね、また採用して頂けるとありがたいですなあ。では失礼」
軽さを感じさせる急加速を見せ、黄色い鳥脚が訓練場の出口へと歩いていく。脚が元気に伸び縮みされるが、それとは異なってコクピット部分は一切上下せず、一定の速度で動き続けている。戦闘機動時は無茶な動きをするが、通常移動時はこのように振動を全く感じられないレベルで制御されているのだった。それは彼の使う機体が量産部品では無いからだ。兵士達は自分達の機体との大きな差を、その移動に感じた。
「……既に気付いているとは思うが、ヤツは弱くはない。回避という点に関してはトップレベルだろう。だが、それはアレに当てられなくてもしょうがないという意味ではない。ヤツはフリーのギルド員だ。明日にでも我らの前に敵として現れる可能性もある。ヤツを潰せる兵士になれ。攻撃をしてこない相手くらい、どんなに回避が上手い相手だろうが当てられるようになれ。それができるまでは、お前らは新兵未満のひよっこだ」
「あんた、慣らしもせずに無茶すんのやめなさいよ……」
ガレージに吊るされた黄色い機体を前に町工場のメカニック、アンネリーゼが呆れたように言う。
「慣らし程度に済ませるつもりが、つい熱くなっちまってな」
「ふぅん……強かった訳?」
「いや、逆だ。どうしようもない程弱かった」
「はぁーっ? 弱い相手にどうしてここまで脚を酷使すんのよ」
それは戦っている現場を見ていなくても分かるくらいの損耗であった。オイルは削れた金属で汚れに汚れ、塗料はそこら中が剥げており、一目で分解清掃が必要だと分かる程だ。
「途中から強くなってきたからな」
「あんたが戦況を見誤るなんて珍しいじゃない。まあ被弾はしていないしメンテでなんとかなるわ。感謝しなさいよ? こんな脚のメンテ、他じゃ断られるんだから」
「ひとまず、前の型に付け替えておいてくれ。それと、この脚はあるだけ全部ストックしといてくれ。気に入った」
「だから倉庫に空きが無いって言ってんでしょうが! あんたボケが始まってるんじゃないの?」
「雑な扱いをしても良いならタダで置いても良い、と聞いた気がするが。そうか、俺はボケ始めてるのか」
以前の会話で取られた言質を利用して言い返してくるゲオルグにアンネリーゼはため息で応える。
「限度があるでしょ……さすがにこれ以上は金を取るわよ。あと、どんな扱いになってても文句言わない事。それが守れるなら格安で置いてあげるわ」
「……正常に動けば細かい事は気にせんが、酷すぎるなら文句の一つや二つは言わせてもらうかも知れんな」
「奥に突っ込んだり天上付近に吊るすだけよ。ほら、あの辺。吊せなくもなさそうでしょ」
アンネリーゼが指し示す辺りには鉄のコンテナが積み上げられており、その上部に隙間があった。
「問題は無さそうだが、崩れないように気を付けろよ。下敷きにされたらいくらお前の胸でも弾き返すのは無理だぞ」
「心配すんのかセクハラすんのかどっちかにしてくれる?」
「ふむ……お前の胸をもっとでかくすればあるいは――」
「セクハラはやめてくれる?」
「怪我されては俺の機体を見てくれるメカニックが居なくなるからな、それは困る」
「……そうね」
不機嫌そうにアンネリーゼはそっぽを向くと、重機を操作して吊られた黄色い機体の脚部を外していく。それを少し離れた場所から椅子に座り眺めるゲオルグ。作業中はずっと無言だった二人だが、特にどちらも居心地が悪くは感じていなかった。それは二人が重ねてきた時間がそこそこ長い為でもある。それくらい気安い関係なのだった。
脚部の交換を済ませ、外した脚部のメンテナンス作業へ移る。アンネリーゼが重機から降りた事もあり、ようやく距離を詰めて世間話を始める二人。それは夕方まで続き、その日もゲオルグは夕日に溶けていくようにガレージを出て行った。