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未定  作者: 青背康庚
第一部
1/10

001

 細かくひび割れた大地から、天を目指して草が伸びている。草は乾燥した風と強い光に枯れ果てていた。よそを見れば一部はまだ生きていたが、今にも枯れてしまいそうに弱々しい。

 遥か彼方までそんな景色が広がっていた。木も生えておらず、荒れた大地と小高い丘と空だけがあった。

 そこに異物が現れた。背景に溶け込むかのような薄い赤混じりの黄色い色をしている。何かに擦れてできた傷からは、鈍い金属の色を放っていた。手荒に打ち付けたかのような装甲からはサビが浮き出て、それが繋ぎ目から広がっている。

 ソレが歩いていた。見た目にはロクに手入れもされていないが、特に異音などを立てる事もなく、ヒョロっと伸びた鳥のような逆関節の二本の足で、ヒョイヒョイと軽やかに進む。胴体、足、そして棒のようなアーム、いずれも形として調和を欠いていて、別々の機械を強引に一つにしたかのように見えた。

 事実、そうやってできたのがこの機体だった。


 機体の胴体、その背部が開き、長い髪の男が顔を出す。伸ばしっぱなしのヒゲは一見すると不潔であったが、体毛の薄い体質である為かさほど見苦しくもなかった。

「Eポイント異常なし、と」

 狭いマシンから滑り出るように一人の男が現れ、地面に降り立つ。足の長い機体からすれば半分程の背丈であるが、左右の足に宙吊りにされる形の胴体はまさに足の半分ほどの全長だ。男が中に収まっていたとすれば相当に無理な姿勢だったのは明らかで、男は地表を踏み締めると体を伸ばした。

「あぁ〜っと……これ以上は行けねぇぞ。完全に緩衝地帯を越えちまってる。全く、ザルな警備してやがんなあ……」

 腕に括り付けられたコンピューターを自身の頭の上に掲げながら、男はそれを眺めてぼやく。

「はえートコ見付けてくだせーよっと……」

 男は機体に手をかけると、腕の力だけで体を持ち上げ、スルスルと機体に入っていく。うずくまるように体を丸め、軽く身じろぎした後、ゆっくりと背部のハッチが閉じていく。その曲面は男の背中の曲がり方と寸分違わず、中の様子をありありと想像させた。

 軽く唸るような音を微かにあげ、再び機体が歩き出す。足の大きな動きに反して、胴体は止まっているかのように、スイスイと前に進んでいく。




 日も傾き、荒野は真っ赤に染まり、細長い足の機体はより細長い影を大地に伸ばす。軽快に歩いていた機体はおもむろに足を止め、そのままゆっくりと左足を下げ、右足を前に、左足を下げ、を繰り返し、先程までの進行方向に横を向けた。

『そこの鳥足! 所属を言え!』

 辺り一帯の空気を劈くような音が鳴り響く。声であると意識していなければ、ただの爆発音かと勘違いするような、酷い音であった。

『そちらさんはアイアンシティのガードさんですかな?』

 鳥足と呼ばれた黄色い機体からはノイズのない音が響いた。が、酒焼けでもしているのか、元々の声がクリアではなかったらしく、それ相応の音しか出なかった。

『所属を! 従わなければ撃つぞ!』

『見ての通り、こちらは武装も付けていない。撃つのは止めていただきたい』

 所属を問う声が、丘の向こうから姿を表す。それは統一された四体の機体だった。銀に青のストライプ、そしてアイアンシティのガードである事を示すステッカーが貼り付いている。

『なるほど、どうやらアイアンシティのガードで間違いなさそうだ』

 所属を何度も問う声と、それを気にもしない酒焼けの声が交錯する。お互いがお互いの言葉などろくに聞いていない。一見すれば呑気なやり取りだが、その裏で緊張が高まっていた。


 次の瞬間、酒焼けの声が大音量で響き渡った。シティカードの音割れなど遥かに越える大音声であるにも関わらず、それはやはり音割れなどもしていない。

『こちらは解放戦線オアシス!』

 黄色い機体が声をあげると同時に走り出す。次の瞬間には大砲の音が四つ、声に掻き消されながらも響いた。

『これより二十四時間以内に、我々を不当に扱う施政者、それに与する犬どもに鉄槌を下す! 理念を理解し共に歩む者はアイアンシティを一度離れるよう、お願い申し上げる! 心配は要らない! 我々は君達の友人だ!』

 酒焼けの声が響く間も、砲声は何度も鳴り響いていた。しかし黄色の機体はまるで飛ぶように地面を駆け、狙いを付けさせない。狙いをあわせたところで低精度のシティカードのサスペンションではすぐに振動を抑制できず、弾は明後日の方向へ飛んでいってしまう。

『くそ! 光を焚け! 薄暗くて、当たらん!』

『おや? 俺の目には太陽はまだ見えますがねえ。見えていないのは己の実力ではありませんか? 悪い事は言わない。逃げるのなら、今のうちだ』

 黄色の機体が激しく揺れる度に酒焼けの声も震える。しかし、その余裕の色は消えない。

『なんて――ひとまず逃げるのは俺の方なんですがねえ。はははは。それでは、死にたい方々は準備してお待ちを。解放戦線オアシスが生のクビキから開放してさしあげましょう』

 そう言って笑うと、黄色い機体は高くジャンプして向きを変え、今までで最高の速度で一目散に逃げ出した。デコボコの荒野の上を機体全体が跳ね上がるように黄色い機体が駆ける。その速度は高く、狙い通りに飛んだシティーガードの弾も荒野に吸い込まれるように消える。

『高さをあわせて足を狙え! 足だ!』

 そうガードの一人が叫び、砲弾が放たれた。榴弾の破片一つで壊れそうな程に足は細く、それは有効打になりうる。だが、その一撃は遥か手前に着弾した。あまりにも黄色い機体が速すぎたのである。他の者達もそれに続こうと足を狙うが、既に足は見えなくなっており、やがて全身が小高い丘の向こうに消えた。




「……ったく、ろくな仕事じゃねーぜ」

 通常機動に戻った黄色い機体は、薄暗くなり始めた荒野をスイスイと歩いていた。しかしその軽やかな歩みとは裏腹に、榴弾の破片がかすった足からオイルが漏れ出している。

「これはボーナスだろ。ボーナス無しはありえねぇ」

 狭い機体の中で男はぼやく。男の仕事は宣戦布告を行う事だ。情報統制のなされた敵組織内部にハッキングを試み、その声を届けるのが主な任務内容になる。が、今回はあまりにも敵に見付からなかった為、シティのすぐそばまで行って、スピーカーから直接声を届けた。これは、そもそも情報機器の無いスラム層などにも有効な『広報活動』にあたり、評価が高い。

「……ま、生きてただけで儲けもんか」

 追われ続ければ、今の足の状態では故障しかねない。そうなれば勿論逃げ切れず、待っているのは死のみだ。敵対組織同士で人質だの捕虜だのといった扱いはない。

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